3 ビキニと鎧、露出度と防御力
工房の買収を防ぐために品評会で優勝する。
そう決まってから、俺は工房にこもって、ビキニアーマーの製作に専念していた。
開発費もタダではないので、本来なら店番や研ぎなど普段の業務も並行してこなして、少しでも資金を稼がなくてはならない。しかし、それらに関しては、「師匠は品評会に集中してください」と、マリンが代役を引き受けてくれたのである。
もっとも、借地料を払えなくなるくらいだから、店に来る客はそう多くない。店番中のはずマリンは、結局工房に顔を出しに来るのだった。
「アモン師匠、調子はどうですか?」
「とりあえず、二つばかり試作品を作ってみたんだが……」
これまでにビキニアーマーを製作したことは一度もない。おかげで、剣や槍を作る時と違って、自分の作品にいまいち自信が持てなかった。
これもいい機会だろうと、俺はマリンに客観的な意見を聞くことにする。
「一つはこれだ」
マネキンに被せてあったシーツを取る。すると、目にした途端にも、マリンは訝しげな表情を浮かべるのだった。
「審査員には冒険者もいるから、実用性も求められてるって話でしたよね?」
「そうだな」
「そのわりには、普通のビキニアーマーっぽいんですが」
試作品の一つ目は、上下に布地が分かれたいわゆるビキニを、布ではなく金属で作ったものだった。よく言えばオーソドックスな、悪く言えば何の工夫もないビキニアーマーである。
当然、内臓の詰まった腹や太い血管のある太ももが丸出しになったままだった。とてもモンスターとの戦いに挑めるような格好ではないだろう。
しかし、本当に何の工夫もないわけではなかった。
「持ってみろ」
マネキンからビキニアーマーを外して渡す。その瞬間にも、マリンは特徴に気づいたようだった。
「軽い!?」
「素材にレヴィシウムを使って、厚さも極薄にして、とにかく軽量化を図ったんだ」
「でも、何のために?」
「一撃喰らったら死ぬようなモンスターが相手なら、鎧なんか重りにしかならねえからな。そういう時のための、回避に特化した鎧ってわけだ」
実際、防御力より機動性を重視して、胸だけ鎧(胸当て)を装備して、残りは服で済ませるという冒険者は案外少なくない。このビキニアーマーはそれを限界まで推し進めた、言わば『ライト・ビキニアーマー』とでもいうべきものだった。
「でも、そこまで攻撃力のあるモンスターがいるんですか?」
「いないな」
「仮にいても、布の服でいいですよね?」
「だよなぁ……」
いくら軽量化したとはいえ、金属は金属である。布ほど軽くすることはできなかった。本当に限界まで軽さを求めるなら、それこそビキニアーマーではなくビキニを着ろという話になってしまうだろう。
「もう一つはこれだ」
試作品の二つ目は、回避ではなく防御を意識して作ったものだった。腹や脚、腕も含めた全身を覆う鎧だったのである。
しかし、かといって、露出がまったくないというわけではなかった。胸や股以外の部分の鎧には穴が空いていて、そこから肌が見えるようになっていたのだ。
「ビキニアーマーとチェーンメイルの複合ですか」
「金属製の輪っかを使うことで、ビキニ部分以外も守りつつ、可能なかぎり露出もさせてみたんだ」
「デザイン的にも、網タイツみたいでちょっと色っぽいですね」
「それも狙いの一つだ」
小さな輪を鎖のように繋いで作られたチェーンメイルには、防御力を確保しつつ、機動性も維持できるという利点がある。そのため、服の下にチェーンメイルを着込むのは、冒険者の一般的なスタイルだった。
ただし、あくまでも穴のある輪でしかないため、金属板で完全に体を覆うフルプレートアーマーと比べると防御力で劣ってしまう。そこで俺は、チェーンメイルを基本に、心臓のある胸や神経の多い股だけは金属板を使って重点的に守るというコンセプトで、この『ネット・ビキニアーマー』を開発したのだった。
「でも、これはビキニアーマーとは言えないのでは?」
「だよなぁ……」
仮に、海でビキニに網タイツを合わせている人間を見かけたとして、ビキニを着ていると認識するだろうか。変わった水着を着ているとしか思わないのではないだろうか。
それはネット・ビキニアーマーでも同じことだろう。変わった鎧や変わったチェーンメイルと受け取られるのが関の山だ。
試作品二つに欠陥があることは薄々感づいていたが、マリンにはそれをずばり指摘されてしまった。これでは品評会にはとても出品できないだろう。
こうなると、いっそもっといいアイディアまで出してくれることを期待したくなる。けれど、試作品の改善案も、新作の案も、マリンは思いつかないようだった。出来損ないのビキニアーマーを前に、俺たちは二人して考え込んでしまう。
そんな時、工房の扉が開いた。
「兄弟子、入るよ」
「入ってから言うなよ」
鍛冶師がよその工房に勝手に入ったら、商品や商品のアイディアを盗もうとしていると思われても仕方ない。たとえ昔は一緒に修行した兄妹弟子という間柄でも、やっていいことではないだろう。
にもかかわらず、クリスタはむしろこちらを非難してきた。
「ビキニアーマーなんて作ってたの? やらしいんだ」
「品評会に出すためだよ」
「賞金いっぱい出るもんねえ」
「知ってんじゃねえか」
もう二十六歳になって、顔つきも体つきもすっかり大人のそれである。しかし、生意気な性格だけは、まだ子供だった修行時代からまったく変わっていなかった。
もっとも、親方から継いだ工房の運営は上手くやっているようだから、単に俺が舐められているだけかもしれないが。
「で、何? またお金に困ってんの?」
「それがですね……」
経営難で借地料を滞納していること。それにつけ込んで、エンスが土地を買収すると言い出したこと。返済のために品評会で優勝する必要があることなどをマリンは説明した。
「それは大変なことになったね……」
一転して、クリスタは真剣な表情になっていた。
同業者の間では有名な話だが、エンスは不当廉売や二重価格まがいの悪質な商法に手を出している。だから、今回の買収騒ぎも、口先だけでなく本当に実行するに違いなかった。
しかも、あくどい商売をしているだけで、エンスは決して腕の悪い職人というわけではなかった。確かに三流や平民出身の冒険者を相手に、粗悪品を安く売りさばくような真似もしている。だが、その一方で、一流や貴族出身の冒険者から依頼を受けて、最高級品を作る場合もあるからである。
品評会で優勝するということは、そんなエンスに勝たなくてはいけないということなのだ。
「そういうお前は?」
「まさか。出ないよ」
クリスタは服屋の両親の下で生まれ育ったという。そのせいか、俺が知る鍛冶師の中では、デザインのセンスがずば抜けて高かった。もし品評会に参加していたら、強力なライバルの一人になっていたことだろう。
「別に兄弟子に遠慮してるわけじゃないからね」
「何も言ってねえだろ」
クリスタがそんな殊勝な性格ではないことは分かっている。わざわざ釘を刺されなくても勘違いしたりしない。
「なら、どうしてですか?」
「いろいろあるけど、一番はまともなビキニアーマーなんて作れないってことかな。ビキニの露出度と鎧の防御力を両立させるなんて、どう考えても矛盾してるもん」
マリンにそう答えながら、クリスタは改めて試作品に目をやる。
どんなコンセプトで作られたのか、またどんな問題点があるのか。俺から説明を受けなくても、クリスタは見ただけで理解したようだった。
「兄弟子もかなり困ってるみたいじゃん」
「まあな」
かといって、クリスタは何かアドバイスをしてくれるわけではなかった。彼女ほどの鍛冶師でも何も思いつかないような難問なのだ。
ただ代わりに、クリスタはバスケットを差し出してきた。
「ま、これでも食べて頑張りなよ」
おそらく中身はサンドイッチか何かだろう。万年金欠の俺のために、クリスタはこうしてときどき差し入れをしてくれることがあるのだ。なんだかんだ言っても、可愛いやつである。
「うちの工房はもう新人入れちゃって、兄弟子の戻ってくる場所ないから」
こういう余計な一言がなければ、もっと可愛いんだが……
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