第57話 その喜びのままに

「……なんだ?」


 俺は親父を殺した。

 その余韻に浸っている暇もなく、基地の奥で動きがある。


 基地全体で警報が鳴って、奥の扉――戦術兵器への扉が閉まっていく。

 そして、地面を揺らす音と共に、轟音が鳴り響いた。


 そこに、リリーナから魔素伝達通信が入る。

 

『グレン――ザザッ――残念ながら例の兵器が撃たれちゃった。どうやっ――ザッ――を解析されたんだね。使われたのは魔導震動弾頭といって、上空で――ザッ――少なくとも王都全体の人間の魔力を狂わせ――ザッ――きるシロモノなんだ。影響を受ければ体内の魔力が暴走、魔力――ザッ――して人間は生命活動――ザッ――できなくなる』

「なんだって?」


 通信にはノイズが混じっているが、内容は理解できた。

 

『だから――ザッ――れを撃墜してほしい。【ペルラネラ】――ザザッ――では阻止限界点まであと百八十びょ――ザッ――できるね?』

「簡単に言うんじゃねぇ!」

『言うよ。なぜならキミはも――ザッ――にセプテントリオンなのだから』

 

 俺が怒鳴り返すと、リリーナはさも当然のように答えてきた。

 

 くそっ! 悲しんでる余裕もないのかよ!


 俺は動かなくなった【アズーロ】を尻目に、破壊された扉を通る。

 見れば、基地からは青い粒子の尾を引いてミサイルのようなものが飛んでいくところだった。


 俺は素早くそれをロックして射撃を開始しようした、瞬間。


M.Iマインドインテンション検知』

「くっ……!?」


 青白い閃光が【ペルラネラ】の顔面を掠める。

 【フクスィア】の狙撃だ。

 

 俺たちはブースターを吹かして一気に跳躍すると、腕を広げて上空に舞う。


『お父さんをやったのね! グレン! すごいわね! じゃあお母さんも本気を出しちゃうわよ!』


 森の一点から狙撃が連射されて、俺たちは空中でめちゃくちゃに回転してそれを避けざるを得ない。

 それでも、なんとか騎体を安定させて、【フクスィア】の方向にブースターを吹かす。

 

「邪魔するんじゃねぇ!」

『ほら、見てグレン! 綺麗でしょ!? あれが王都にたどり着けば何万、何十万の人が死ぬ!』


 言いながら、【フクスィア】の狙撃は正確だった。


「ぐああっ!?」

 

 着地の瞬間を狙われて、【ペルラネラ】の手元に狙撃が直撃し、アンスウェラーを取り落とす。

 回収している暇はない。


 素早くスイッチを切り替えて両腕のバイタルティテクターを突出させると、俺たちは【フクスィア】に突っ込んだ。

 

『さぁどうするの? グレン! あなたはお母さんをどうするの!?』

「夫婦で同じことを聞くんじゃねぇよ!」


 全力の突進で斬りかかるが、【フクスィア】は長砲身の銃をくるりと回してその銃身で剣を受け止める。

 同時に、銃の基部が変形し、斧のような形になった。

 

「なッ――ぐあぁ!?」


 驚きと共に、ガツンと横から衝撃が来る。

 斧を回してその柄で殴られたのだ。

 

『殺すのね!? そうなのね!?』

「いちいち、うるせぇぇぇぇぇ!」


 叫びながら両腕を振り回すが、斧を自在に操る【フクスィア】の間合いに入れない。

 そうしている間にもペルが表示した阻止限界点までのカウントが過ぎていく。

 

「そうですわ! 私たちは貴女を殺します! お義母様!」

『あら!? もしかしてお嫁さんんん!?』


 振り下ろされた斧を腕を交差させて受け止めるが、警告が鳴った。


『⚠出力低下中。マスター、押し合いでは不利と判断する⚠』

「くそ……!」


 【アズーロ】との戦いで騎体に負荷がかかっているのを、俺は【情報解析アナライザー】で理解する。

 だが、それ以上に【フクスィア】の斧捌きは狙撃用の騎体とは思えないほどの冴えがあった。


 これがお袋の技量……!

 

 そうしている間にもセレスが叫ぶ。

 

「そうですわ! 私はセレスティア・ヴァン・アルトレイド! グレンの伴侶となる女です!」

『嬉しい……どっても嬉じいわ゛! 息子夫婦を一気に殺ぜるなんで! お母さんうれしいいいイイイ゛イ゛!』

「イカレてんじゃねぇぇぇっ! お袋ォォォォ!」


 喜びと悲しみの両方を感じる、ノイズ混じりの音声が【フクスィア】から響いた。

 しかし、斧の冴えは鈍るどころか苛烈さを増す。

 

 叫びながら振るった右のバイタルティテクターが、【フクスィア】の斧によって叩き折られた。


「ちぃぃぃぃ!」


 斧を棒術のように回しての横一閃をなんとか身を低くして避けるが、さらに回転して上から来る一撃を避けるのに飛び退かざるをえない。

 そこに【フクスィア】の肩部に装備された精霊弾が発射されて、なんとかベラディノーテ防盾で受け切る。

 

 着弾の魔素の中に包まれた視界の中で、急激にピッチの上がる警報音が鳴り響いた。

 

『⚠敵機接近⚠』


 見れば、斧を振りかぶった【フクスィア】が突進してくる。

 反射的に左のバイタルティテクターを掲げるが、全力で振り下ろされた斧に細剣は無力だ。

 

 バキャッという音と共に、バイタルティテクターが折られ、左の首筋に斧がのめり込む。

 

『よかった! おがあさんばお前を生んでよがっだあアあァ! おまえがむすこでよがっだアァ! おまえをころせてよがっだあアァ!?』

「僭越ながらお義母様――ッ!」


 だが、セレスがレバーを操作し、その斧を柄を掴んだ。

 

「嫁として、お義母様の最後を看取らせて頂きますわ!」


 そして、右の手刀を【フクスィア】の胸部に突き刺す。

 同時に袖のマシンガンで装甲を削った。

 

「さぁ! その喜びのままに逝ってくださいまし! グレンは私にお任せして、どうぞぉぉぉッ!」

『な゛んて! なんでい゛いお嫁ざんなのがじらあぁァァァ!?』


 マシンガンの接射の末に、手刀は【フクスィア】の騎乗席と思われる球体を掴む。

 それを全力で俺たちは引っ張った。


「「はあぁぁぁぁぁぁ――ッ!」」

『⚠阻止限界点まであとトゥエンティセコンド⚠』


 ミシミシと音がして、騎乗席のパーツが剥がれ出すが、こちらも限界に近い。

 騎乗席内の表示は赤く変わり、ペルが損傷拡大を告げてくる。


 それでもこの手は離さない。ここでやらなければ大勢が死ぬ――!


 そのとき、俺とセレスの思考がより深く、より複雑に絡み合った気がした。

 どちらが俺の思考で、どちらがセレスの思考か、区別がつかない。


 【ペルラネラ】の腕が、自分の腕のように、そしてセレスの腕のように感じる。

 歯を食いしばる俺たちと同じように、【ペルラネラ】も口を開いてから歯を食いしばるのが感じる。


 魔導炉があたかもペルの叫び声のように甲高い音を立てて稼働し、右腕に膨大な魔力が流れるのがわかった。


「ううぅぅぅぅぅ――ッ!」

『ア゛ア゛あ゛ああああぁぁぁぁ!?』


 俺たちは最後の、渾身の力を込めてレバーを引く。

 

 そして、バキィンと音がして、派手な火花と共に【ペルラネラ】は【フクスィア】の騎乗席ユニットを引き千切った。


 瞬間、【フクスィア】が痙攣したように体を引き攣らせ、その瞳の光を失う。

 やがて、ゆっくりと【フクスィア】は地面に倒れ込んだ。


「「はぁっ……! はぁっ……!」」

 

 俺とセレスは汗を滴らせて、肺に酸素を取り込む。

 限界だ。俺もセレスも、そして【ペルラネラ】も限界以上の力を使った。


 しかし、まだやらなければならないことがある。


 遠くの空で青い軌跡を描いて飛ぶあれを撃ち落とさなくてはならない。


 けれど――。


『――魔導震動弾頭、阻止限界点を通過』


 失敗だ……。アンスウェラーはどこかに落としてしまった上、今ので貯蔵していた魔力も底をついた。

 【ペルラネラ】もこれ以上は動かせない。


「くっ……」


 俺はもう歯を食いしばる力もない。

 セレスも同じようで、呆然と空を見上げている。


 そんなとき――。


『姐さん! グレンさん!』


 ――現れたのは主人公だった。


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