第28話 息吹のひらめき

広い校庭で高学年の生徒たちが朝早い時間からサッカーを楽しんでいた。

遊具ではブランコの取り合いが始まっている。

滑り台では1年生たちが仲良く順番に滑り始めていた。


通学路に転がる石ころをつまらなそうに蹴飛ばして、息吹は、黄色い帽子をかぶり、ランドセルのベルトにつかまってとぼとぼと歩いていた。昨日、クラスメイトの大和やまとと喧嘩したことを気にしていた。奏多と違って息吹はコミュニケーション能力に長けていたが、少々おせっかい焼きという面と強引に自分の想いを貫き通すデメリットがあった。周りの友達が不満を持ち始めると何も言えなくなって、呼吸が乱れて来る。ネガティブな気持ちでいっぱいになる。1年生ということもあり、気持ちの切り替えがまだうまくできなかった。


「あ、息吹くん! おはよう」

クラスメイトの瑞希みずきが声をかけてくれた。信頼しあえている友達だ。短気な息吹を理解してくれている幼なじみでもある。

「おはよう」

「え、何か暗い! 変」

「暗くない!」

 教室の前の廊下で言い合った。瑞希とは言い合いするくらい仲が良い。息吹のそばを大和が通り過ぎる。挨拶もしなかった。気づかなかったのかな。こんなに近くにいるのに。息吹は落ち込んだ。

「おはようございます。みんな今日も元気に登校したかな?」

担任の先生が教壇の上に立って、教室を見渡した。木村由紀きむらゆき先生は息吹の様子が気になってこちらに近づいてきた。机の上にランドセルを背負ったまま帽子をつけたままぼんやりしている。


「息吹くん、どうしたの? 教科書とか引き出しに入れたら、ロッカーにランドセル置きに行こうか?」

 その言葉を聞き入れなくなかった息吹は黙ったまま、窓の外を見る。息吹より窓側の席には大和が座っていた。

「息吹くん、聞こえてる?」

「喧嘩……したから」

「……昨日、大和くんと喧嘩したからかな?」

「うん」

「気にしているのね」

「……」

「ごめんなさいって謝って解決したでしょう」

 静かに頷いた。喧嘩の原因は覚えていないが、息吹が先だったらしい。お互いに謝って解決したが、今朝の挨拶がないことに不満を持つ。

「挨拶……してくれなかったから」 

 小さい声でぼそぼそと言う。

「息吹くんは声かけたの?」

 先生は問いかけた。息吹は横に大きく首を振る。

「そしたらさ、自分から大きな声でおはようって言ってみないとね。笑顔を忘れずだよ。気持ち切り替えないとお互いに良い気持ちで過ごせないよ?」

 先生は、目線を合わせて、ニコニコ笑顔で対応してくれた。話を聞いてくれて、安心した。お母さんに言ってもうるさいだの、忙しいだのでまともに話を聞いてくれないことが多い。先生の存在はありがたかった。

「僕、大和くんに挨拶してみる」

「うん、そうだね。やってみよう」

 先生は隣についててくれた。大和くんのそばにより、勇気を出して挨拶した。

「大和くん、おはよう」

「……」

 大和くんは、こちらを見てすぐに前に顔を向き直した。顔を真っ赤にさせて、目が腫れている。挨拶してくれなかった。それに対して、先生は不思議に思う。

「あれ、大和くん。どうしたの? 息吹くん、声かけてるよ?」

 大和くんは急に席を立ち、廊下の方へ行ってしまった。その行動を見た息吹はもやもやと変な妄想を始まった。僕が声をかけたから、機嫌悪くなったんだ。昨日の喧嘩を気にしてて、話したくなくなったんだと次から次へと嫌な言葉が思いつく。

「僕、悪いことしたからだ。昨日、大和くんと喧嘩したから」

 ぼそぼそと話し、息吹は自分の席に戻った。結局、ランドセル背負ったままで黄色い帽子はかぶったままだった。ドンと大きな音を立てて、教室の床からじわじわと浮かび上がるネガティブオーラ。先生は息吹のせいじゃないと大和を追いかける。空間の乱れが発生した。教室から見える校庭の方から、何かが近づいてくる。茶色く細かい黄色いもの。校庭の砂が風により、うずを巻き起こす。

教室が虹色の異次元とつながった。

 丸い出口からばさばさとコウモリの光宙が慌てて飛んできた。

「息吹くん、ごめん!! 今、クロンズいないけど、覚えた技で倒せるよね?」

「え?! どういうこと? 僕1人で倒せるわけないでしょう」


 無意識のうちに昇降口まで走って、外靴に履き替えていた。この空間には息吹以外の人間は誰もいない。気を遣う人がいなくて少しすっきりしていた。校庭には重々しい空気が漂っている。それもそのはず、校庭に広がる砂がどんどんかき集められて、芋虫のような大きなモンスターが現れていた。

名前は『サンドビースト』

芋虫の形だが、口もとはラフレシアの花にそっくりだった。掃除機のように勢いのある風が吹き、吸い込まれそうになる。息吹は必死で耐える。


「コールドブレス!!」

 手をかざして魔法を唱え、氷を盾とした。

「息吹くん! クロンズの代わりはできないけど、アドバイスはするね。あいつの弱点は水。ウォーターブレスって魔法があったんだけど、クロンズがいないから魔法が使えないんだ。クロンズと指パッチンと一緒に唱えないと覚えられないし……どうしようか」

 空中をくるくると回る光宙。1人で対応するのは慣れていないため、パニックを起こしている。サンドビーストはじわじわとこちらに近づいてくる。吸い込む風の勢いが増している。飛び交う砂が体に当たって痛い。


「光宙! 僕にいい考えがあるよ! 見てて」

 息吹は深呼吸をして、呼吸を整えてから魔法を使う。


「コールドブレス!!!!!」


 勢いのあるコールドブレスを唱えた。すると、息吹の口から大量の氷が校庭に広がった。サンドビーストは行き場を失って、とどまっている。

「氷をたくさん作ったから!!」

 息吹は得意そうにまた深呼吸をした。光宙は、じっと様子を伺っていた。


「ファイアーブレス!!!!」


息吹が唱えたファイアブレスで炎が全体的に広がった。さっきまで唱えてできた氷が一気に溶けて、波のようにジャバジャバと水が発生していた。

その水の勢いに負けて、サンドビーストはサラサラの砂だった本体が徐々に崩れて水に固まって跡形もなく、消えていった。


「うそ、作戦成功じゃない?!」

「まさかの2回の魔法で倒しちゃうのねぇ」


 光宙は感心していた。目を丸くして驚きを隠せない。


「教えてないのにできちゃうってすごいね。息吹くん」

「だってさ、ゲームしているから。属性が弱いとか強いとか僕知ってるんだよ。すごいでしょ!!」


 グッジョブのポーズをとる。コウモリの光宙は翼で拍手を何度もした。


「そんな褒めないでよ。照れちゃうじゃん」

「そしたら、クロンズ助けられるよね」

 光宙は、丸い虹色の異次元空間を広げた。


「え? もう次のミッション?」

「一大事だから。ほら、行くよ!」

「え。学校は?」

「そんなのタイムスリップでいくらでも戻せるから。今は、こっち優先ね」

「うそ、そんなことできるんだ」

 光宙は、息吹を連れて、クロンズが捕まっている天使の世界へと移動した。

 

 学校の校庭は、元の現代空間に戻り、いつものように体育の授業が行われていた。

 先生が吹くホイッスルが響いた。

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