第8話 到着、魔王学園(2)


「へぇー、俺が魔法で創った野菜をね……」


 そう言って平静をよそおいつつ、俺は彼女から情報を聞き出すことにする。

 記憶の中では、ぽっちゃり系少年だったオロール。


 それが数年後に再会すると美少女になっていた。その理由が――


(まさか「カレー魔法で創り出した野菜を食べていたから」だったなんて……)


 動揺どうようして取り乱さなかった自分をめてやりたい。

 確かに、俺の母と彼女の母が「親友だ」という事は聞いている。


 オロールを息子の許嫁いいなずけに――といった話が出たのも、それが理由だろう。


(結局は破談はだんになってしまったが……)


 母親同士の関係については――あまり興味は無かったので――うろ覚えな部分もある。それでも「学生時代からの付き合いだ」というくらいの話は記憶していた。


 母が――「俺に内緒」というワケではないと思うが――定期的にテッラム家へ野菜を送っていたらしい。


(うちの息子が魔法で創った野菜です――的な感じだろうか?)


 そういえば、一緒に送る手紙を書かされた気もする。

 貴族特有の社交辞令的なモノだ。


 『義務』ともいえるため、内容はいたって普通の事しか書いていない。

 他にも似た様な手紙を何度なんどか執筆した事がある。


 お世話になっています的な感謝の気持ちを伝えつつ、近況の報告や動植物、街の様子など――ようは不義理な人物だと周囲に思われないようにするための工夫だ。


 貴族は評判が重要になってくる。恩知らずと思われてはいけない。

 ただ、オロールから好意をいだかれるような事は書いていないハズだ。


(季節の花を『押し花』にして、えるくらいの事はしたかもしれないが……)


 母やパールに添削されていたので、変なことは書いていない。

 だが逆にオロールにとっては、それが良かったようだ。


 彼女との会話の端々はしばしからは「嬉しかった」という感情が読み取れた。

 オロールほどの美貌びぼうの持ち主なら、貴族の間でうわさになっていたハズだ。


 しかし「それが無かった」という事は、我が兄『ルーカス』と同じく「あまり表舞台へは出なかったのだろう」と思われる。


 つまりは屋敷に1人で引きこもっていた――そんな所だろうか?


勿論もちろん、俺の推測でしかないが……)


 俺にとっては「義務」でも、彼女にとっては「心の支え」になっていたようだ。

 オロールの会話を聞いていて、思い出した事がある。


「フッ!」


 会話の途中で俺が失笑してしまったので、彼女は口をつぐむ。そして、


「もしかして、変なことを言ってしまいました?」


 やだ、恥ずかしい――とオロールは両手で口許くちもとを隠す。

 俺は「ごめん、違うんだ」そう言って謝ると、


「そういう事なら『俺の方もお礼を言わないといけないな』と思って――」


 少しだけ、幼少期の自分を語る事にした。

 過去の自分にも覚えはある。


 なにせ「右手からカレーが出る」以外に能力がなかったのだ。

 少なくとも成人した場合、屋敷にとどまれない可能性さえあった。


 カレーに絶望していた時期の話である。

 ただ、成長するに連れ、カレーに変化を加える事が「可能である」と知ったのだ。


 味の方は「甘口」「中辛」「辛口」と段階をることが出来るようになり、カレーに使用する食材を創り出せる事も分かった。


 そして、その事を「すごい!」とめてくれたのが、当時、屋敷に滞在していたオロールだ。


「俺に立ち直る切っ掛けをくれてありがとう……」


 と俺は彼女へ改めて、お礼の言葉を返す。

 すると顔を真っ赤にし「あらあら、まあまあ♡」とオロール。


 照れているようだ。その様子を見て、俺はつい「可愛い」と思ってしまう。

 まあ、カレーを出しても、おどろきはするのだが――


(誰もめてはくれないからな……)


 嬉しくなるというモノである。

 その時から、俺は心機一転し『カレー魔法』の可能性を模索もさくする事にしたのだ。


 当時は血統魔法が使えなかった事を「死活問題だ」と思っていた。

 なのであせると同時に、周りが見えなくなっていたのだろう。


 オロールが「女の子だ」という事にすら気が付かなかったのが、その証拠しょうこだ。

 俺は正直に、その事を話す。


(怒られる事も覚悟していたのだが……)


「私もカリオくんの役に立っていたのですね♪」


 オロールは嬉しそうに告げると、定まらない視点で虚空こくうを見詰めた。

 トリップ状態のようだ。


 俺としては、彼女に幻滅げんめつされなかった事に安堵あんどする。

 丁度、その時――コンコン――と天井をたたく音がした。ラッシーだろう。


 なにがあったのか、だいたい見当は付くのだが、俺は窓から上半身を出した。


「おや?」


 とパール。御者台に立ち、ニンジンを手に持って構えていた。

 どうやら再びブラックドラゴンが攻撃してきたようだ。


 馬車はすでに、真っ直ぐと伸びた広い道に出ている。

 このまま全力で走れば、学園都市の城門まで辿たどり着けそうだ。


「ニンジンが無くなってしまったのです……わん!」


 とラッシー。「無くなった」のではなく「食べてしまった」の間違いだろう。

 俺はパールに視線を移すと、


「ここで迎撃げいげきする方がいいでしょう」


 パールはニンジンをナイフのようにあつかいながら語る。

 確かに、全速力で街へ逃げ込んだ場合、まる方法がない。


(そっち方が惨事さんじになる可能性が高いか……)


 上空を旋回した後、馬車目掛けて降下するブラックドラゴン。

 オロールの防御魔法を使えば、安全に対処可能だが――


(護衛を引き受けた手前、少し格好を付けておくか……)


 パールはニンジンを投擲とうてきすると器用に翼を切り裂き、ドラゴンの軌道きどうを変える。

 そのすきに、俺はラッシーへタマネギを渡した。


「これは生では美味しくないのです……わん(しょぼん)」


 とラッシー。水晒みずさらしをしないと辛いから、生食は難しい。

 いや「だから、食べるな!」と俺は心の中でツッコミを入れる。


 彼女を怒鳴どなったところで状況は良くならない。

 今、俺が告げるべき言葉は、


「後で好きなカレーを出してやる」


 その一言で「ワッフー!」とラッシー。俄然がぜん、ヤル気になったようだ。

 後は説明するまでもない。


 降下してくるブラックドラゴンに対し、ラッシーはタマネギで撃退する。

 こうして俺たちは無事、学園都市へと辿たどり着くことが出来たのだった。

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