第36話 名剣の母14/23。

言うだけ言ったサンスリーは「もう世界はその形で出来ている。どうせやるなら悪魔崇拝者を根絶やしにしてやって、全ての名剣を不要にして、この世界から無くすしかない。それ以外はここで生贄にされる子供以上の、不幸に苛まれる子供達が増え続ける」と更に言い、項垂れるエンタァの腕を掴むと「来い、この程度で崩れていたら話にならない」と言い放った。


階段を見つけて降りると、塔を降りているような錯覚にとらわれる。


「まるで塔だな」と言い、エンタァが反応を示すと「もう一度聞くぞ、名剣とはなんだ?名剣の母とは?」とあえて口にする。


「名剣は悪魔殲滅用の剣としか知らない…。名剣の母の事は気にしたこともない。選ばれたら大聖堂で作られた名剣に祈りを捧げて、永遠に外界に戻ってこれない存在としか知らない」


「成程、まあ魔法契約を応用して思考誘導されている上に、徹底して秘匿されればそうもなる。なら、寿命を迎えた名剣の母の葬儀なんかはした事があるか?」

「…ない、着任して5年になるが、一度もない」

「なら、死んだ名剣の母とはどうなったのだろうな?」

「わからない…」


サンスリーは「考えろ」と言って再び歩き始める。

無心で歩いているわけではないエンタァに「折れた名剣はどうなる?」と質問をした。


「は…廃棄だ。神殿に奉納して祈りを捧げ、最後は炉に焚べて、天にお還しする」

「ほう、廃棄はあるのに誕生は見てないか」


このサンスリーの言い方に恐怖を覚えるエンタァは、「ゲイザー、含みのある言い方はやめてくれ、何が言いたいんだ?」と聞いた時、階段は終わっていた。


「ちょうどいいな」と言うと、眼前にそびえ立つ大扉の前で「悪魔召喚の生贄魔法は、本来なら物質変化の魔法らしい、方向性を指示して、対価を捧げる」と説明を始めた。


「後な、10位悪魔と呼ぶのか?1位から10位までの悪魔達、あれに名前をつけたのは悪魔崇拝者達だ。悪魔が名乗ったわけではない。ああ、10位以下の悪魔もいるらしいな」

「ゲイザー?」

「名剣も物質変化の魔法で生み出すんだ」


「は?」

「決まった名前はないがランクがあるそうじゃないか」


サンスリーはエンタァの返事を待たずに扉を開ける。

そこは地獄だった。


変な台に括り付けられた名剣の母達。

ほぼ眠っていて、中には虚ろな目をして、サンスリーとエンタァを見る者もいるが、誰も無反応。


「グランディを探そう」と歩き始めるサンスリーは、「向こうからは認識不可能だ。こちらに戻れない程の薬物と洗脳魔法。今、この女達は皆、『名剣の母として名剣に祈りを捧げる日々、生まれた子供達が生涯を名剣の母の世話に費やす使命の日々』、そんな夢を見ている」と説明をした。


顔面蒼白で立っていられないエンタァの腕を取り、「早くしろ、そろそろ外も騒ぎになる」と言って再度歩く。


「なんだこれは?」と呟いて頭を振り乱すエンタァ。

サンスリーは答えずに「悪魔崇拝者も王都第三騎士団も同じだ」と言う。


「世のため人のためと言う」

「違う…奴らは世の中を乱す」

「違わない。頭を冷やせ。連中は平等な世界にすると言っているだけだ。やる事は変わらない。魔法で人を悪魔に変えて襲いかかってくるが、お前達は魔法で剣を生み出して戦っている。還元しろ。同じだ」


違う、違わないの問答の後、サンスリーが足を止めると、「声をかけてやれ」と言う。


横には変な台ではなく、ベッドに括り付けられたグランディが、虚ろな目で中空を眺めていた。


「ぐ…グランディ」


エンタァの声に反応こそしないものの、生まれたての赤ん坊が突然ニコニコと微笑むように、嬉しそうに微笑むグランディ。


エンタァはそれだけで涙が溢れてしまう。


「なあ?何故こんなことになった?なぜ笑っていられる?グランディ?僕たちのこれからはどうするんだ?沢山話しただろう?子供達が笑顔で過ごせる世界、悪魔崇拝者に泣かされる者の居ない世界。結婚記念日にはお互いの好物を食べて、何年経っても照れる事なくキスをしようと約束したじゃないか?退役後は故郷で平穏に暮らそうと言ったじゃないか」


一気に言い、横たわるグランディの頭に手を回し抱きしめて泣くエンタァ。


少しして、サンスリーが「時間切れになる。話はまだ終わっていない」と声をかけた。


「ゲイザー?」

「善意だけで連れてきたと思ったのか?周りをみろ、ここにいる女達、変な台座にいる女とベッドのグランディの違いはなんだ?」


エンタァは周りを見て「わからない」と言う。


「まあまだ違いが目に見えないからな。胎内に子供がいるかどうかだ。まだ早すぎるグランディは、もう少しここで寝かせる必要がある。ここなら基本的に生贄の力で食事も不用だ」

「ゲイザー、何を知っている?教えてくれ!」

「知っていると言うか、半分は推察だ。教えるのはするさ、その為に連れてきた」


「名剣は胎児だ。何も知らず無垢の胎児こそが名剣になる」

「な…」

「生贄魔法の悪魔召喚と何も変わらない。喚べるモノが、手足のあるバケモノか剣かの違いだ。壊れた名剣が神殿で供養されるのは未練と恨みで反転して、悪魔化しない為だ」


エンタァはグランディの腹部を見て、まだそこにいる子供を見る。


「母体がこれでは胎児を助けるなんて不可能だ諦めろ。今回はどうしても見過ごせなかったんだろうな。名剣のランクが決まる重要な要素に、父母の清らかさも加味される。お前達は言っていただろう?初めて同士で命を授かったとな、運悪く遠征と重なり、結婚して一度しか抱き合わず、帰ってきたら妊娠がわかり抱けなくなる。今一番清らかな段階で、名剣にしたい連中は、まだ早いのにグランディを名剣の母にして隔離したのさ」


エンタァはサンスリーを睨む。

そこまで詳しいなら、何故教えなかったんだという目。


「知ったのは本部を壊滅させた時だ。詳しいのがいた。話してる最中にカタイニョになられて最後まで聞けなかったがな、ソイツからコレを聞いた」


エンタァは素直に信じて「すまない」と謝った。


エンタァの謝罪に「いや、とりあえず第三騎士団もお前達の幸せよりも世界を選んだようだ」と帰すサンスリー。

この言葉にエンタァは悔しそうに何かを叫ぼうとする。


「……!」「……!」「……!」「……!」



声にならない。

悔しそうなのに声も出せない。


「俺の用事はここからだ。聞けエンタァ」


エンタァはサンスリーを見るが、その目は憎しみに満ちていた。


「お前が何も言えなかったのは魔法契約だろ?どこで何を媒介に契約した?」

「左目」

「成程、では次の質問だ。グランディの魔法契約は何処だ?」

「右目」


エンタァはお互いに入団した時に捧げた部位の偶然を話して笑い合った過去を思い出す中、「素晴らしいな」と返したサンスリーは「よく聞け」と言った。


「この先、胎児が僅かばかり大きくなり、人の形をとるギリギリ手前で、グランディは物質変化の魔法で胎児を名剣にされる。そして万命共有で名剣の母と名剣は命を共にする。剣がなかなか折れないのは2人分、いや上の子供たちの命もだな、複数の命があるからだ。担い手はこれから選ばれるだろう」


「担い手」

「ああ、誰もお前の子供だと思わない。お前がこれまでそうしてきたようにな。そして無茶な使い方をすれば上にいた子供も、お前の子供も、グランディも早くこの世を離れる事になる。勘違いするなよ。悪魔も名剣も同じだ。折れて壊れるという事は未練を残し、苦しむ事になる」


目の色を変えるエンタァに「嫌だろ?だからお前が強くなって名剣を預かる身になって、命を存えさせてやれ」とサンスリーは言う。


「ゲイザー、なぜそこまで?何があるんだ?」


疑い深く聞くエンタァに「それでいい。そうやって生きろ」と言ったサンスリーは、「何、俺やあの悪魔になった恋人達とは違う終わりがあってもいいじゃないか。俺はずっと一緒だと誓い合った相手を権力者に引き裂かれた。彼女は薬物で壊された。それをこの手で殺してファミリアにした。あの男は壊れなかった代わりに悪魔崇拝者に騙されたとは言え、助けを求め縋った。多分あの2人の悪魔を葬ったのは俺だろう。地下にも襲いかかってきた悪魔は居た。別の終わりがあってもいいじゃないか」と言った。


「だが、ひとつ。俺は手札を増やしたい。もう一つお前を助けてやる。その対価は俺に第三騎士団の情報を話す事だ」

「それは無理だゲイザー。魔法契約がある。魔法契約で第三騎士団への不信は口にできない。そして機密漏洩は契約違反になる。即座に団長と副団長に通達が届き、反勢力として第一騎士団に追われる」


「俺は解魔法も使えるぞ?」

「それも通達が行く」


「だからだ。今しかできない方法で、俺がお前を助けてやる。ずっと一緒だ」

「何?」

「グランディの魔法契約は右目、お前は左目、俺は等価交換魔法が使える。それでグランディの左目とお前の左目を変えてやる。目だけだが共に生きろ」


エンタァは救いを見た顔で「ゲイザー」と言う。


まだ甘い。

リスクも考えず、ただ甘い言葉に縋るエンタァ。


サンスリーは「だが、問題もある、名剣が折れて、グランディが死ねばお前の魔法契約が消えて通達が行く。そして、お前が死んだのに魔法契約が生きていればグランディは処分される。生きて剣を保たせなければならない」と言った。


グランディの顔を見て前を向いたエンタァは別人の表情で「なんの問題もない。僕は生き延びてグランディと子供を守るよ」と言った。

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