第32話 名剣の母10/23。
第三騎士団の戦果は上々だった。
タノダケ・べナス・ロエンホの他にも、多数の貴重な資料が手に入り、なんらかの儀式に使う道具類も過去に例を見ない数が回収されていた。
サンスリーは迎えに行ったエンタァ達と地下に降りると、これ見よがしに肩から上しかない密偵の遺体を見つけて、「コイツは悪魔崇拝者に見えないな」と言って、第三騎士団の痛い腹を探ろうとする。
ここで団長が「ゲイザーの護衛だ。君は嫌がるだろうから、背後から見守るように言ったのだが、焼け落ちているという事は、リンフラネトレの火炎攻撃だな」と言って手を合わせる。
サンスリーからすると、色々とわからない事だらけになってきた。
これから起きる事、これまでの事、全て団長が仕組み、暗躍したと思い込んでいたが、どうやらそうじゃない。
今度はこの絵を描いたのは誰なのか、それを探す必要が出てくる。
ここで、第三騎士団には嬉しい誤算が起きる。
回収できた品々が多過ぎて持って帰る事が出来ない。
他の騎士団なら、街で人を雇う事もあり得たが、第三騎士団は悪魔崇拝者達の資料や荷物を他人に触らせられないと言い出し、伝令兵に回収を呼ぶように指示を出す。
サンスリーは帰りたかったが、その先の展開が気になり、大人しく逗留する。
七日後、早馬に乗った伝令兵は戻り、団長に移送隊がくる旨の報告をすると、エンタァの元に来て「おめでとうエンタァ!」と言った。
その顔には悪意なんてものはない。
本当に祝っている顔。
エンタァは意味がわからずに「どうしたんだ?なんの話だよ?」と聞き返すと、「グランディは名剣の母に選ばれた!神託が降りたんだ!素質があったんだよ!帰る頃には会えないが!もう清めも終わって、これから大聖堂に入るんだ!」と伝令兵は言った。
大聖堂と言っても教会が運営している方の大聖堂ではなく、騎士団の敷地内にある建物の事を指している。
サンスリーは「ほらな」と小さく呟く。
この遠征は元々はサンスリーの能力調査と、因縁をつけての勧誘だったはずだが、エンタァとグランディの懐妊により、エンタァとグランディを引き離す事がメインになった。
エンタァが近くにいればグランディを説得して辞退させる可能性もある。
だからこそ離させる必要があった。
サンスリーがそれに気付いたのは、地下にあった悪魔崇拝者の資料を読んだ時だった。
確保した中に非常に面白い資料があった。
元々、悪魔崇拝者が第三騎士団に送った密偵なのか、第三騎士団を見放して悪魔崇拝者になった者なのか、悪魔祓いをメインに行う王都第三騎士団と、平等を謳い強者が全ての世界から人々を解放する事を目的としている悪魔崇拝者、両方の立場から、全てを見て思った事を資料に書き記していた。
サンスリーが見つけた中で一番目を引いたのは、魔法の名前自体は違うが、効果が同じものだった。
これが意味するところは、考えれば数通りしか答えが出てこない。
本当の理由はなんだろうか?
サンスリーは、答えのひとつは騎士団長だと思っていたがそれは違っていた。
周りの賞賛の声。
騎士団員達の祝福の声。
騎士団長の「おめでとう。今回は悪魔崇拝者の本部も壊滅できて、ゲイザーの力添えもあってかつてない量の資料も手に入る。そしてエンタァとグランディの慶事。こんなにめでたい事はない!」と言われてしまえば、まだ若いエンタァは必死に表情を作り、「ありがとうございます」としか言えなかった。
ここ数日、サンスリーは機嫌が悪い。
周りには疲れたと漏らす事で誤魔化し、周りも、半数近い悪魔を単騎で倒したのだから仕方ないと優しく接する。
サンスリーの自己分析なら、自身とラヴァの悲恋を思い出す羽目になったから、あの恋人達の悲恋を見届けることになったから、サンスリーとラヴァの手であの恋人たちを送る事になったから、あの恋人が薬物で壊され、狂い死なない為とはいえ、恋人以外の体液で汚されていたから。
そして、今日はことさら機嫌が悪いのは、あの恋人達に「こう考えないか?彼女は領民の平和の為にその身を捧げたんだ」と言ったエンタァが、宴会の主役としての役割りもそこそこに、宿に併設された酒場を出ると、この世の終わりを迎えた顔をして、路地裏で壁を叩いていたからだった。
周りの連中が「エンタァはどこに行った?」、「トイレだろ?」、「皆で飲ませすぎたんだよ」なんて言っている中、後を追ったサンスリーは「主役がなにをしている?どうした?」と声をかけた。
「ゲイザー…、1人になりたいんだ。僕なら大丈夫だ」
憔悴しきった顔。
以前、この街を訪れて「こう考えないか?彼女は領民の平和の為にその身を捧げたんだ」と言った時の自身の顔をエンタァに見せてやりたかった。
「祝いの場だぞ?皆がお前を探している。戻らないでどうする?」
嫌に優しいサンスリーの言葉。
だが、サンスリーの中のドルテは「怒ってるねゲイザー。レンズが煽りすぎって言ってるよ?」と語りかけてきている。
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