第三章 カレー無双

第15話 カレー魔法の正しい使い方(1)


(ふー、危ないところだった……)


 あやうく、街が火の海になる――というのは大袈裟おおげさだろうか?

 石造りの家が多いので「燃え広がる」という可能性は少ない。


 それでも『浄化の炎』であれば、負傷者が大勢おおぜいいたハズだ。みんな仲良くカレーまみれだが、怪我ケガ人が1人も出なかったのは、せめてモノ救いである。


 まずはオロールたちの心配をするのが先だろうか?


(いや、パールとラッシーが一緒なので大丈夫だろう……)


 と考え直す。後方を振り返ると一際ひときわ大きなカレーのドームが存在していた。

 ドロリ――とつつんでいたカレーが流れ落ちる。


 カレードームの中には、光の防御結界によって守られているオロールたちの姿があった。


(恐らく、パールの指示だろう……)


 テッラム家は守りの魔法にけた者が多い。防御魔法が得意なオロールへ結界を展開するようにお願いし、素早く安全を確保していたようだ。


 〈カレープロテクション〉による二重の防御で『焼きチーズカレー』の被害も防いだらしい。


 一方、俺の背後でなにかが動く気配がした。

 カレーのお化け――ではなく、全身カレーまみれのエレノア嬢だ。


 魔力を使い果たしたのか、このままでは息をするのも大変だろう。

 俺は〈カレープロテクション〉を解除する。


 一瞬――とはいかないが、ゆっくりとカレーが消えてゆく。

 周囲に最初と同じ街の景色が戻り始める。


「まだ、続けますか?」


 俺の問いに対して、


「も、もういいです……」


 とエレノア嬢。何故なぜ敬語けいごを使う。

 それに随分ずいぶんと苦しそうだ。


 四つんいの格好のまま、なかなか起き上がろうとはしない。


「大丈夫ですか?」


 そう言って、俺は手を差し出す。だが、


「ひっ!」


 とエレノア嬢。どういうワケか、おびえられてしまった。

 しかし、俺を見上げるように顔を上げた後「いや、すまない」と言ってあやまる。


 どうやら、混乱しているらしい。魔力いの後は、気分が高揚こうようした反動からか精神面が弱くなるらしいので、その所為せいだろう。


 取りえず、状況を説明した方が良さそうだ。まずは、


「〈メギド・フレア〉ですが――アレは『焼きチーズカレー』に変えました……」


 あのまま放って置いたら、周囲の人たちも巻き込まれてしまいましたからね――と付け加える。そこは理解し、反省しているようだ。彼女は、


「ああ、そうだな……」


 私の落ち度だ――そう言って、俺の手を取ってくれたので立ち上がらせる。

 しかし、まだ足や腰に力が入らないようだ。


 俺が支ええるハメになってしまった。

 本来なら、すぐさま従者や取り巻きたちが駆け寄るのだろうが――


(皆、ショックを受けているようだな……)


 起き上がる気配すらない。

 もしかすると、カレーを鼻から吸い込んでしまった可能性がある。


 〈カレープロテクション〉の欠点の一つだ。勿論もちろん、食べることも可能なのだが、鼻から吸引すると目も当てられない事になる。


 エレノア嬢の場合は別で、自分の魔法がカレーに変えられてしまった事がショックのようだ。俺と戦って負けた者は大抵、放心状態となる。


(まあ、大人しいのは助かるか……)


 〈カレープロテクション〉の影響が消えるまで、このまま説明を続けることにした。


流石さすがにすべては防ぎ切れないので〈カレープロテクション〉を使って皆を守りました。一晩寝かしたカレーの力によって、あらゆる攻撃から身を守る魔法です」


 と〈カレープロテクション〉の説明もする。一度「冷ます」という方法でもいいのだが、一晩カレーを置くことにより、カレーの味を全体に馴染なじませるのだ。


 ただ、夏場などの温かい時期は、あまりオススメできない。

 使っている野菜にもよるが、痛みやすいからである。


「カレーは正しく使われるべきですからね」


 そんな俺の言葉に対し「それは本当に正しい使い方なのか?」という視線をエレノア嬢から向けられてしまった。


 少なくとも怪我けが人は出ていないので、間違ってはいないだろう。


「それに『焼きチーズカレー』を防ぐ必要もありましたからね……」


 『焼きチーズカレー』――簡単に言ってしまえば『カレードリア』である。

 一人前の分量は大した事はない。


 だが〈メギド・フレア〉の威力を分散させるために、百人前近い『焼きチーズカレー』を創る必要があった。


 普段なら綺麗に並べる所なのだが、今回はそのひまが無い。結果、出来立ての『焼きチーズカレー』が上空から降り注ぐ事になってしまったのだ。


 通常のカレー皿とは違い、耐熱皿を使っている。

 当たると怪我けがでは済まないだろう。


 更には熱を相殺するためにチーズを焼き、ハンバーグまで搭載したのだ。

 当たり所が悪ければ、火傷やけどをしてしまう。


「ハンバーグの代わりに『半熟のとろ~り卵』をトッピングしようとも考えたのですが、それでは、あの熱量を受け止めることは出来ませんでした……」


 流石さすがですね、エレノア嬢――と俺は彼女をたたえた。

 しかし、なにやら微妙びみょうな顔をされてしまう。


 もう、ワケが分からない――そんな表情である。


「後は降り注ぐ『焼きチーズカレー』から〈カレープロテクション〉で皆を守った――というワケです」


 そんな俺の説明に「だからって、カレーまみれにする必要は――」とエレノア嬢。

 言い掛けてから、口をつぐむ。そして、


「いや、皆を守ってくれた事に礼を――言う?」


 と言い直した。何故なぜか疑問形だが――


(気にしないでおこう……)


 俺は「どういたしまして」と返答してから、


「後は『焼きチーズカレー』を食べて、魔力を回復させましょう」


 と続ける。しかし、そんな俺の言葉に、


「いや、もうカレーは勘弁してくれ!」


 とエレノア嬢。上目うわめづかいで断られてしまった。

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