第56話 やるじゃないか
『グレンくん、聞こえる? もうわかってると思うけど、その基地はすでに敵の手に落ちた。一刻も早く奪還して』
「ああ、わかってる」
遠い平原の向こうに、日が落ちる。
赤い夕陽に照らされながら、俺たちは【ペルラネラ】を走らせていた。
基地の周囲には数えきれないほどのゴーレムの残骸が横たわっており、ところどころに煙が上がっている。
恐らく、この基地を守っていた王国の騎士たちだ。
そのとき、別の通信が入る。
『【ペルラネラ】のパイロット。【凶兆の紅い瞳】とグレン・ハワードに告げます』
それは無機質な女性の声だ。
同時に、もう一つの同じような機械的な音声からも通信が来た。
『あなたがたにはこちら側につく猶予を与えます。共に人類のエルフの支配からの脱却を果たすべきです』
「黙れ。そんなことに興味はない」
『これは最終通告です』
俺はその言葉にふっと笑う。
『『でなければ――貴機を撃墜します』』
「最初から……そのつもりですわ!」
声を重ねる通信に、セレスが返した。
親父とお袋を訳の分からない実験に使っておいて、今更撃墜が脅しになるか。
『オイオイオイオイ! こいつは俺の息子だぜ!? そんな話、通じると思うか!?』
『そうよねぇ! 私たちの子が、素直に従うわけないじゃない!』
愉快そうな親父とお袋の声と共に、正面に見える基地の扉が開く。
そこには青い衣装を着たドール――【アズーロ】が待ち構えていた。
『やっぱり来たかグレン! 父さんは待ってたんだ! お前と戦えるのを! お前を殺せるのを!』
『ああもう! お母さんも我慢できなくなっちゃう! 楽しくなってきたわねぇ!』
肌がひりつくような殺気を感じながら、俺は冷静に【アズーロ】を見定める。
恐らく、【フクスィア】はどこかに隠れてこちらを狙っているはずだ。
「来るぞ!」
「ええ!」
言った瞬間、警報が鳴って、俺たちは騎体を回転させた。
同時に、青白い閃光が肩を掠める。
腰のブースターによる跳躍移動に移った俺たちは、森の中から放たれる狙撃を躱しつつ、【アズーロ】へと迫った。
籠手のついて腕を構える【アズーロ】に、俺たちはアンスウェラーを掲げてそのまま突撃する。
そして、背後にあった扉が閉まり切る前に、【ペルラネラ】の全推力で【アズーロ】を押し込んだ。
平原で戦えば【フクスィア】の狙撃を同時に相手にすることになる。
それならば、狭い場所での近接戦にはなるが、【アズーロ】単騎を相手にした方が分があると見た。
俺たちは閉まりかけの扉を派手に破壊して、基地の中へと【アズーロ】と共に転がり込む。
「クソ親父! マリンと俺を置いていった報いを受けやがれ!」
『マリン!? そうか! 安心しろ! マリンも一緒に連れてってやるからなァ!』
「それだけは絶対にさせねぇ!」
【アズーロ】は素早く地面に手をついて体勢を立て直した。
そこに射撃を叩き込むが、左右に高速移動しながら魔法弾を受け流し、肉薄してくる。
即座にセイバーモードに切り替えたアンスウェラーを下から斬り上げ、返す剣を振り下ろすが、どちらも籠手で捌かれた。
床にのめり込んだアンスウェラーを引き抜く隙に【アズーロ】の回し蹴りが飛んでくる。
その動きを予知していた俺は【ペルラネラ】の上半身を引いて紙一重で避けると、左袖のマシンガンを至近距離で連射した。
だが、そのときには【アズーロ】はコマのように回転しながら身を低くしていて、当たらない。
「ちぃぃ!」
『うおぉッ!』
【アズーロ】のブースターを瞬間的に吹かした水面蹴りを、俺たちはギリギリのところで跳んで躱した。
だが、周囲は狭い格納庫だ。距離を取って戦うことはできない。
俺たちは回避した先にあった壁を蹴って【アズーロ】の頭上に舞い戻る。
そして、そのまま重さを利用して【アズーロ】へ踵落としを見舞った。
交差した【アズーロ】の腕と、【ペルラネラ】のブーツの踵が火花を散らして激突する。
その余波で周囲の施設が圧壊し、魔力の光が漏れ出した。
しかし、【アズーロ】は倒れない。
俺たちは蹴った足を起点に【ペルラネラ】をバク転させる。
『父さんなぁ! ヘリオセントに捕まって、こんな風にされちまって……悔しかったんだぜ!』
こちらの着地の瞬間を狙って、魔法弾が飛んできた。
見れば、籠手の一部がナックルのように変形しており、【アズーロ】が拳を突き出す度に魔法が放たれていた。
それをベラディノーテで受けつつも、こちらも射撃で応戦する。
『でもなぁ! お前が来てくれた! もう一度、お前と会えて! 嬉しいぜ父さん!』
そのとき、基地の奥で何かが稼働する音が聞こえた。
それは前世で見たロケットの推進器のように見える。
まさかあれがリリーナの言っていた戦術兵器か?
と、気がそちらに向いた瞬間、瞬発的に接近してきた【アズーロ】のパンチが【ペルラネラ】の頭部に当たった。
「ぐあぁっ!?」
『それで!? こんな可哀想な父さんをお前はどうするんだ!? グレン!?』
「くそっ! ――殺すッ!」
『いいぜ! いいぜいいぜいいぜいいぜ! それでこそ俺の息子だ! やってみろよォ!』
なおも殴打してくる【アズーロ】に、俺たちは跳躍を交えた浴びせ蹴りを見舞う。
【ペルラネラ】の踵が【アズーロ】の顔面に刺さり、その陶器のような素肌が割れた。
『これでこそお前を鍛えた甲斐があるってもんだ! こんな体になるのも悪くねぇな! こうやってお前と戦える! 競い合える! 親子喧嘩ってのはこういうもんかァ!?』
相手の右と左の連続のフックを、両肩のブースターを交互に噴射しての連続斬りで受ける。
【アズーロ】の――親父の拳は体が憶えていた。
だからこそ、次の手が見える。
【ペルラネラ】の斬撃と見せかけた左のストレートが【アズーロ】の胸に刺さった。
【アズーロ】は大きく吹き飛び、基地の奥へと距離を取る。
ドールが一騎分しか通れないだろう狭い通路だ。
『さぁ、受け止めてくれよ! 父さんの全力をォォォォ!』
そこで、【アズーロ】が腹に両拳を当てて、大きく足を開いた体勢を取る。
【アズーロ】の腹部にはある武装が装備されている――それを俺はゲームの知識で知っていた。
勝ち筋があるとすれば、それを放つその瞬間。
「セレス!」
「貴方様!」
俺たちは素早くレバーのスイッチを操作して、アンスウェラーを上に掲げる。
『⚠アンスウェラー:メーザーバイブレーションモード⚠』
アンスウェラーから高周波が放たれ、その剣身が黄金に輝いた。
腕の中のアンスウェラーがさらに重たくなるような感覚がして、制御が困難になる中、俺たちは大きくレバーを引く。
【ペルラネラ】がアンスウェラーを両手で肩まで引き、その瞬間を待った。
『行くぜぇぇぇグレェェェェンッ!』
【アズーロ】の腹の武装が展開され、腕と膝についた放射器と連動し、巨大な光が灯る。
「「うおおああぁぁぁ!」」
そして、俺とセレスはレバーを思い切り押し込んだ。
瞬間、【アズーロ】の腹から極太の光が放たれる。
その中に、【ペルラネラ】はアンスウェラーを突き出してその身を投げ込んだ。
「「ぐううぅぅ!」」
凄まじい衝撃と共に騎乗席の中が光に包まれる。
警告音が鳴り響く中、俺たちはフィードバックで重くなったレバーを無理矢理押し込んだ。
【ペルラネラ】は全身のブースターを全開にして、その光の中を突き進む。
アンスウェラーの纏った高周波により、魔力の奔流は様々な方向に弾き飛ばされ、周囲を溶断させた。
ここで退くわけにはいかない! ここにしか勝機はない――!
「親父ィィィィィィッ!」
『グレェェェェンッ!』
俺はその光の中で、親父が手を広げてこちらを待っている気がした。
幼い頃、どんな俺の拳だって受け止めてくれた。
どれだけ勢いよく突っ込んでも、俺の体を抱き止めてくれた。
そんな親父が、光の奥にいた気がした。
俺はそんな親父の影に猛然と突進する。
そして、いつの日かと同じように親父が俺を受け止めてくれた感触がした。
『は――はは――。とう――さん――負け――み――だな……!』
気がつくと、光は止んでいる。
見れば、アンスウェラーが【アズーロ】の胸に深々と刺さっていた。
「父……さん……?」
『やる――じゃな――か――! グレ――……』
【アズーロ】の手がゆっくりと持ち上がって、【ペルラネラ】の肩に添えられる。
それはまるで、かつて鍛錬の終わりに親父がそうしてくれたように。
――やるじゃないか! グレン!
そして【アズーロ】は力なく体を【ペルラネラ】に預けた。
俺は思わず、その体を支える。
涙が溢れそうになって、けれど、俺は歯を食いしばって堪えた。
ここで泣いたら、また泣き虫グレンなんて言われてしまう。
俺はもう、泣き虫じゃない。俺はもう、親父の背中を追うわけじゃない。
ここからは俺が背負う番だ。
【ペルラネラ】に添えられたままの【アズーロ】の手。俺は自分自身のそこに温かさを感じて、ぎゅっと抱きしめるように押さえるのだった。
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