第22話 こどもの頃の2人

森の中、小鳥のさえずりが響いている。

葉同士がこすれる音が聞こえてくる。

風がふわっと少し強く吹いた。


「クロンズーー、また取ってきたよ。ほらぁ」

10歳のヌアンテが森の中から

白い子ウサギの耳をつかんで走ってきた。

天使の羽根からキラキラした魔法が零れ落ちている。


クロンズは川の淵で魚が釣れないかと水をのぞき込んでいた。


「ヌアンテ、お前、なんでウサギにそんな乱暴なんだよ」

「だって、可愛いから、ほら、耳こんなに長いじゃん。 

 食べたら、どんな味するかな」

 ウサギの顔をじっと見つめたら、怖くなって

 ヌアンテの手から離れていった。

 食べられてしまうという恐怖に陥っている。

 逃げて行ったうさぎを目で追いかけて残念がった。


「あのなぁ、天使が可愛いもの食べるとかそういうこと

 言うなよ。よだれ出てるし……」


 クロンズは黒い袖口でヌアンテのよだれを拭った。

 天使のイメージは優しいと感じる。


「あ、ありがとう」

「ん!」


 クロンズは恥ずかしそうに後ろを振り返る。


「今日ってさ、ママが帰って来るんだよね。

 家に帰りたくないなぁ」


「ヌアンテママ試験受けに行ったんだよな。

 大人になっても試験ってあるっていうもんなぁ。

 大変だなぁ……。

 いいじゃん、帰って来るなら」

 

 近くに落ちていた小枝を拾って、岩の上にいる

 とかげをつつこうとするクロンズにヌアンテは

 真似をしたくなっていた。じーとしゃがんで見つめる。


「だって、また言われるもん。

 いつになったら、天使らしくいられるのって。

 パパは何も言わないからいいんだけど、

 ママはうるさいから。

 あたしだって、好きでこんなガサツに生まれた

 わけじゃないのに……」


「た、確かに……。

 俺は悪魔だけど、ヌアンテは悪魔より悪魔だよな。

 天使だけど……」


 にやにや笑いながら、ヌアンテの鼻に自分の鼻をつけた。


「ちょっと顔近すぎる!!

 そうやって、あたしにクロンズが近づくから

 いけないのよ。

 絶対悪魔菌うつったに決まってる!!」


「どこか悪魔だよ。

 こんなに優しい悪魔がいるかよ。

 本当に悪魔だったら、お前のこと

 ひきずり連れまわしてるわ。

 可愛いもんだろ、俺は」


 「それもそうか。」

 手のひらにぐーを作って、ぽんっとたたいた。

 ヌアンテは岩の上、クロンズの隣に座り直す。


「でもさ、あたしたちって、

 本当に変だよね。悪魔にもなれないクロンズと

 天使にもなれないあたし。

 んじゃ、何になるって話。

 いっそのこと、交換してさ。

 あたしが悪魔でクロンズが天使でいいじゃない?

 クロンズの場合は堕天使になるに決まってるけどぉ」


「うっせーよ!お前は小悪魔か?」


「かわいいじゃん。優しい小悪魔ちゃん。

 しっぽってとがってるんだよね?」


「け! 蹴落としたつもりが喜んでやがる」


「どうとでも言って。私は自分のやりたいようにしたい。

 ただそれだけなのに望まれないのね」

 

 クロンズはドボンと川に入って泳ぎ始めた。

 ざばっと水しぶきが飛んだ。

 顔を手でぬぐう。


「そろそろ、帰ろう!」

「ああ、もう少し泳いだら、行く」


 クロンズは深い深い川の中、キラキラ反射する太陽を

 見つめた。丸く、ぐわんぐわんしたいびつな形になっている。

 太陽でさえ、まんまるになれないところもある。


 自分もいびつだなと感じた。



◇◇◇ 

 


負傷して、うつ伏せに横になっていた

クロンズが悪魔の状態になった姿のヌアンテを見て

絶望する。

確かに子供のころ、天使と悪魔が交代したらいいと

望んでいたかもしれない。

でも、それは倫理に反してる気がした。

天使の父母から生まれたヌアンテ。

悪魔の父母から生まれたクロンズ。

どちらも血筋はれっきとした

それぞれ天使であり、悪魔である。

突然変異か環境なのか理由はわからない。


それでも明らかに性格や行動はクロンズは天使に近いし、

ヌアンテは悪魔に近い。

小さいときからずっと一緒に過ごしてきた同士のような

そんな関係であった。

波長があっていたのかもしれない。


長く一緒に過ごしてきたこそヌアンテが

違う誰かになってしまうことの恐れにかられた。


「ヌ、ヌアンテ……」


体が言うことをきかない。

左足の負傷、背中の翼の折れ。

必死で体を動かし、ヌアンテのそばに寄ろうとした。


するとそれ以上に現実を受け止められない者が

クロンズの前に立ちはばかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る