第13話 蛇魔の迷宮
全四階層から成るこのダンジョンは、一見、ただの洞窟の様にも見える。
だが、流石はダンジョンと言うべきか、入り口に立っているだけで不気味な気配をひしひしと感じ取れる。
「ではレン様、道中話した通り、私が後衛で支援しますのでレン様は私に気にせず前だけ警戒してください」
「了解」
レンはアリスと決めたフォーメーションを取り、ダンジョンに足を踏み入れる。
洞窟の中はかなり暗いが、用意した松明があれば問題ないだろう。
〜〜〜
第一階層。
アリスはギャンツから借りたエターナルマップを開く。すると何も書かれてない羊皮紙にアリの巣の様な地図が現れる。
どうやらこのマップは、持ち主が現在いる階層の地形全てが描写されるようだ。
「すごいなこれ」
「こんな複雑な道を何の手がかりも無しに進んでいたら、素人の私たちでは間違いなく遭難してましたね……」
マッピングの技術があっても初心者がこんな複雑な迷路を探索できるとはレンには思えないが、ギャンツが言うにはこれでも
「エターナルマップのおかげで迷う心配はなさそうだな。そうなると警戒するのはトラップと魔物か」
「トラップに関しては第二階層から下の階にしかないので、第一階層で気を付けるべきなのは魔物だけですね」
「第一階層に出現するのは『
ダンジョンに入る前、アリスとの打ち合わせで互いにできることは確認したが、アリスはどうやら火魔法と治癒魔法が使えるらしい。
火魔法に関しては王都に来るまでに何回か見たのでレンは知っていたが、治癒魔法に関しては知らなかった。
治癒魔法とは外傷を治す力で、無くなった腕などを再生する事はできないが、大抵の傷なら魔力が尽きない限りは治せるらしい。ただし病気や毒には効かないようだ。
思い返せばアリスと出会った時、彼女は打撲をしていると言っていたのに、いつのまにか何事もなかったかの様に普通に動いていた。おそらくレンの知らないところで治癒魔法を使い治したのだろう。
そんなすごい魔法が使えるなら、金を稼ぐのに使えるのではとレンは思うが、治癒魔法の使い手は希少で、そう易々と人に見せびらかすのはトラブルの原因になるので良くないとのことだ。
最初レンの前で治癒魔法を使っているところを見せなかったのも、もしかしたらそういった理由だったのかもしれない。
「――それは確かに有効かもしれませんが……私の魔力も無限ではありませんので、何が起こるか分からないダンジョンで、大量に魔力を消費する様な行為は避けたいですね。
それに狭い場所で火魔法を多用するのは私たちも危険です」
「それもそうだな」
アリスの言う通りこんな狭い空間で火攻めなんかしたら、レンたちも巻き込まれるか、一酸化炭素中毒で最悪死ぬ。
やはり当初の作戦通りレンが主体となってダンジョンを攻略するべきだろう。
「よし……! じゃあ、行くか!」
「はい! 頑張りましょう!」
〜〜〜
第一階層をしばらく歩いていると、洞窟の壁に木の根や苔が生え始める。
ギャンツが言っていた
「アリス、俺からあまり離れるなよ」
「分かりました……!」
レンとアリスは松明で周辺を照らしながら少しづつ進んでいく。
すると突然、アリスの背後でメキメキという木が剥がれるような音が鳴る。
否、それだけではない。
周辺の壁、天井、床、ありとあらゆる場所から生えている木の根が、音を立てながら動き始め、一か所に集まっていく。やがてそれは人型を形成し、レンにとって異世界最初の魔物となる
「レン様! 囲まれました!」
あっという間にレンとアリスの周りに八体の
数はそれほど多くないが、一体一体が成人男性と同等の大きさがあるので逃げ道はない。
「正面の
「分かりました!」
逃げ道がないなら作ればいい。そう思いレンは正面に立つ二体の
するとレンの凄まじい蹴りに、二体の
「……こいつらまだ動くか」
「ただ破壊しただけでは傷口から根を生やし再生します! 元の姿に戻る前に先に進みましょう!」
「ああ! 分かった!」
倒した二体の
それからもレンたちは行く先々で大量の
そうしてやっとの思いで
「――ここら辺なら木の根がないから大丈夫そうだな」
「……はあ…はあ……そうみたいですね……」
「大丈夫かアリス……?」
「……すみません……まさか、こんな序盤から全力で走り続けるとは思いませんでしたので……少し疲れてしまいました……」
おまけにいくら破壊しても再生し復活してしまうので、走りながら邪魔な
その結果、人外の身体能力を持つレンはともかく、普通の人間であるアリスは疲労困憊の様子だ。
「休憩しようアリス」
「す、すみません……」
アリスは申し訳なさそうにするが、仕方がないだろう。むしろよくここまで走れたとレンは思う。王女という立場からは想像できないが、体力作りとかしていたのだろうか。
「レン様は流石ですね……私なんてただ走っているだけでこんな状態で……情けないです」
「いや、全然情けなくはないさ。正直ここまで走れるとは思わなかった。アリスだってかなり体力あると思うぞ?」
「そうですかね……だとしたらアルネルのおかげです」
「アルネルのおかげ?」
「はい。知っての通り、私は王家であまり良い立場になかったので、アルネルの指導のもと、いざという時のために体力作りや魔法の訓練などを行って来ました。きっとその成果でしょう」
なるほど。複雑な立場にあったアリスの命を守るために自衛の術を教えたのか。
彼女の処世術もその一つなのだろう。
護衛の自分が居なくなった時、アリスが一人でも生きていける様にというアルネルの想いが感じ取れる。
「アルネルとは俺も話してみたかったな。アリスの昔の話とか」
「え……!? そ、それは困ります……!」
レンにそう言われ焦るアリス。
過去を知られるのは流石のアリスも恥ずかしいらしい。
「……でも、叶うなら私ももう一度彼女と話がしたいです……」
アリスの表情が悲哀に満ちる。
アリスはずっと明るく振る舞っているので、つい忘れそうになるが、まだアルネルを失ってから二週間しか経っていない。
その心の傷が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「……それなら、いつかアルネルと話す時のために旅の思い出をたくさん作らなきゃな」
前世で神や仏などの存在はまったく信じないタイプの人間だったレンは、当然、死後の世界なども無いと思っていた。
だが、転生した今となっては死後の世界もあるのではないかと考えている。
いや、むしろあってくれなければ困る。そうでなければ、レンの贖罪も、アリスの想いも報われない。
「――そうですね。レン様の言う通り、アルネルが羨ましがるくらい楽しい思い出をたくさん作って、レン様と出会ってからの日々を、何日も何日かけてアルネルに話したいと思います! もちろん、その時はレン様も一緒ですよ?」
レンの下手くそな励ましを受け入れてくれたのか、彼女は瞳に薄ら溜まった涙を拭い、笑顔でそう宣言する。
「アリスが望むなら、俺はどこにでも付いていくさ」
レンはそう言いアリスに笑いかけた。
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