第62話 さくっと決闘

「さて、さくっと終わらせるか」

「ええ、終わらせましょう。さくっと」


 俺とセレスはそう言って【ペルラネラ】の騎乗席の中でレバー握った。

 視界の向こう側には一騎のドールを中心に四騎のゴーレムが立っていて、それぞれ物々しい武器を手にしている。


 俺たちの連邦への留学が決まってから、なぜか怒涛の決闘ラッシュが待っていた。

 どうやら俺たちが留学に行ってしまうと校内序列一位に挑める機会が遠のくというのが理由らしい。

 

 今回も五組からの決闘の申し出があったが、一々相手をするのが面倒なので一回で終わらせようという話になり、一対五という異例の決闘方式になった。


 相手は序列十二位の子爵家の息子と、その他大勢だ。一人一人名前なんて覚えていられない。


 今回は前回のように推進剤を抜かれるなんて卑怯な手は使わない相手らしく、【ペルラネラ】も万全の状態だ。

 俺は【ペルラネラ】に弓を引くようにアンスウェラーを構えさせて、合図を待つのだった。



 ◇   ◇   ◇



「くっくっく、まさか五対一での決闘とは、ナメられているな」

「千輝星長とはいえ、戦いは数だよ! 兄さん!」


 【パトリック・レイ・アザール】は弟の【フィリップ・レイ・アザール】と共に向かい側で構えを取る【ペルラネラ】を見据える。

 乗騎である【ツーベルクール】は円錐状の槍を持った近接用の騎体だ。


 だが、背中には二つの精霊弾を射出する装備を備えていて、槍の間合いの内に迂闊には近づけさせない武装を持っていた。


 そして、他の四騎のゴーレムには事前に打ち合わせた通り、中距離戦用の射撃武器を装備させている。

 これで弾幕を張り、敵が防御に徹したところを【ツーベルクール】が槍で仕留める――それがパトリックの作戦だった。


 相手は確かに強敵だ。フェルディナンとの戦いでは大口径の砲をも防ぐ防盾と、雲をも突き抜ける威力の砲撃を見せた。

 だが、この数で囲めば防盾の機能する角度の外に回り込める上、あの砲撃を使うには魔力を溜める時間が必要だろう。


 最初から、全力で火力を叩き込んで前には出させない。


 教師の操るゴーレムが位置についた。合図はもうすぐだ。


「パトリック様がんばってー!」

「期待してるぞー!」


 決闘場の声援も、こちらに向いている。


『それでは両者、決闘……開始!』

「よし! 行くぞ皆の者!」

『『『おう!』』』


 合図と共に一斉にゴーレムたちの銃が火を噴く。同時に【ツーベルクール】はすでに照準を固定した精霊弾を放った。

 これで奴は回避か防御を選ばざるを得ない。


 そう口端を吊り上げたパトリックの視界で、黒い影がブレる。


「え?」


 何が起こったのかわからない。

 ゴーレムたちの魔法弾は全て背後の壁に刺さり、足止めするはずだった【ペルラネラ】はそこにいなかった。


 その間にも目では追えない速度の影が左右に高速で動きながら迫ってくる。

 パトリックには射出した複数の精霊弾をもすり抜けたように見えた。

 

「こ、これが――」


 反射的に【ツーベルクール】は槍を引くが、その瞬間には無機質な表情を浮かべた黒いドール――【ペルラネラ】の顔がある。


「――【凶兆の紅い瞳】ッ!」


 言うや否や、凄まじい衝撃と共に【ツーベルクール】の騎乗席は光を落とすのだった。


 

 ◇   ◇   ◇



「うっわ、エゲつな……」

「さすがはお兄様とセレス様です」


 観客席で決闘を見守っていたルーシーとエリィは、開始三秒で頭部を破壊された【ツーベルクール】を見て青い顔をした。

 本来ならゴーレムたちが【ツーベルクール】の前に立って陣を張り、弾幕で近づけさせない戦法なのだろうと予想はつく。


 だが、【ペルラネラ】はそんな余裕も与えずに全身のブースターを使って弾幕を掻い潜り、本丸の【ツーベルクール】を早々に撃破した。


 グレンとセレスは【ヘリオセント】との戦いを経て、一層強くなっている。

 凄まじい速度だ。あれで中の二人は大丈夫なのかと心配になるほどに。


 ドールをもってしても照準を合わせられないスピードで肉薄されれば、どんな優秀な騎士だろうと迎え撃つのは不可能だろう。


 自分だったらまず正面に弾幕を張るか、接近を予想して合図と共に剣を振り上げる。


 あとはもはや考えることをやめて、得意の接近戦に持ち込むしかない。

 なんたって中距離で戦ったとしても、正確無比な射撃が飛んでくるのだ。


 今もブースターを吹かして空中に舞った【ペルラネラ】は、アンスウェラーによる射撃をゴーレムの手や武装に叩き込んでいる。


 手加減しているのだ。


 ドールの出力で放つ魔法弾が騎乗席に直撃すればゴーレムなどひとたまりもない。

 騎士を殺さないように加減しつつ、一発もダメージを受けていないという鮮やかな手際だ。

 

 もちろん、ルーシーがグレンたちの立場だったとしても、負けるつもりはない。

 一対多数の……それも実戦を経たルーシーならばそれくらいの自信はある。そして、先にゴーレムを一騎ずつ減らすだろう。

 相手の張った陣の中に入り込んでかく乱しつつ、手数を減らし、最後にドールを確実に仕留める。

 

 だが、逆にグレンたちと戦えと言われたら勝てる自身はまったくなかった。


「アタシたちと何が違うのかな?」

「同調率の問題だろう」

 

 ふと口にした言葉に、後ろの座席に座っていたジェスティーヌが反応する。


 ――こいつ、隣に座ればいいのにわざわざ高い位置の後ろに座るんだよね! 実際、お偉いさんなんだけど。

 

 と、思いつつ、ルーシーはジェスティーヌに聞き返した。


「なにそれ?」

「知らんのか阿呆め。騎士と従者の精神の同一がいかにされているかを示すものだ。それが高いが故に、【ペルラネラ】の動きには一瞬の迷いもない。恐らく、あの二人はどう動き、どう攻撃すべきか、先が視えている」

「お互いの思考を予想して、それが完全に当たってるってこと?」

「今も飛び跳ねるようにして射撃を放っているが、跳躍した瞬間には照準が合っている状態だろう。【天武ジーニアスファイター】の祝福と、それについていける騎士の手腕の賜物だな」

「ふぅ~ん……」


 ジェスティーヌの話に関心しながら、ルーシーは決闘の場に目をやる。

 すると、最後の一騎のゴーレムを【ペルラネラ】が蹴り飛ばすところだった。

 

 可哀想に。あれじゃ中の騎士は病院送りだろう。


 会場から残念そうな声が上がる。

 そう、最初からグレンたちが勝つのは目にみえていた。だが、誰か一矢報いはしないだろうかという期待が裏切られた形だ。

 

 そんな会場の声を聞きながら、ルーシーはジェスティーヌに振り返らずに言う。

 

「アンタでも姐さんたちには勝てない?」

「やってみなければわからん。だが――」


 ジェスティーヌは足を組みなおして一呼吸置いて話す。


「――あれに出会うのが戦場でなくてよかったとは思う」

「へへっ、アンタでもそう思うんだ」

「他人事ではないぞ。あれは帝国の騎士であることに間違いではないのだからな」

「まぁ、それはそうなんだけどね」


 ――けど姐さんたちとは戦いたくないな……。


 それは勝てる勝てないの話ではなく、友人として――共に戦った戦友としての思いだった。


 万が一にでも王国と帝国が戦争になったら、あの二人はどうするのだろうか。

 クラリスを助けたときと同じように、一緒に戦争を止めるために戦ってくれるだろうか。


 ――いや……きっとそうだ。なんたって一緒に王都を守ったんだから、姐さんたちなら、またアタシたちと一緒に平和のために戦ってくれるはずだ。


「けど、しばらくはアタシたちが頑張らないとね。エリィ」

「はい。なんといっても私たちはおか――女王陛下の騎士なのですから」

 

 グレンたちはもうすぐ連邦に留学へ行ってしまう。

 その留守を任されたとルーシーは勝手に思っていた。


『こ、この勝負、グレン・ハワードおよびセレスティア・ヴァン・アルトレイドの勝利!』

 

 審判が勝敗を宣言する。


 観客たちが早々と会場を後にする中で、ルーシーはグレンたち不在の王国を守る覚悟を新たにするのだった。

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