第3章

第61話 女王様からの指名

「いや、この世界に来てマジでよかったかもしれない」


 執事服に身を包んだ俺は目の前の光景に独り言を言う。

 

 その声に、わいわいがやがや、きゃっきゃきゃっきゃと騒ぎながら準備を進める生徒たちの中に混じって、茶器の手入れをしているセレスが振り向いた。

 セレスの恰好はふりふりのフリルのついたメイド服で、腰はきゅっとエプロンで結ばれて豊満な胸を強調している。


 可愛い。綺麗だ。美しい。そしてエロい。それ以外に言葉が見当たらないくらい愛おしい。


「どうしましたの? 貴方様」

「お前、本当に俺の妻になってくれるんだよな? そうだよな? 抱きしめていいか……?」

「別に私は構いませんわ」

 

 誘惑に完全敗北している俺はセレスに近づいて手を広げた。そこで――。


「ストォォォプッ! 駄目ですよ! グレンさん! 学園内でイチャイチャラブラブは禁止ィ!」


 ――同じくメイド服を着たルーシーが間に割り込んでくる。


「邪魔すんな! 俺は旦那様だぞ!」

「まだ結婚してないでしょ!? 意味わかんねぇですよ!? ていうか、してても駄目なものは駄目!」

「くそぉぉぉ!」


 小柄な割に力の強いルーシーに抑えられて、俺は嘆きの声を上げた。

 

「今忙しいんですからグレンさんも手伝ってくださいよ!」

「へいへい……」


 俺は着なれない執事服を窮屈に思いながらも、俺も準備に加わる。

 どうしてこんなことをしているかと聞かれれば――。


 ――学園祭!


 ゲームでは主人公が他キャラクターとの信頼度を高めるためのイベントに過ぎなかったが、実際に自分が参加するとやっぱりお祭り気分を味わえる。

 内容は日本の文化祭とあまり変わらず、クラスごとに出し物をやって学園を一般人に開放するというものだ。


 俺たちは連邦――正しくは【神樹連邦】という国に留学する前に、そんなイベントをこなしていた。


 で、うちのクラスの出し物はメイド喫茶だ。いや、そもそもこの世界でのメイドは一般職なので、ただの喫茶店と言った方が正しい。

 ただし、堅苦しい清楚なメイド服ではなく、年相応に可愛い服を着たい! というクラス生徒の意見が上がって、こんな具合となっている。


 そのおかげで俺はセレスのメイド服姿を拝めるので感謝しかない。いや、マジで可愛いな。作業をしながらもつい目で追ってしまうくらいには可愛い。


「グレンさん、集中してください!」

「痛ぇ!?」


 と、ぼーっとしていたら、ビシッとルーシーのチョップが刺さった。

 

 こいつ、だんだん俺に遠慮がなくなってやがる。


 エリィがいれば多少はかばってくれそうなものだが、残念ながらこの場にはいない。クラスが違うのだ。

 あっちは演劇をやるらしく、あとで見に行ってやらなければならない。


「みんな~、そろそろ開店だよ~!」


 クラスの明るい子の声に、皆がそれぞれに反応する。


 さて、俺もドールにばっかり乗ってないで、たまには平穏に催し物を楽しむとしよう。


 そんな風に思っていたら。



 ◇   ◇   ◇



「やっほー。来たよー!」

「うわぁ!? 女王さ――もがっ!?」


 部屋中に響く声で、目の前のエルフの少女の正体を言おうとしたルーシーの口を俺は塞いだ。

 

 今のリリーナは公の場に立つときのように、ベールをかぶっていない。

 つまりはお忍びということだ。


 そりゃ、いきなり学園祭に女王陛下が来たら大混乱である。


「いいね! ナイス判断!」

「来るなら言え!」

「言ったらサプライズにならないじゃない?」


 そんなサプライズいらないんですけど!


「娘たちの学園祭なんだからそれくらいあってもいいじゃない。にしても……いいね。服装は男を作るからね。もうちょっと髪を整えれば立派な執事に見えるよ」

「そりゃどーも……」

「さて、じゃあ普通にお茶を頂こうかな。あー、でも……」


 リリーナは人差し指を口に当てて、何かを考える。

 そして、その指を俺に突き立てて言った。


「指名制ってある? キミに決めた!」


 キャバクラじゃないんだが!?


 

 ◇   ◇   ◇



 当然ながらウチの喫茶店に指名制なんてないが、エルフのお客様ということで特別に俺が席で茶を淹れることになった。

 ティーカップに赤い液体を注いで、ゆっくりとリリーナの前に置く。


「粗茶ですが」

「粗茶なの? 最高級品がいいな」

「へりくだってんだよ!」


 日本式の言い方はやっぱり伝わらないらしい。

 リリーナは紅茶を一口含むと「うーん、ちょっと渋い」と文句を垂れた。


「前から思ってたけどグレンくんは育った文化圏が違うような感じするよね」

「ノーコメントだ」

「ふふ、まぁいいでしょう。人には言えない秘密の一つや二つ持ってないと人間らしくないからね。ベルナデットが六つも下の部下に恋してて、あわよくば結婚したいとか考えてるみたいに」

「知ってんじゃねぇかよ。言うなよ。見ないふりしろよ」


 俺はあの冷徹で恋とは無縁そうな女騎士の顔を思い浮かべて同情する。


「でもやっぱり年頃の人間の催し物は活気があっていいね。クラリスには悪いことをしたなぁ。本当ならこんな風に同世代と和気あいあいと楽しんでほしかったんだけど」

「ならたまには休みをやって俺たちのとこに来させろ。友達なんて俺たちくらいだろ」

「いや? あのリースちゃんとは結構仲が良いみたいよ。合間を縫って病院に通ってるみたいだし、リースちゃん自身も学校に戻って聖母の騎士を目指すとか言ってるらしいし」


 あー、なんかフェルディナンも同じようなことを言っていた気がする。そのためにゴーレム乗りとして一から学び直すとかなんとか。


「そうしてもらった方が俺としてはいいけどな」

「ふぅん? やっぱりリースちゃんとは何かあるんだ?」


 ぐっ……。この女王、相変わらず人を見透かしたようなことをいいやがる。


「別に。あいつとはちょっと境遇が似てるだけだ」

 

 俺はそんな内心を気取られないよう、努めて平静に応えてみせた。

 すると、リリーナはまたふふっと笑って、紅茶に口をつける。


「そんな風には見えないけどね。君の奇想天外な人生に似ている境遇なんてあるのかな」

「あるんだよ。それより――」


 俺は少し声を低くして言う。


「――用があるなら早く言え。エリィの舞台が始まっちまうぞ」

「よくわかってるね。じゃあ……」


 リリーナは紅茶を飲み干してから、また人差し指を俺に差した。


「アフターとかっていいかな? セレスちゃんも一緒に」


 だからキャバクラじゃねぇってんだ!


 俺は歯ぎしりしながら、ティーポッドを置くのだった。



 ◇   ◇   ◇



「良い眺めだね。でもこの王都も世界から比べたらちっぽけな都市の一つ。もっと世界には色んな人がいて、色んな文化がある」


 屋上から見える景色にリリーナが言う。

 それを俺とセレスは何が言いたいのかわからずに困惑の無言で応じた。


「それを知ってみたいと思わない?」


 振り返ったリリーナは手摺に背中を預けて聞いてくる。

 その問いに、俺は少し考えてから言った。


「だから連邦に留学しろって話か? 交換留学生をそのまま別に国に留学させるなんて聞いたことないぞ」

「まぁそれもあるね。けどまぁ、ほら。今、王国は事実上、戦争をしてるでしょ? 帝国の騎士を王国の戦争に加担させる方が問題だから、ほとぼりが冷めるまで別の国に保護って形での留学なんだ」


 な、なるほど? と俺はつい納得してしまう。いやいや、この女王の話を鵜呑みにしてはいけない。


 俺はぶんぶんと首を振って自分に言い聞かせると、腕組みして聞く。


「……で? 本音はなんだ?」

「おっ、私のことを理解してきたね。いいね。じゃあ本題に入ろうか」


 最初から本題に入れよ! と声を荒げたくなる気持ちを抑えて、俺は話の続きを聞く姿勢を取った。


「実は連邦にちょっと気になる子がいてね。王国にも聞こえてくるくらいの頭角を現してる騎士がいるんだ」

「その騎士を殺せばよろしくて?」


 いやいや、ダメだろ! 一応、連邦は王国の友好国なんですけど!


 やる気満々なセレスを抑止するように肩を掴んで身を寄せると、リリーナがふふっと笑う。


「いきなり殺すのはちょっと困るかな。でも最終的にはキミの判断に任せるよ」

「なんでだよ」

「その子はね――」


 リリーナは人差し指を立ててポーズを取った。

 

「――自分のことを『この物語の主人公だ!』って言いふらしてるらしいんだ」


 その言葉に、俺はつい息を飲んでしまった。

 すると、リリーナが嫌な笑みを浮かべる。


「その反応。気になるんだね?」


 ちくしょう! この女王、いつもいつも人を見透かしてきやがる!


「ま、まったく気にならねぇな!」

 

 俺はブン殴りたくなる拳をぷるぷると振るわせながら、往生際の悪い否定をしてみた。

 けれど、俺の腕の中で面白そうな反応する隠しボスがいるので意味がない。


「ふふっ。それはそれは……!」

「いいでしょ。気になるでしょ。さぁ、細かいこと、面倒なこと、必要なことは準備してあげる。気にせずいってらっしゃい!」


 駄目だ。完全に敗北だ。もう連邦に行くしかない。


 俺は口をあんぐりと開けて、勝手に進む話に笑うしかないのだった。


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