第20話 悪魔崇拝者とコレクター08/10。

外の悲鳴が聞こえなくなり、サンスリーはドルテ達を戻すとキッチンに寄り空腹を満たす。

悲鳴が聞こえないのは、生き残った騎士達や兵士、使用人達も逃げ出したからだろう。


サンスリーを付け狙う依頼は、シューカシュウの死で早晩立ち消えになる。それまでは何処かで大人しくしていようと思っていると、外から絶叫が聞こえてきた。


通常あり得ない声を聞いたサンスリーが警戒しながら外に出ると、悪魔崇拝者の格好をした人間が、逃げ出した使用人の頭を持ち上げていた。


不思議な事に周りには死体もない。

悪魔崇拝者の手に掴まれていた人間は光と共に、この世のものとは思えない絶叫をあげて消え去る。


「悪魔崇拝者…、タイミングの悪い。俺が殺した連中を生贄に定義して喰ったな…」


生贄魔法。

存在そのものを、物理的な痕跡自体を残さない事で得られる対価を悪魔に捧げる高等魔法。

扱いが厄介で、管理に失敗すると自身が悪魔化してしまう魔法だが、それを躊躇なく使える事にサンスリーは辟易としてしまう。


館中の人間を食べた悪魔崇拝者は、通常の流れならそのままアジトに帰り、悪魔召喚を行う。


このまま身を潜めてやり過ごそうと思ったのだが、すぐにそうは行かなくなった。


「先生…」


虚な目で悪魔崇拝者の後ろでそう呟いたのは、スィンシーだった。


「そうだ。お前の師はここにいるのだぞ。それを食べて儀式は完成する。お前の中で父と母と叔父と叔母、そして先生は永遠に生きられる」


何が起きた?

何故スィンシーがここに居る?

不思議がるサンスリーだが、そう可能性は多くない。


スィンシーを子供にした悪魔崇拝者はおそらく保険をかけていた。

後から万命共有をかけたスィンシーが、なんらかの要因で生き残ってしまった時。

そう遠くない未来の話。


悪魔の素体として仲間の悪魔崇拝者達に知らせる事になっていたのだろう。

アイツらは人の命を浪費して対価を得る魔法を好んで使う。


自身が死んで、スィンシーが生き残った事が仲間の元に届き、仲間がスィンシーを迎えに行った。

そして厄介な生贄の条件付けで高位の悪魔を召喚する。


両親は記憶のないスィンシーがどうやって探すのか、皆目見当もつかないが、叔父と叔母はあの依頼者だろう。あの言い振りではもう殺されている。


解魔法でどうにかなるものなのだろうか?

スィンシーの身にペナルティが起きないだろうか?

そもそも解魔法の為にはその魔法を知る必要がある。

悪魔召喚の魔法を知らないサンスリーは、悪魔崇拝者を何人か攫って、やり方を聞く必要があるが、奴らが素直に本当の事を言うとは到底思えない。

奴らの魔法書タノダケ・ベナス・ロエンホを手に入れる必要がある。

あれだけはあの父ですら手に入れられなかった。


やり過ごす事はやめにする。

どうやってもスィンシーは縁のある人間を狙っている。

サンスリーがどこにいてもスィンシーは追ってくる。


そして今の問題は、あの悪魔崇拝者がこの館で取り込んだ生贄の数々だった。

あの力をスィンシーに取り込ませてはならない。


手を繋いで送り込む事を想定したサンスリーは、奇襲攻撃で一気に悪魔崇拝者を殺してしまい。スィンシーを奪還する事にした。


「5点突破だ。俺がスィンシーを保護する。任せたぞ、ラヴァ!サシュ!ソシオ!レンズ!ドルテ!」


ラヴァとドルテが腕を、サシュとソシオが足を、レンズが胴体を貫きながらサンスリーがスィンシーを悪魔崇拝者から引き離す。


「無事か!?スィンシー!」


スィンシーは虚な目だが、サンスリーを認識すると「先生…黒く光っている」と言った。


「前の服は勝手に捨てられた。嫌になる。俺がわかるんだな、危ないからそこにいるんだ」

「はい」


スィンシーが無事なら、悪魔崇拝者から引き離したまま待機させて、悪魔崇拝者の絶命までのあいだに、悪魔崇拝者からなんらかの知識を得ようとしていた。


「スィンシーは返してもらう」

「…ぐ…?お前が生贄の言う先生か…」


「なんでもいい、悪魔召喚はさせない。スィンシーにかけた悪魔召喚の魔法知識を教えるか、お前のアジト、さもなければタノダケ・ベナス・ロエンホをよこせ」

「…解魔法使いか…、間に合わんさ」


「それはこっちが考える。お前はただ知識を渡せばいい」


サンスリーは傍目に一刻の猶予もない悪魔崇拝者から早く情報を得たかった。


「この召喚魔法は上位悪魔を呼ぶものだ」


突然の告白。

「長話の時間はない。要点を言え」とサンスリーが言っても通用しない。


「記憶を失っても、生来の縁は消えない。縁追跡の魔法を使い、魂に紐付けられた縁を辿り両親を殺した。これで五位と四位の悪魔が喚べる」


タノダケ・ベナス・ロエンホの中にある悪魔崇拝者達の魔法だろう。

そんな魔法まであるとは恐れ入るサンスリー。


「そして、あの子供を最後まで守った中年夫婦の命で三位と二位までの悪魔も喚べる。後はお前、お前を殺せば一位の悪魔も喚べたのに…」


「無駄だろう?お前が生贄魔法で取り込んだ命はスィンシーには届かない。召喚すらできずに終わる。立ち消えだ」


サンスリーの言葉に、悪魔崇拝者は笑うと「異常者め、それだけの知識と力がありながら、何故奪われる側にいる?この世界を壊して平等な世界を何故作らない!我々は弱い人間達の為に強い悪魔を呼び出して、この世界を壊してもらうのだぞ!」と言う。


随分元気だ。

そんな事も思いながら、「誰も苦しまずに平等が手に入るならいいが、その時に犠牲になって死ぬ者は、お前達の言う弱い人間だ。出直してこい」と返す。


平等な世界。

弱い人間を助ける。


このフレーズで悪魔崇拝者が減る事はない。


「一理ある。だがこの戦いは私の勝ちだ。生贄魔法を詳しくは知らないようだな。取り込んだ先の指定はできる。あの子供の中には、もう何人もの命が入り込んでいる。私はただの始動要因。長く苦しむ事を対価にしているからこそ生きている」


耳を疑った瞬間、死の淵に立った悪魔崇拝者の身体が光り、スィンシーの身体が黒く光る。


始まってしまった。


黒く光ったスィンシーは不思議そうな顔で、サンスリーに「先生?」と言った後、悪魔へとその姿を変えた。


「第二位!リンフラネトレ!私にも喚べたぞ!」と喜びの声を上げた悪魔崇拝者は、悪魔リンフラネトレのひと睨みで砕け散ると、その命すらリンフラネトレは取り込んでいた。

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