第22話 食堂にて(2)


 階段のおどり場まで行くと、場景が変わる。

 照明も明るくなり、食卓音楽ターフェルムジークが聞こえてきた。


 当然、電気もなく、音楽家もいない。

 魔術によるモノだろう。


 スタティム領にも欲しい技術ではあるが――


(こうなると、暗くて静かな平民との対比が目立つな……)


 一言で表すのであれば「華やかな場所に出た」といった所か?

 しかし、この状況は平民を差別しているワケではない。


 単純に役割の問題である。貴族は相手の身に着けている物――アンティークジュエリーなど――で身分を見分ける必要があった。


 また、食事に毒を入れられる可能性や襲撃しゅうげきされる危険性を考慮こうりょしなければならない。必然的に「照明は明るい方がいい」という結論になる。


 また、所作しょさも大切だ。優雅に振る舞う必要があるため、食事中にペチャクチャと話すワケにもいかない。ゆえに音楽で場を持たせる必要がある。


 そして、もう一つ。

 音楽が必要なる原因が料理だ。


 平民と比べて、貴族は多くの魔力を保持する。そのため、料理には「魔力を回復させるための食材が多く使われている」のだが――


(あまり、美味おいしくないんだよな……)


 好きな音楽をきながら食事をすると「食欲が増し、美味おいしく食べる事ができる」というのが定説である。貴族の食事に音楽が必要とされるおもな理由だ。


 勿論もちろん、純粋に楽しむための曲を流している場合もあるのだが、現状では「ささやかな抵抗」と言った方がしっくりくる。


 なので『貴族階級の特権』というよりも――


(『合理性を追求した結果』かもしれないな……)


 平民も酒場などでは、陽気な音楽と共に歌ったり踊ったりするので『音楽の文化』がないワケではない。


 ただ、ここは学園だ。羽目ハメを外した生徒が過去にいたのだろう。

 さわぎないように平民たちが自重じちょうしている可能性は十分にある。


 俺が階段をがり切ると――高級な絨毯じゅうたんまる食卓テーブル、お洒落な椅子イスった装飾など――更に違いは明らかになった。


 ここからは、あまり余計な言葉を発しない方が良さそうだ。


(まあ、優雅にうのも、貴族の仕事か……)


 ただでさえ『スタティム家の者』という事で、悪目立ちしてしまう。

 こういう場所では大人しくしているに限る。


 とはいえ――


(人脈作りや優秀な人材も探さなければならない……)


 両親はあまり、とやかく言うような性格タイプではない。

 また、詳細な指示も受けてはいないが、現領主である祖父はきびしい人物だ。


 領民のためにも、俺はここで頑張る必要がある。


(期待以上の成果を出さないとな……)


 そんな事を考えつつ――正直なところ――俺は貴族のことを良く分かっていなかったりする。まあ、中身は日本国憲法によって貴族が廃止された日本の庶民だ。


 異世界の貴族を理解するなど、不可能に近い話である。

 本来なら上位貴族へ取り入るべきなのだろうが、まだ初日だ。


 派閥も理解していなければ、授業どころか、入学式すら始まってはいない。

 大人しく、下位貴族の中に混ざり――


(今日の所は、さっさと食事を済ませて帰ろう……)


 そんな風に思っていたのだが、


「カリオ様、お嬢様が向こうでお待ちです」


 と声を掛けられる。オロールの侍女だ。

 確か名前は『エマ』といったかな?


 口調は丁寧ていねいなようだが、俺に対しては「お嬢様に相応しい男性か見定みさだめてやる」といった視線をビシビシと感じる。


「どうぞ、こちらです」


 そう言って案内されたので、後をついて行く。

 奥の方へ進むと、明らかに雰囲気が違った。


 魔力の圧によるモノだろうか? 並みの貴族では体調をくずしていまいそうだ。

 つまりは魔力の高い上位貴族が集まっている一角という事なのだろう。


 その証拠に指輪や首飾りなど、持ち主の身分が特定できるアンティークジュエリーには、見覚えのある意匠があしらわれていた。


(今は一番、関わりたくない連中なんだが……)


 そんな中、ニコニコと笑顔で軽く手を振るオロール。こちらも振り返すべきか、逡巡しゅんじゅんした結果「片手をげるだけ」という曖昧あいまいな返しになってしまう。


 時間を決めて約束したワケではないが、早めに来て待っていたようだ。護衛が任務である女騎士の方は椅子イスに座っているオロールの後ろで緊張した面持ちをしていた。


 まあ、場所が場所だけに――


(そうなるよな……)


 俺は同情する。一方でパールとラッシーは平気な様子だ。

 この程度の魔力なら、問題はないらしい。


 頼もしいと取るか、問題を起こさないようにいのるべきかは――


(悩む所かな……)


「カリオ・ヴァニタス・スタティム様をお連れしまた」


 とエマ。周囲の貴族へ聞かせるためだろう。

 俺の家名をワザと聞こえるように言った。


 名前を聞くと同時に、それまで優雅にくつろいでいた貴族の様子が変わる。

 近くにいた数名の貴族の内、一人がせ、一人が急いで席を立った。


 やはり『死の血統魔法』というのは、悪い意味で有名なようだ。

 目立ちたくはなかったのだが――


(こうなっては仕方がないか……)


 最初は大人しくしているつもりだったが、俺は家名を利用する方向で学園生活を送ることに決めた。

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