第二章 楽しいレクリエーション

第9話 カレーに乗せるモノ(1)


 今、俺の目の前には1人の女性が立ってる。

 蒼色あおいろの瞳と長くあざやかな薔薇色ピンクローズの髪。


 彼女の放つ魔法攻撃に対し「砂時計の砂が全部落ちるまで耐え切ればいい」という話だったのだが、ちょっと遣り過ぎたようだ。


「さて、本気で行かせてもらおうかしら……」


 フフフフ!――と女性は俺を真っ直ぐに見詰める。

 これは「くやしい半面、とても楽しい時間だわ♡」という表情だ。


 カレー魔法に負けた連中は、だいたい似たような反応をする。

 彼女の場合も同じなのだろう。完全に当初の目的を忘れている顔だ。


 彼女が使うのは煉獄魔法。浄化の力を持った炎の魔法だ。

 通常の魔人族なら、一撃浴びただけでアウトだろう。


 だが、俺はしのぎ切っていた。

 そのことが余計に彼女を本気にさせたようだ。


 本気を見せず、飄々ひょうひょうとした態度の俺に対して「絶対に一撃を入れる!」と目が言っていた。十二の炎の玉をしたがえ、魔剣を抜刀しつつ、魔力を最大限にまで高める。


「いくぞ! 〈メギド・フレア〉――」


 彼女の放った炎がすべてを焼き尽くす。


(この女、都市ごと滅ぼす気か……)


 仕方なく、俺は『焼きチーズカレー』で対抗する事にした。

 学園都市に来て早々、面倒なことになってしまったモノだ。


(おっと、ハンバーグも乗せた方がいいな……)


 この時の俺の選択が「都市を救った」と言ってもいい。

 時は少しのぼる――



 * * * * *



 学園都市『マグナレクス』――中心部に魔王学園を有する大都市である。

 城塞に囲まれた都市で、立地条件から物流の要所となり、商売も盛んだ。


 しかし、一般的な魔人族からすると『魔法の実験場』としての印象の方が強い。

 昔から様々な魔法の研究がされていた場所でもある。


 そのため、街の至る所に「昔、ほどこされた魔法の仕掛けが残っている」という厄介な場所でもあった。基本的な外見は石造りの建物が並び、整然とした街並みだ。


 だが、解除されていない魔法も残っているため、危険な地区エリアもある。街を歩くのにも「『魔迷宮ダンジョン』を攻略するような地図が必要」という困った都市として有名だった。


(やはり、馬車で突っ込まなくて正解だったな……)


 都市への入り口となっている門は東西南北に一つずつあり、俺たちが入って来たのは南門である。他の門から入った学生たちも、同じようにためされているのだろう。


 貴族であるため、筆記試験と実技試験、面接も免除されている。逆に言えば、貴族である以上「知識と魔法、礼儀作法は身に着けてしかるべき」という事のようだ。


(今の段階で試験を行い、下手へたに優劣をつけると面倒だしな……)


 特に俺のような地方貴族は、中央の連中から見ると差別的なあつかいを受けることがある。


 うっかり上位貴族よりも優秀な成績で入学してしまった日には、因縁を付けられてしまうだろう。


 初代魔王に仕えた――というだけの過去の実績にすがる魔人十支族など、相手にするのが面倒な連中は多い。実力がないクセにプライドだけは高かったりする。


 今の俺の状況として、成績は「中の下」辺りが望ましい。

 また、貴族であれば血統魔法が使える。


(残念ながら俺は使えないが……)


 人前で実力を見せたくない連中もるだろう。

 必然的に入学後の魔法祭フェスタまでは「各個人の実力は不明」という事になる。


 つまり貴族の場合「指定された期間までに学園へ辿たどり着くことが出来れば合格」というのが暗黙のルールだ。そのハズだったのだが――


(今回は趣向しゅこうが違うようだな……)


 基本、お金を持っている貴族を入学させれば、学園もうるおう。

 学園側としては、無条件で金持ちの貴族を優先して受け入れるハズだ。


 それなのにブラックドラゴンの襲撃しゅうげきがあった。

 詳しく調べたワケではないが、アレは姿をブラックドラゴンに似せた魔法だ。


 恐らく、転移系の魔法だと思われる。一定値以上の魔力を持たない者は魔法に抵抗できず「何処どこか遠くへ転移させられる」という仕組みなのだろう。


 正直、並の魔人族では遠くへ飛ばされ、入学の期間までに学園へは辿たどり着けず、リタイア続出である。


(本気で実力者だけを募っているらしい……)


 もしかすると『真の魔王』というのを選ぶ気かもしれない。


「どうしたです、ご主人? わん!」


 とラッシー。俺たちは着替えを済ませ、街中を散策していた。どうにも、学生は学園側が用意したレクリエーションとやらに参加する必要があるらしい。


「少し考え事をしていた……」


 悪い――と俺は謝る。馬車に乗ったまま学園へ向かっても良かったのだが、門にた学園の担当者からいくつか説明を受けた。


 表向きは街の観光地をめぐり「散策する」というモノだ。勿論もちろん、それだけなら拒否する事も可能なのだが、その場合「学園での序列に影響する」という。


 成績で順位を付けない代わりに、序列というモノで優位性を現しているらしい。

 上位であれば授業を受ける必要もないし、寮でも個室が用意されるようだ。


 そこには学年や性別は関係なく、実力だけが評価の対象となる。


(まさに魔王学園らしいシステムだな……)


 難しく考える必要はない。街の要所には学園の実力者が待ち受けていて「彼らに実力を示せばいい」それだけの話である。


 最初から弱い者を入学させる気は無かったようだ。ひとまず、戦闘能力の低いオロールの従者2人には馬車で魔王学園へと向かってもらう事にした。


 少なくとも俺の実力だけは信頼してくれたらしい。


「お嬢様のことをよろしくお願いします」


 とオロールの事を頼まれる。それに対し、


末永すえながく、お世話になります」


 とは当事者であるオロール。

 彼女は侍女にキッとにらまれていたが「どこ吹く風」といった様子だ。


「これは苦労しそうですね……」


 おもにカリオ様が――とパール。


(え⁉ 俺なの――)

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