第10話 冒険者ギルド

 ドレス生活から解放されたアリスと共に、二人は当初の目的である冒険者ギルドに向かっていた。


「冒険者の仕事って何するんだろうな。危険な魔物の討伐とかか?」


「魔物の討伐もあると思いますが、駆け出しの冒険者は迷子の子供探しや手紙の配達、店番に皿洗いなどの雑用も多いらしいですよ」


「冒険者とは名ばかりの、ただの便利屋だな」


「そうですね。当然その程度の依頼では、あまりお金にはならないので、やはり短期間で稼ぐには冒険者ギルドに実力を示し、高難度の依頼を受けるしかありません。

 ですが、レン様の強さならそれも問題ないと思います」


「アリスがそう言うならきっと大丈夫なんだろうけど、魔物とは戦ったことないからなあ。王都に来るまでに出会うことはなかったが、危険なんだろ?」


「どうですかね。魔物とは一括りに言っても子供でも倒せるような弱いものから、国が討伐に動くような危険なものまで様々ですから。その辺も冒険者になったら確認しましょう」


「そうだな」




〜〜〜




 王都中心部にある冒険者ギルド支部。

 建物の造りは、他と同じレンガ造りで特に変わった点はないが、三階建の大きな建物から放たれる存在感は大きい。


 冒険者ギルドの中に入ると屈強な大男から、典型的な魔術師っぽい服装をした老人など多くの人で賑わっていた。

 中には少年少女も居る。駆け出しの冒険者だろうか。


 ギルドの一階部分は半分がロビー、もう半分が酒場になっており、真昼間から飲んだくれた冒険者も多い。


 ギルドの奥には受付のカウンターがあり、十人ほどの若い女性が冒険者と見られる者たちの応対をしている。

 レンとアリスは冒険者登録をするために一番空いているカウンターの列に並ぶ。

 しばらく待つと順番が回ってきた。


「あの、冒険者登録がしたいのですが、こちらのカウンターでできますか?」


「はい。冒険者登録ですね。かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言うと受付嬢はカウンターの奥へと下がっていった。

 少し待つと二枚の、石でできた板を両手で抱えて戻ってくる。


「お待たせしました。冒険者登録を行うのは、お二人でよろしいでしょうか?」


「はい」


「それではお名前を教えてください」


「アリスです」


「レンだ」


「アリス様とレン様ですね。ありがとうございます。では、次にこちらの解析版アナリシムに、手の平を置いてください」


 受付嬢は解析版アナリシムという石の板をカウンターの上に置き、手を置くように指示する。


「こうですか?」


 アリスとレンは戸惑いつつも言われた通りに片手を石の上に置く。


「はい、ありがとうございます。もう手を離してもらって大丈夫ですよ。

 では、こちらの解析版アナリシムに触れた方の魂に刻まれた情報が浮かび上がってくるので、それまで少々お待ちください」


「魂に刻まれた情報ですか?」


「性別や年齢、種族などですね。魂に刻まれた情報は偽ることができませんので、解析版アナリシムで読み取り、それを元に冒険者カードを作成します」


「――それって、もしかして記憶を失った人の情報とかも分かりますか?」


 アリスは受付嬢に真剣な眼差しで問いかける。


「生まれながらに持っている情報ですので記憶の有無は関係ありません」


「――!? レン様それって!」


「――俺が何者なのかの手掛かりが掴めるかもしれないということか……?」


 だが、魂となるとどうだろうか。この身体には今、龍園蓮という人間が入ってるわけで、それが魂なら、解析版アナリシムで読み取ってもレンの情報が表示されるだけではないのか。


 身体の持ち主の魂の所在が分からない以上、可能性が無いとは言えないが。試す価値はあるだろう。


「あ、私の方の解析版アナリシムに文字が浮かんできましたよ!」


 アリスが先ほど手を置いた解析版アナリシムを指差す。

 確かにそこには何やら文字の様なものが薄らと浮かんできている。

 レンには読めないが、おそらくこの世界の言語だろう。


「えーと、アリス、人族、女、十六と書いてありますね。書かれる情報はこれだけですか?」


「そうですね。あとは滅多にいませんが、『称号』持ちの方はそれも魂の情報として書かれます」


「称号というのは?」


 レンが聞き返すと受付嬢は丁寧に説明を始める。


「『称号』とは『神、帝、王、将』の位からなる、強さの証みたいなものですね。

 ある一定の実力に到達すると、天から与えられると言われています」


「じゃあもしかしたら、レン様も『称号』持ってるかもしれませんね!」


「どうだろうな。滅多にいないんだろ?」


「そうですね。称号持ちの方は冒険者ギルド本部に数名在籍してると聞いています。

 トップ冒険者の『剣王』様が有名だと思いますが、聞いたことはありませんか?」


「聞いたことあります! 四大害獣の一匹を単独で撃破した英雄ですよね!」


「四大害獣……? それは――」


 聞いたことない単語が出てきたので詳しく聞こうと思ったが、レンが手を置いた解析版アナリシムに異変が起こる。


「――これは……!?」


「どうかしましたか? レン様、文字が浮かび上がったのなら私が読みますよ?」


 この世界の文字が読めないレンの代わりにアリスが読んでくれようとする。


「……アリス一応聞くけど、これ読めるか?」


「なんですかこれは……文字……の様に見えますが……」


「私にも見せてもらっていいでしょうか? ――これは……」


 アリスと受付嬢がレンの持つ解析版アナリシムを横から覗くが、書いてある文字が理解できないのか首を傾げる。


「私も受付嬢になってから、多くの方の冒険者登録を行ってきましたが、この様な現象は初めて見ました……これは私には対処しかねるので、上の者に相談したいと思います」


 そう言うとレンの解析版アナリシムを持っていこうとする受付嬢。


「待った。その前にもう一度、俺に見せてくれるか?」


「……構いませんが、もしかして読めるのですか?」


 受付嬢の質問にはあえて答えず、解析版アナリシムを再度見る。そこには――



龍園蓮  人族  男  二十四



(やっぱり、日本語で俺の前世の情報が書かれてるな。てことは、この肉体の今の魂は完全に前世の俺の魂になっているということか)


 元の身体の持ち主の情報は分からなかったが、前世と同じ魂だと分かっただけで収穫だろう。

 これは自分が自分であること、つまりはアイデンティティの証明だ。


「悪い。読めないか試したけど、俺にも分からなかった」


 レンはそう言い、受付嬢に解析版アナリシムを返した。

 ここで文字が読めると言っても話がややこしくなるだけだ。黙っておいた方がいいだろう。


「レン様ならもしかしたらと思いましたが、仕方ありませんね」


 そのレンに対する謎の期待は一体どこからきているのだろうか。

 確かにアリスの期待通り文字は読めたが、今回のは偶然だ。


「では、上の者と相談してくるので、しばらくロビーにてお待ちください」


 今度こそ解析版アナリシムを持って受付嬢はカウンターの奥へと姿を消した。




〜〜〜




 冒険者ギルドのロビーで待つこと一時間、やっと先ほどの受付嬢が戻ってきた。


「アリス様、レン様、冒険者ギルド支部長がお呼びです。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


「冒険者ギルド支部長ですか。それほど深刻な問題なんですか?」


「いえ……そういうわけでは……」


「まあ、呼んでるなら行くしかないだろ。俺らも冒険者登録してもらわないと困るわけだしな」


「それもそうですね。では行きましょうか」


 レンとアリスが承諾すると、受付嬢は安心したのか胸を撫で下ろした。




〜〜〜




 レンたちは受付嬢の案内で冒険者ギルド三階の応接間にやってきた。


「支部長。アリス様とレン様をお連れしました」


 受付嬢は応接間の扉をノックし呼びかける。


「入れ」


「はい。ではアリス様、レン様、中にお入りください」


 受付嬢に中に入るよう促される。どうやら彼女は同席しないらしい。

 まあ、当然か。


「失礼します」


 アリスに続き、応接間に入ると、眼帯を付けた男がどっかりとソファーに座っていた。

 髪がかなり白みがかっている事から、そこそこの年齢だとは思うが、元冒険者なのか野獣の様な眼光がまったく衰えを感じさせない。


「呼び出して悪いな。そこに座ってくれ」


 レンとアリスは言われた通り、男の向かい側のソファーに腰を下ろす。


「確かアリスと……レンだったな? 俺はここの支部長をしているギャンツってもんだ。

 早速本題に入るが、お前たち冒険者になりたいんだろ?」


「そうだ」


 嘘をつく意味はないのでレンは素直に肯定する。


「なら、俺からの仕事を受けてもらう。 ちょっと危険かもしれないが、報酬は弾むぜ?」


「――ちょ、ちょっと待ってください! まだ、私たちは冒険者になっていません! それに、何の経験も無い初心者に危険な仕事を頼むって正気ですか!?」


 ギャンツの予想外の言葉に、アリスは声を荒らげる。


「おうおう、威勢がいいな、嬢ちゃん。何も無理にとは言ってねえだろ? 嫌なら断ればいい」


「そんなふざけた話、当然お断りです!」


「そうか。じゃあ、話は終わりだ。出て行ってくれ」


 本当に話を終えるつもりかギャンツは席を立とうとする。


「な……っ……どういうことですか! 解析版アナリシムについての話ではないのですか!?」


「だから言ってんだろ。解析版アナリシムで身分の証明ができねェなら、冒険者にはなれねェよ」


「そんなこと一言も言ってません!」


 流石のアリスもギャンツの物言いには呆れを通り越して怒りを覚えたようだ。


「落ち着け、アリス」


「ですが……」


「おい、おっさん。さっき俺たちに冒険者になりたいか聞いたな」


「ああ、聞いた」


「なら、まだ冒険者になる手段はあるってことだな。じゃあその仕事、話だけでも聞かせてくれ」


 おそらくギャンツは取引を持ちかけてきているのだ。この仕事の成果次第ではレンたちを冒険者にしてやると。冒険者ギルドの支部長ならそれぐらいできるだろう。


「レン様!?」


「ハッ……話がわかるじゃねーか兄ちゃん。だが、聞いたからには引き返せねーぜ」


「……分かった」


 レンが承諾するとアリスは信じられないといった顔でこちらを見てくる。

 どのみち仕事を受けなければ、冒険者にはなれない。選択肢はないだろう。


「まあ、安心しろ。嬢ちゃん。俺も鬼じゃねェ。お前らがそこら辺の駆け出しと同じ実力しかないってんなら、こんな話そもそもしねーさ……ま、勘だがな……」


 そう言うとギャンツは高らかに笑った。

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