第12話 魔帝会議
レスタム王国王城の一室。
ラウルは部下からの報告を聞いていた。
「それで? 王女を連れ帰るどころか、お前一人でのこのこ帰ってきた理由はなんだ」
「申し訳ありません! ラウル魔将と別れた直後、襲撃に遭い、王女アリスの連行に失敗しました」
今回、ラウルは逃げた王女アリスの確保を魔帝から命じられていた。そしてドラグル王国の龍影の森にて待ち伏せを行い、アリスを捕えることに成功する。
その後、同行させた部下に、確保した王女の連行を命じ、その場を後にしたが、その結果が部下の一人、ザウスのみの帰還で終わった。
「襲撃だと? 敵は何人だ」
「……一人です」
「ふざけるなッ!!!」
ラウルの怒号が部屋に響き渡る。
「あの場にお前を含め五人居た筈だ!! それがたった一人に壊滅させられただと!?」
「しかし、相手は相当の手練でした。私も不意を突かれましたが一撃でこのザマで……闘気での全力の防御が間に合わなかったら即死だったでしょう」
そう言うザウスの姿は、かなりの重症だ。
よくこの状態で一人で帰還できたとは思うが。
ラウルの部下は他の魔将の部下と違い、質の悪い即席の傭兵集団だ。
だが、戦闘面ならザウスはかなりのものだ。それが防御に徹してこれか。
「チッ……相手の『称号』持ちかそれに匹敵する実力者か……お前たちに任せず、俺が王都まで連行するべきだった様だな。
それで、相手に心当たりはあるのか?」
「それが……相手はおそらく龍神です……」
「龍神だと? ハッ! 面白くない冗談だな」
「わ、私も龍神は死んだと聞いていたので、最初は信じられませんでした!
ですが、黒髪に真紅の瞳の男で、聞いていた龍神の特徴とも一致しており、このような外見の男が龍神以外に居るとは思えません!
それに龍神ならあの異常な強さも頷けま――ッ!?」
ラウルは腰の剣を抜き、ザウスの首筋に当てる。
「お前、嘘じゃないだろうな? それ以上は冗談では済まされないぞ?」
〜〜〜
ザウスから報告を受けた数時間後。ラウルたち魔将を含む『称号』持ち全員が、王城の玉座の間に呼び出されていた。
既に魔帝には王女アリスの確保が失敗した事は連絡済みだ。おそらくこの呼び出しはそれを踏まえて、今後の方針を決めるためだろう。
「あ、ラウルちんだ! アリス王女に逃げられたんだって?」
「その呼び方はやめろと言ったはずだ。リリム」
「えー? なんでー? 可愛いじゃん!」
桃色の髪をツインテールにした少女が気安く話しかけてくる。
ラウルと同じ魔将の一人リリムだ。玉座の間に向かう途中で運悪く鉢合わせてしまった。
「そんなことより、ラウルちんが任務失敗なんて珍しいね? 何かあったのー?」
「それは……すぐに知れることだ。今ここでお前に話すことじゃない」
「ケチー! 教えてくれてもいいじゃん!」
リリムは頬を膨らませ、駄々をこね始める。
鬱陶しい女だ。
「それよりお前、今までどこにいたんだ?」
「えー? 気になる?」
「もういい。話にならん」
「ウソウソ、拗ねないでよ! ちょっとおもちゃで遊んでたんだ! 聞きたい?」
「……大方、この国最強の騎士とかいう男を虐めてたんだろ」
「あったりー! 思ってたより強かったよ。ちょっと本気出したら壊れちゃったけどっ!」
「……殺したのか?」
「んーん。殺したらフォルちんに怒られるから、半殺しにしといたよ。えらいでしょ?」
魔将の中でも好戦的な性格のリリムは強者を見るとすぐに戦いを挑みたがる問題児だ。
任務より自分の趣味を優先するので、計画が狂うことも多いが、その強さ故に魔帝に許されている。
「ほどほどにしておくんだな。いくらお前でも本気でフォルネウス様を怒らせれば、ただじゃ済まない」
「ラウルちんこそ、今回の失態はヤバいんじゃない?」
「――もう着くぞ」
「あ、逃げた」
〜〜〜
玉座の間に繋がる大扉の横に立つ兵士に、ラウルは目線を送り扉を開けるよう促す。
すると大きな扉がゆっくりと動き出した。
玉座の間には既に魔将以上の称号を持つものが勢揃いしており、複数の視線がラウルを射抜く。
(時間までまだあるが、来るのが少し遅かったか……? いや、あのリリムが知っているんだ、既に任務失敗の件は全員に周知されてると見るべきか……)
仲間たちからの厳しい視線に、ラウルはそう結論付ける。
「みんな来るの早いねー暇なの? アハハ! ラウルちんめっちゃ睨まれててウケる!」
そんな視線に一緒に晒されるリリムはまったく動じない。
そんなリリムの態度にラウルは少し救われるが、流石にこの視線は居心地が悪い。
「よくここに顔を出せたものじゃのう、ラウル。貴様のせいで計画は大分後退したぞい?」
背の低い白髪の老人が眉間に皺を寄せ、ラウルを睨みつける。
魔将の一人であるレジナルドだ。
「……分かっている。だが想定外の事態が起きたんだ。これからそれも話す」
「想定外ねえ。お主の部下の話を間に受けろってか。そもそもあんなチンピラ共に任務を丸投げするからじゃ」
「――何? なぜそれを知っている!? 詳細はまだフォルネウス様にしか話していないぞ!!」
「おっと、そうじゃったのか? ひひひ、口が滑ったわい」
レジナルドは悪気なく笑う。
まさかザウスとの王城の会話を聞かれていたのだろうか。この爺さんならありえる。
「おじいちゃん。ラウルちんをイジメるのは、その辺にしなよ」
「なんじゃい。珍しく呼び出しに応じて顔を出したかと思えば、ジジイの説教かえ? 小娘は引っ込んでおれ」
リリムがラウルとレジナルドの間に割って入るが、レジナルドは聞く耳を持たない。
すると、あろうことか、それを聞いたリリムが腰の双剣を抜き放ちレジナルドに向かって凄まじい速度で切りかかった。
「……相変わらず空気の読めん娘じゃのう……」
レジナルドは頭上からの強烈な一撃を受け止めるが、衝撃を殺しきれず床が爆ぜた。
「アハハ! やるじゃん! おじいちゃん! じゃ、もう一発!」
「ーー待て!! リリム!!」
このままでは、魔将同士の本気の殺し合いになってしまう。ラウルはリリムを止めようとするが、まったく聞く耳を持たない。
「やめないか」
不意に玉座から声がかかる。するとレジナルドとリリムはすぐさま距離を取った。
否、この二人だけではない。
ラウルもリリムたちの殺し合いを傍観していた他の連中も、皆、玉座に向かい姿勢を正した。
魔帝フォルネウスの登場だ。
「魔将同士仲良くしろとは言わないが、和を乱すことは控えたまえ。我々は同士なのだから」
魔帝はそれだけ言うと、リリムとレジナルドから目を離した。
「さて、君たちを今回集めたのは他でもない。王女アリスについてだ。
彼女は我々が王城に攻め入った時には既に王都から逃げ国外への逃亡を始めていた。
なぜ逃げられたのか、これは不可思議な点が多いが今はいい。問題はその後だ。
ラウル魔将が私の命を受け、ドラグル王国内の龍影の森にて王女アリスを確保する事に成功したが、連行中に襲撃に遭い任務は失敗した。そうだね?」
「ハッ! その通りです」
「そしてその襲撃犯なのだが、龍神に間違いないと見ている」
「――龍神? フォルちんが殺したんじゃなかったの?」
リリムに無礼な呼び方をされるが、特に魔帝が気にした様子はない。
まさか魔帝本人に直接その呼び方をしているとはラウルも思わなかった。
それはともかく、リリムの疑問はこの場のほとんどが思っていることだろう。
少なくとも龍神討伐に居合わせたメンバー以外は龍神は魔帝の罠に嵌り、死んだと聞かされていた。
「龍神は殺したと言ったが、残念ながらあと少しのところで逃げられたのだ」
「この国のクーデターは龍神が死ぬのが大前提だったのに、フォルちんはリリムたちに嘘ついてたってこと?」
「いいや、嘘ではないさ。龍神は死にかけで、どう足掻いても助からない状態だったからね。だから、死んだ扱いにし計画を進めた。
だが、王女アリスが逃げた先に龍神が居たのは想定外だった。
アリスは確実に龍神に殺されただろう。例の魔眼を持っている以上、生かしておく意味がない。これは私の失態だ」
逃げられはしたが龍神はほとんど死んだも同然の状態だったというわけか。
だが、死にかけていても龍神は龍神だ。『神』の称号を持ち、世界最強と言われた男だ。ラウルの部下程度では止められる筈がない。
「それが本当に龍神ならの話じゃろ? ラウルはともかく、それを見たのはラウルの部下じゃ。聞く価値ないじゃろ」
「私はラウル魔将を信じているからね。その部下をラウル魔将が信じるなら、私も信じよう。それにそんな嘘をつくメリットはない。そうだろう?」
「百歩譲って嘘ではないにしても、人違いの可能性はあるじゃろ」
「いいや、龍神は龍人族最後の生き残りだ。黒髪に真紅の瞳など、奴以外にもう存在しない」
レジナルドは沈黙する。反論はないようだ。
「というわけで諸君、魔眼は手に入らなかったが、龍神の命はじきに尽きる。
そうなれば魔神復活は時間の問題だ。ここからは魔眼が現れるまで、予備の計画で進める。健闘を祈るよ」
〜〜〜
玉座の間から魔将たちが出ていく。魔神復活の鍵である魔眼の入手は遠のいたが、やることは山ほどある。彼らにも働いてもらわねば。
「ラビ、ラウル魔将の部下……名はザウスだったかな? 彼はどうだった?」
フォルネウスは出て行った魔将たちと入れ替わりで入ってきた女に問いかける。
「嘘はついてなかった」
「そうか」
「それより、王女アリスは本当に死んだの?」
「相手が龍神じゃ、まず生きてはいない」
「そう……じゃ、あたし行くから」
「待て、ラビ。どこに行く」
玉座の間を出て行こうとするラビを呼び止めると不機嫌な顔でこちらを見てくる。
無愛想な女だ。
「どこでもいいでしょ。魔眼を持ってるアリスが死んだんじゃ、あたしの役目は当分ないんだから」
ラビはそれだけ言うと紫色の髪をなびかせながら今度こそ部屋を出て行ってしまった。
「やれやれ。問題児が多くて困ったものだ」
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