4 露出度と防御力を両立させる完璧なアイディア
品評会に出ることを決めてから、すでに半月以上が経過していた。
しかし、実用性のあるビキニアーマーだと言い切れるほどの作品は、まだでき上がっていなかった。
それで今日も俺は、工房にこもって製作を行う。既製のビキニアーマーを観察してみたり、試作したネット・ビキニアーマーをいじってみたり、新作に繋がりそうなアイディアのかけらをメモしてみたり……
俺のことを心配してくれているのか、単に客が来なくて暇だからか。この日も、店番中のはずのマリンが工房へ顔を出しにきた。
ただ今回は、進捗を確認しにきたわけではなかったようだ。
「師匠、こんなのはどうですか?」
店番の合間にアイディアを練っていたらしい。紙には鎧のスケッチが描かれていた。
絵の中の女は、確かにビキニ型の鎧を着けていた。けれど、見える肌の面積はそれほど多くなかった。ビキニアーマーの他に、兜や肩当て、籠手、すね当ても装備していたからである。
「ビキニだと分かる程度に、一部にだけ防具を用意して、露出度と防御力を両立させるんです。名づけて、『フォーポイント・ビキニアーマー』です」
胸と股というビキニアーマーの基本に加えて、他の防具で頭・肩・前腕・すねの四つの部位も保護している。その一方、腹や二の腕、太ももは出したままにすることで、ビキニとしての形も保っている。
これならマリンの説明通り、普通のビキニアーマーよりも実用性があると言っていいだろう。だから、一見すると、品評会にも出品できそうに思えるが……
「お前は女だから知らないんだろうが、こういうタイプのビキニアーマーは別に珍しくないんだ」
「そうなんですか?」
「露出を抑えることで、太ももや腋が強調されるのがいいんだってよ。生足よりもニーソックスはいてる方がむしろエロいみたいなことだな」
「はぁ、そういうものですか」
マリンは分かったような分からないような相槌を打つ。
かと思えば、俺に白い目を向けてきた。
「『ビキニアーマーより、ごつい全身鎧を着込んだ騎士が、兜を取ったら実は美女だった……みたいなやつの方が好きだ』とか言ってたわりに詳しいですね?」
「まぁ、お前より長くやってるからな」
あくまでも経験の差で、興味の差ではない。俺はそう強調しておいた。
「だから、このまま作ってもオリジナリティがないから、多分大して評価されないだろう」
「なるほど」
「それに普通のビキニアーマーよりマシってだけで、普通の鎧より防御力が低いことには変わりないからな。わざわざこいつを着る理由がない」
「確かにそうですね」
粛々と批判を受け止めているようだが、内心落胆しているのだろう。工房に入ってきた時に比べると、マリンの声には力がなかった。
俺は改めてスケッチに目を落とす。ビキニとしての体裁を保てるギリギリの範囲で他の防具も装備する、というのがこの作品のコンセプトだった。
「当たり前の話だけど、防御力のためには鎧を着なくちゃいけないんだよな」
「それは本当に当たり前の話ですね」
そう冷静にツッコまれてしまったが、俺の耳にはほとんど入ってこなかった。
マリンの作品を見て、完璧なアイディアを閃いていたからである。
◇◇◇
上を見れば樹木が、下を見れば雑草が視界に入ってくる。
それどころか、夏の暑さで草
この日、俺とマリンは、街のそばにある森の中を歩いていた。
「実際にモンスターと戦って、新作の実験をするっていうのは分かりますよ」
装備品の使用感を確かめるため、鍛冶師自身が冒険に出るのはさほど珍しいことではない。特に新しいアイディアを試す時は、予想外の問題が発生しやすいから尚更である。だから、討伐の仕事を受けること自体は、マリンも納得しているようだった。
「でも、相手がオークっていうのは危険なんじゃないですか?」
オークは豚のような顔をした亜人系のモンスターである。人間に比べると、巨体というか肥満体で動きは鈍いものの、力が強く頑丈である。通常なら、初級クラスの冒険者や鍛冶師が手を出していい相手ではなかった。
ただ討伐が難しい分だけ、成功した時に支払われる報酬も高かった。
「お前が少しでも金が欲しいって言ったんだろ」
「いや、それはその」
マリンはしどろもどろになる。おそらく森の奥地へと進んでいく内に、だんだん不安になってきたというところだろう。
俺はマントの前を開いて、下に装備した防具を見せた。
「ま、このビキニアーマーがあれば問題ねえよ」
「ただのスケイルアーマーにしか見えないんですけどね……」
スケイルアーマーは、魚やトカゲの
もっとも、鍛冶師のような戦闘慣れしていない人間が、オークのような攻撃力の高いモンスターと戦うなら、フルプレートアーマーでガチガチに防御を固めてしまった方が得策だろう。また品評会に出す作品としても、ビキニアーマーにはまったく見えないという欠陥がある。そのせいで、マリンも腑に落ちない表情をしていたのだった。
「いい加減、秘密を教えてくださいよ」「まぁ、待てよ」などとやりとりしながら、俺たちは森の探索を続ける。
するとその内に、とうとう木立の向こうに、オークの姿を発見することになった。
幸いにも一体だけで行動していた上に、こちらの存在にはまだ気づいていない様子だった。あれなら幾分倒しやすいだろう。戦闘の邪魔にならないようにマリンにマントを預けると、俺は一人でオークの前へと飛び出した。
接近するのと同時に、俺は腰の鞘から剣を抜く。それを目にして、オークも木で作ったらしい棍棒を構えた。
相手の出方を窺うように、睨み合いが始まる――
などという考えは、慎重というよりも悠長だったらしい。
構えを取った直後にも、オークは攻撃の動作に入っていたのだ。
太い腕と太い棒で、どてっ腹を思いきり殴られる。衝撃のあまり、鎧からは金属片が剥がれ落ちていた。
「師匠!」
重傷どころか致命傷になりかねないと思ったのだろう。マリンが大声で叫ぶ。
一方、同じ光景を目にして、オークは下卑た笑みを浮かべていた。どうやら勝ち誇っているらしい。
だから、その隙を突いて、俺は剣を振るうのだった。
相手が油断していたので、本職の冒険者でなくても一太刀入れることができた。しかも鍛冶師なので、金がなくても名剣を用意することができた。
おかげで、分厚い脂肪に守られたオークの体を、俺はバターのように一刀両断することができたのだった。
「一体どういうことなんですか?」
マリンが丸出しになった俺の腹をじっと見つめてくる。鎧が壊れるほどの力で殴られたのに、まったくの無傷なのが信じられなかったのだろう。
説明のために、俺は剥がれ落ちた金属片を拾い上げた。
「普通のスケイルアーマーは金属片を服に縫い付けて作る。でも、こいつはガルテンの木の樹液でできた接着剤で、金属片同士を直接貼り合わせて作ってある。そのおかげで、ビキニの部分以外は、殴られた時にすぐに剥がれて、衝撃が体まで伝わるのを防いでくれるんだ。
だから、この『リアクティブ・ビキニアーマー』を着れば、どれだけ強力な攻撃でも、一撃目は絶対に耐えられるってわけだ」
種明かししたところで、俺は改めて実演を行った。右腕に持った剣で、左腕を斬りつける。衝撃を受けて、金属片が剥がれ落ちる。しかし、やはり腕には何の傷もついていなかった。
「ちなみに、こいつはあくまで実験用で、実物はもっと剥がれにくく作るつもりだ」
「弱いモンスターが相手なら、ただのスケイルアーマーとして使うこともできるってことですね」
いくら防御力が高くても、戦闘のたびに鎧を交換したり修理したりしていたのでは手間がかかり過ぎる。だから、リアクティブ・ビキニアーマーの完成品は、マリンの言うように普段は通常の鎧として使いつつ、強敵と戦う時は先程のオーク戦のようにカウンター狙いの鎧として使うことを想定したものに仕上げるつもりだった。
「これは面白いアイディアですね。攻撃を受けるごとに露出が増えてビキニアーマーに近づいていくっていうのが、むしろフェティッシュな魅力に繋がっていますし」
「だよな!」
「『全身鎧から美女』が好きな師匠らしい発想だと思います」
「しつこいな」
何度も引っ張り出すほど面白い話でもないだろう。
そんなことより、マリンにはしてほしいことがあった。
「マントもらっていいか?」
「あ、そうですよね」
「このままじゃあ、男なのにビキニアーマーを着る変態だと思われちまうからな」
「アイディアを真似される方を心配しましょうよ」
見る人間が見れば、鎧の秘密に感づくだろう。戦闘直前までマントを着ていたのも、盗用されるのを防ぐためだった。
「まぁ、こんな奥地まで来る鍛冶師はめったにいないだろうが――」
そこまで言いかけたところで、俺は気づいてしまった。
「これじゃあダメだ」
品評会の前に実験をして正解だった。このビキニアーマーには致命的な欠陥がある。
「何がですか?」
「戦闘中に少しずつ変化するってことは、パーティの仲間でもなければビキニの状態を見れないってことじゃねえか。それどころか、着るのがソロで活動する冒険者なら誰も見れないことになっちまう」
その場合、リアクティブ・ビキニアーマーは、周囲の目にはただのスケイルアーマーとしか映らないだろう。
説明を聞いて、マリンははっとした顔をする。そのあとは、ただ表情をこわばらせるばかりだった。彼女も改善案を思いつかなかったのだ。
「クソッ」
俺は力任せに鎧の金属片をむしり取って、地面に投げつけていた。
◇◇◇
「ビキニ部分しか用意できないような稀少な金属で作るのはどうですか?」
「他の部分は別の金属で守れって話になるだろ」
たとえ稀少な金属とやらに防御力で劣るとしても、何も装備しないよりはマシなはずである。わざわざ急所を丸出しのままにしておく理由にはならない。
「攻撃を受けると、不思議な力が守ってくれるようにするのは?」
「そんなもん人間に作れるか」
「どうするかなぁ……」
マリンの案を偉そうに却下しておいて、そのくせ俺は何の対案も出せなかった。
森での実験に失敗してから、もう何日もずっとそんな調子だった。工房で新作のアイディアを練ろうとするが、ちっとも上手くいかない。品評会の日が近いというのに、ただただ時間を浪費するばかりだったのである。
すると、不甲斐ない俺に代わって、マリンは新たにこんな提案をしてくるのだった。
「師匠、海に行きませんか?」
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