第35話 クロンズを救出

時計の針がカチカチと聞こえる。

ここは天使の世界でお仕置きの間というらしい。全然天使のような間ではない。

むしろ、お仕置きというのだから地獄に近い。正義を正すには致し方ないとヌアンテの祖母は言う。そもそも、その考えがおかしい。矛盾している。どの世界にも陰、陽が存在する。正義も悪もどちらもある。それは分かっているが、正義の中にも悪はある気がする。言葉を遊びをしているようだが、だんだん訳がわからなくなる。正当な理由で死刑っていうことを言っているのと一緒だ。クロンズは畳が50畳以上広がった和室のど真ん中に1人、正座をしいたげられていた。手に輪を作り、黙想を30分していなさいということだ。いやいや、これしたところで悪魔が天使になるわけがない。きちんと説明してほしいものだ。


(俺って、いつまでこっちの世界にいなくちゃいけないんだ。悪魔の世界に戻りたい。まだ、悪の中で正義になってる方がマシかもな……)


 黙想と言っても頭の中は雑念がいっぱいだ。あれをしなければよかった、これをしなければよかったなどと頭によぎる。後悔しても仕方のないのだから、忘れて切り替えようと首を振っていたら、空中に異次元空間の丸い窓が現れた。


「クロンズ!」

 

 光宙が小声で声をかけた。後ろには息吹が隠れていた。


「光宙、なんでここに」


「助けに来たんだよ。今、何やってるの?」

「ヌアンテのばあさんに言われて、正座させられてる」

「……絶対やらない座り方だね」

「うっせ……それより、なんで息吹がいるんだ?」

「クロンズを助けるのに僕だけじゃ難しいから一緒に来てもらった」

「あ。そういうことか」

 

 小声でぺちゃくちゃ話していると、2人の気配を感づかれたのか、ふすまがガラッと開いた。


「何者だ!?」

 

 パトロールをしに来たうさぎの兵士だった。


「うわ、やべ」

「侵入者だ!!」


 うさぎの兵士は光宙と息吹の姿を見て、驚いていた。慌てて、仲間を呼ぼうとどこかに行ってしまった。


「今のうちに逃げればいいじゃない?」

「そんなことしていいのかよ」

「いいから!!!」

 息吹はクロンズの腕を思いっきり、引っ張って、異次元空間の窓に引き寄せた。それで大丈夫かと思われたが、遅かった。窓から入ってきた天使の世界の衛兵である大量のうさぎたちが次々と中に入ってきて、クロンズと息吹と光宙はうさぎの中に埋もれて、身動きが取れなくなった。


「うわ、くそ。これ、どうするよ」

「どうにかできないの。クロンズ」

「ちょっとやってみようかな」


 息吹はやる気満々に魔法の言葉を発した。クロンズはうさぎたちに体中しがみつかれていた。なんとも言えないくらいに苦しんでいる。


『コールドブレス!!』


 息吹は大きく冷たい息を吹いた。間違って、クロンズごとすべてを凍らせてしまった。うさぎたちはカチンコチンに固まっていた。


「ナイス! 息吹くん、やるじゃない」


 パタパタと飛ぶ光宙はうれしそうだった。


「あ、まずい。光宙、クロンズも一緒に凍らせちゃった」

「そうだったね。でも大丈夫。溶かしちゃお。ファイアで」

「あ、そっか。やってみるね」


『ファイアブレス!!!』


 360度回転して炎のブレスをまき散らした。凍っていたうさぎとクロンズは溶けていく。せっかく固まっていたのに自由に動けるようになり、息吹たちをつかまえようとする。


「おいおいおい、もっと考えてからやりなさいよ」

 クロンズはびしょぬれな体をぶんぶんとふって、気持ちを切り替えた。

 指をパッチンと鳴らして、魔法を唱える。


『ムーンライトブレス!!』


 クロンズが唱えると、空から大きな満月が現れた。クロンズは大きく息を吸って、吐いた。うさぎは満月の光に弱い。月光の誘惑に導かれてしまう。さっきまでクロンズたちをつかまえていたうさぎたちの手が緩み、みるみるうちに天高くのぼっていく。たくさんのうさぎたちの目が赤く光っていた。クロンズと息吹は自由に動けるようになってほっとする。


「よし、今のうちに逃げるぞ」

「あ、うん。ありがと」


 クロンズは息吹とともに異次元空間の窓の中に吸い込まれた。ぎりぎりで光宙も中に入って行った。


 異次元空間窓が消えたあと、ヌアンテの祖母がかけつけた。


「クロンズが逃げたのね。まぁ、いいわぁ。天使の世界で悪魔の扱いは難しいもの。あと、この部屋、片づけておいて」

「ハッ!」


 1匹のうさぎの兵士が畳の部屋を掃除しに中に入った。ところどころにゴミが散乱していた。うさぎの兵士の抜けた毛だった。




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