第14話 煉獄魔法VSカレー魔法(2)


 俺が魔法陣へ入る――そのことが戦闘開始の合図だったのだろう。

 エレノア嬢としては「一撃で決着がつく」と思っていたようだ。


 まあ『カレー魔法』なんていうふざけた魔法に――


(誰も負けるだなんて思わないよな……)


「では、行くぞ!」


 そう言った彼女の前に炎のかたまりが出現する。〈ファイアボール〉――通常ならサッカーボール程の大きさの火球を飛ばす――基本的な魔法だ。


 魔法の上級者や火属性の才があれば、大型の火球や爆炎を創り出すことも出来る。

 エレノア嬢の場合は後者なのだろう。


 威力いりょくは高いのだが「魔法の質」という意味では、まだまだしろがあるようだ。

 俺の全身を飲み込んであまりある大型の火球をはなった。


 まるで火をく怪獣のようである。まあ、普通の人間なら――


(この一撃いちげきをくらっただけでアウトだろうな……)


 髪の毛がチリチリになってしまう――いや、それどころの騒ぎではない。

 全身黒焦くろこげだ。日焼けサロンの店員もさおである。


 しかし、この場合、炎の熱よりも『浄化の力がある』という事の方が厄介やっかいだった。

 魔人族の性質上、その手の攻撃には弱い。


 魔法に長けているため「影響を受けやすい」といった方がいいのだろうか?

 一時的にだが、魔力が弱体化したり、魔法が使えなくなったりする。


 本来ならば「まずは様子見」といった雰囲気で手加減してくれるのだろうが、エレノア嬢は本気だ。巨大な〈ファイアボール〉を予備動作なしで発動させる。


 射出速度と影響範囲を考えるのであれば、完全にけるのはむずかしいだろう。

 だが大きい分、観測はしやすい。


 周囲の空気がゆがむ程の熱波を放ち、俺へと直進する巨大火球。

 もし、俺がけたとしても――その後、地面や結界に触れることで――炎は飛び散り、拡散されるだろう。


 通常の〈ファイアボール〉は紅蓮ぐれんの炎やオレンジ色の光なのだが『浄化の炎』というだけあって、色は白に近かった。「青白い」と言うべきかもしれない。


 俺は魔力を込めた右手を前に伸ばすと『カレー魔法』で彼女の〈ファイアボール〉を侵食する。なかなかの炎だが、火を怖がっていてはカレーを作ることは出来ない。


 『浄化の炎』をカレーに変えると、俺は加速させてね返す。

 最初はゆっくりとした動きで、徐々じょじょに押し返しているように見えただろう。


 だが、ある一定のタイミングから――今度はエレノア嬢へ向かい――巨大な〈カレーボール〉が高速で直進し始める。


 ――ベチャッ!


 次の瞬間には――エレノア嬢の姿は――カレーまみれだ。

 本人も観客たちも「いったい、なにが起こったのか」分からない様子だった。


 俺の失敗は「カレーの好みを聞いていなかった事」だ。

 そのため、中辛のビーフカレーにしたのだが――


(大丈夫だっただろうか?)


 火力が強かったため、タマネギが飴色あめいろになるまでいためる事に成功した。疲労回復や不眠症改善の他、食欲増進や便秘予防、動脈硬化予防にと様々な効用のある野菜だ。


 牛肉も十分に火を通したので、口の中でとろけるだろう。


(喜んでくれるといいのだが……)


 彼女は最初、直立した状態のまま微動びどうだしなかったのだが――やがて手を動かし――顔に付いたカレーを落とした。


貴様きさまっ、なにをした!」


 とエレノア嬢。怒ってはいるが、それ以上になにが起こったのか理解できていないようだ。


 ただ、一つ言えることは「あまり興奮するとカレーが鼻の穴に入ってしまう」という事だろう。そうなると目も当てられない。


 俺は魔法を解除し、カレーを消す。

 ニオイは残るかもしれないが、汚れが残ることはない。


 通常なら水で流しても――油汚れのため――完全に綺麗にすることはむずかしかっただろう。キッチンペーパーでき取るのも大変だ。


 いきなりスポンジで洗おうモノなら――


(そのスポンジは、もう使えなくなってしまう……)


 だが、俺の『カレー魔法』で創ったカレーは違う。

 け置き洗いも、使った皿が黄色くなる心配もない。


 優しいカレーなのだ。俺はエレノア嬢に対し、初見で誰もがする質問に答える。


「カレーを作るのには火が必要だ。だから、エレノア嬢……」


 貴女あなたの炎でカレーを創らせてもらった!――と。そんな俺の台詞セリフに対し、周囲の連中もふくめ、ほとんどの生徒たちは理解できていない様子だった。


 予想通りの反応だ。俺は更に説明を加える。


「つまり『カレー魔法』は火系統の魔法の上位魔法だ」


 魔法には相性の他、優劣がある。

 これが〈火〉〈水〉〈風〉〈土〉であったのなら分かりやすかっただろう。


 簡単に説明するのであれば、上位魔法とは「相手の魔法を分解し、自らの魔法へと再構成する」そんな関係が成り立つ魔法である。


 おどろいているのはエレノア嬢ではない。


「なっ……!」


 と周囲の誰もが「そんなバカなっ!」という顔をしていた。


「ワフフフフ! 当然の結果です! わん♪」

「フハハハハ! 万物はカレーの材料に過ぎないのだ!」


 一部の観客をのぞいて――


ずかしいので、黙っていてくれないだろうか?)


 冷静さを欠いて――今まで『カレー魔法』に敗れた連中同様――エレノア嬢はおこり出すのかと思ったが、蒼色あおいろの瞳と長くあざやかな薔薇色ピンクローズの髪は健在なようだ。


「ほう、ならばコレはどうだ!」


 そう言って、今度は小型の――普通のサイズの――〈ファイアボール〉を連発する。だが、俺も〈カレーボール〉で応戦し、すべてを相殺そうさいした。


 カレーの基本は作り置きだ。更には冷凍保存も可能である。

 俺のカレーが無くなることはない。


「一度に12の火球をあつかえるのだが、それ以上とはな……」


 とエレノア嬢。言葉通り、周囲に12の火球を出現させると、彼女を中心として円をえがくように展開した。まるで円舞曲ワルツである。


 更には炎の魔剣を抜刀した。


「さて、本気で行かせてもらおうかしら……」


 フフフフ!――と女性は俺をぐに見詰める。

 これは「くやしい半面、とても楽しい時間だわ♡」という表情だ。


 『カレー魔法』に負けた連中は、だいたい似たような反応をする。

 彼女の場合も同じなのだろう。完全に当初の目的を忘れている顔だ。


(いや、口調が変わって、つやっぽさが増したような気が……)


 一種の魔力酔いだろう。魔人族は滅多に掛からないのだが、強い魔力に当てられると人格に変化が現れる。


 どうやら、彼女は魔力を最大限にまで高めることで『煉獄れんごく魔法』の「カレーへの変化」を防ぐつもりのようだ。


 ようは「物量で勝負」という事らしい。

 理屈としては正しい。正しいのだが、


「いくぞ! 〈メギド・フレア〉――」


 彼女の放った炎がすべてを焼き尽くす。


(この女、都市ごと滅ぼす気か……)


 すでに結界は意味をなさない。すさまじい熱波が周囲をおそっている。

 仕方なく、俺は『焼きチーズカレー』で対抗する事にした。


 学園都市に来て早々、面倒なことになってしまったモノだ。


(おっと、ハンバーグも乗せた方がいいな……)


 この時の俺の選択が「都市を救った」と言ってもいい。

 彼女の放つ、その熱を受け止め、ハンバーグへと変化させる。


 ただ問題は『焼きチーズカレー』の量が想定よりも多かったことだ。


流石さすがは魔人十氏族の令嬢……)


 同時に〈カレープロテクション〉を発動する。

 カレーを全身にまとうことで、あらゆる攻撃から守る防御魔法だ。


 周囲の人間をカレーまみれにする事で、アツアツの『焼きチーズカレー』(ハンバーグ乗せ)から守ったのだ。


 これぞ逆転の発想! カレーを使って、カレーから守る。

 その日、街の一角はカレーに包まれたのだった。

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