第33話 名剣の母11/23。

身体を震わせたエンタァが、「放っておいてくれ!あなたに何がわかる!?」と声を荒げる。


「何がだ?仲間達も部隊長達ベテランも、団長も、エンタァとグランディの慶事を名誉な事だと褒め称えていたじゃないか?」


サンスリーの煽るような言い方に、エンタァは頭を振り乱して「違う!わからないからそう言っているんだ!名剣の母に選ばれて大聖堂に入ったら、もう二度とグランディに会えない!僕は別れの言葉すら送れないんだ!」と言った。


この瞬間、サンスリーは悪人さながらの顔で、「こう考えればいいだろう?グランディは世界平和の為にその身を捧げたんだ」と言った。


エンタァは戦力差も何も考えなかった。

エンタァでは第10位の悪魔オショタネノモすら単騎では倒せない。

変わってサンスリーはリンフラネトレすら聖剣も名剣も持たずに倒せる。


本来なら挑むことすら愚かな行為だった。

だが、サンスリーの発言が許せずに、サンスリーを睨みつけて胸ぐらを掴み、「よくもそんな事が言えたな!?」と怒鳴りつけた。


サンスリーの闇より暗く深い目。

その目を見て冷静になってしまったエンタァに、サンスリーは「ほう、よくもそんな事…な」と言うと、「お前が先日、好色家の領主に連れ攫われた恋人が、手遅れで薬物で壊された上に手足まで失っていた時にお前が言った言葉だろ?『こう考えないか?彼女は領民の平和の為にその身を捧げたんだ』とな?何が違うんだ?」と深く、心の奥底に刻まれるように言った。


愕然としてサンスリーの胸ぐらを掴んでいた手を離してしまうエンタァに、サンスリーは「おいおい、威勢はどうした?なぜ手を離す?」と問いかける。


暗がりでもわかる真っ青な顔で「違う…」と呟くエンタァ。


「違う?何がだ?立場か?相手は町民で、グランディと自分は第三騎士団の聖騎士様だから違うのか?」

「違う」


エンタァは「違う」と繰り返すと、「こんな気持ちになるなんて知らなかった」と言う。


これが王都騎士団の限界。

基本は太い親を持った子供達、その中の優秀な存在から作られたエリート集団。

まだ部隊長のように、長年汚れ仕事をしていれば世間の事もわかるが、エンタァのように若く幼く、そして団長のように伝統ある家系の存在には到底わからない事。


エンタァからしたら、あの2人は、番の小鳥程度にしか見えていなかった。

助けを求める声も、カラスに巣が襲われているという程度にしか聞こえず、犠牲になった恋人の事も、食べられた結果、カラスの腹を満たしたお陰で他の小鳥は守られたと励ました程度の認識。

だからあんな言葉が出せたのだろう。


蹲ってしまい、後悔を口にし、グランディの名を呼ぶエンタァの姿を見ても、サンスリーはまだ許せなかった。


しゃがみ込んで、エンタァと同じ目線になると「なあ、街で聞いたよ。あの助けを求めた男は、あの後すぐ悪魔崇拝者に連れられてあの館に行ったそうだ」と囁くように言った。



「………………え?」


返事が遅いのは、今も男は健在で、手足を失い年中発情している恋人を、今も健やかに世話していると思っていた事の証明だろう。

お花畑思考。


だから聖剣スカイキングも何もしなくても手元に返ってくると疑わない。

その癖、怪しいと思うと、信じる事もせずにどこまでも疑う。

それが王都騎士団だった。


サンスリーは追求をやめない。

「伝令兵が戻るまで、街に出る時間はあったのに、聞きもしなかったのか?恋人の家族は壊された娘を見て、耐えられずに壊れてしまい逃げ出した。あの男は必死に世話をする中で、悪魔崇拝者に唆されて、恋人を連れて館に行ったらしい。だが、保護した生贄の中にあの男も手足のない発情した女も居なかったな。どうなったんだろうな?」


答えを与える事は簡単だが、サンスリーは敢えてエンタァに考えさせる。


「…ま……まさか…」

「そうかもな、俺や第三騎士団が倒したリンフラネトレやカタイニョ、キュウジカインカなんかがそうだったのかもな」


もうエンタァは震えていた。震える身体を必死になって両腕で押さえつけている。


「俺たちが殺したんだ。助けも間に合わず、今度は殺したんだ。どの悪魔も断末魔の叫びを上げていた。恋人もあの男も、未来永劫苦しむ事になるんだろうな」


エンタァは頭を振り乱して、「や…やめてくれ!ゲイザー!」と必死になっているが、サンスリーには関係なかった。


「おいおいおい、またあの言葉を言ってくれよ。『こう考えないか?彼女は領民の平和の為にその身を捧げたんだ』ってな。守るべき民達に被害が出る前に第三騎士団は使命を果たしたんだってな?」


エンタァは必死になって「やめてくれ!」と言って泣きじゃくる。


サンスリーは関係なく「やめてやるよ。だが、そろそろ迎えが来るぞ?その顔で戻れば何を言われるか、グランディにも迷惑がかかるかも知れないぞ?笑顔だよ笑顔。頑張れよ。今日の主役」と言うと路地裏を離れて、エンタァを探している騎士団員に「あそこの路地裏で潰れてる。少ししたら起こしてやってくれ」と声をかけて戻る。宴会場に戻り、少しだけ酒を飲む。

それはグランディとあのカタイニョになり成仏した恋人達に向けた献杯の意味があった。


暫くして戻ったエンタァは必死に表情を作っていた。笑顔で酒を飲み、グランディの名前を出されると「自慢の妻だ」、「光栄な事だ」と言っていた。



広がるお花畑に酒が不味く感じたサンスリーは先に宴会場を後にすると、ドルテが「ゲイザー、やり過ぎだよ。皆心配してるよ?」と語りかけてくる。


「お前は本当に自由だなドルテ」

「だって私だもん。本当は抱いてあげて慰めてあげたいけど、なかなか夢では逢えないからごめんねゲイザー」

「いや、その気持ちだけで救われる」

「ねえ、ラヴァが『いわなくてもわかるよねサンスリー。私のお願い聞いてくれるよね?』だってよ?」


サンスリーはため息をつくと「ああ、アイツ次第だが、落とし所は決めているさ」と言って眠りについた。

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