第54話 女王の仕事

「アンタ、それ女王の仕事なのか?」

「玉座をお尻で磨くだけが女王の仕事じゃないんだよ。もう少しで終わるからちょっと待ってね」


 俺はルーシーたちを連れて以前出撃したカタパルトのある基地にいる。

 エリィにリリーナへ話があると言ったらここにいるというので、ドールでこっちまで出張ってきたところだ。


 そのリリーナは今、眼鏡をかけてペンタブのようなものにイラストを描いている。

 少しして、リリーナは一息ついて椅子を回してこちらを見た。


「それで? なんのお話?」

「アンタらの仲間に加わるかどうかって話だ」


 言うと、リリーナはにやりと笑って眼鏡を外す。


「ふふっ、考えてくれたのかな。じゃあ答えを教えて」

「アンタらの……【セプテントリオン】だったか。それに入ってやる」

「めっちゃ偉そうじゃないですかグレンさん。女王様ですよ」


 俺が椅子にふんぞり返って言うと、横に座るルーシーが呆れたように言った。

 その態度に目を細めることなく、リリーナは頷く。


「うん。いいね。私と対等に話してくれる人はもう少ないから、キミはそのままでいいよ。ルーシーちゃんも私たちの仲間になってくれるのかな?」

「は、はい。それで平和のために戦えるのなら……アタシはアタシにできることをやりたいです」


 ルーシーはリリーナの問いに、エリィと目配せしながら答えた。

 俺たちの答えに満足したのか、リリーナが背もたれを軋ませて体重を預ける。


「いい子たちだね。じゃあ今からキミたちは【セプテントリオン】の仲間だよ。平和を乱す者と戦うためならば場所は選ばない――超法規的で、そして国家をという枠組みを超える部隊。敵も同じく常識からは外れたものとなるでしょう。その覚悟があると受け止めました」


 リリーナは浮かべた微笑を真顔に変えて、続けた。


「【セプテントリオン】には王国以外の騎士も参加しています。場合によっては彼らと共闘することになるでしょう。たとえそれが敵国だったとしても、人類の未来ために背中を預け合いなさい。私から言えることは以上です」


 そして、リリーナは表情を崩す。


「ま、私たちの出番がないように色々とやってるから、早々に荒事にはならないと――」


 そのとき、部屋に警報が鳴った。

 何事かと思って上を見上げると、爆発音と共に部屋全体が揺れる。


 そして、焦ったような女性の声が響いた。


『警報発令! 警報発令! 現在、当基地は敵勢力による攻撃を受けています。繰り返します……』

「早々に……なんだって?」


 俺が呆れてリリーナを見ると、彼女は額に手を当ててため息をつく。


「……恐らく皇国だろうね。過激派の動きが予想より早かったんだと思う。裏に【ヘリオセント】がいるのは間違いない。まぁ、【ベネフィゼーザ】もクラリスも奪われたんじゃしょうがないかな。せっかちな人たちだね」

「俺たちはここで茶でもしばいてればいいか?」

「残念。さっそく出てもらおうかな。覚悟は出来てるんでしょ?」


 俺は一つため息をつくと、椅子から立ち上がった。

 ルーシーも同じくして、興奮気味に聞く。


「敵をやっつければいいんですね? 行こう。エリィ」

「はい。ルクレツィア様」

「その意気だよ。エリィ、ルーシーちゃんを頼むね。グレンくんも、さぁさっそくお仕事を始めてほしいな」


 パンパン、とリリーナが手を叩くと、俺たちは自分たちのドールに走るのだった。



 ◇   ◇   ◇



「やはり貴方様といると退屈しませんわね?」

「お褒めに預かり光栄だよ。準備はできてるか?」

「いつでも?」


 【ペルラネラ】の中で待機していたセレスとそんな会話をしながら、俺は後部座席に座る。

 戦闘機動をするための各部をチェックしていると、通信が入った。


『時間がないのでこの時間に作戦を説明します。今、この基地を攻撃しているのはどうやら皇国とラハト、両軍らしいんだ。厄介だよね。共闘できるなら戦争なんかしなければいいのに』


 通信越しにふっとリリーナが笑う。

 すると、モニターに地図が現れて、現在地を示すらしき俺の顔をデフォルメしたマークと、ビックリマークのついた地点が表示された。


『で、厄介ついでに言うと、つい三十分前から王国の所有するある施設が【ヘリオセント】に攻撃されています。そこにはちょっとした戦術級の兵器があってね。それを使われると人が大勢死ぬ。つまりここへの攻撃は囮と足止めだね。キミたちにはこのままそこに向かって、その兵器の使用を止めてほしい』

『攻撃、第二波来ます!』


 アナウンスが流れると、爆発音と共に騎乗席内のモニターが揺れる。

 

『いや、どしゃぶりだね。とにかくここはなんとかするから、キミたちは何があっても敵の思惑を阻止するように。発進したら真っ直ぐにそこへ向かってください。キミたちに星々の加護があることを祈ります。以上』


 そしてプツン、と通信が切れた。俺は残った地図の表示を見ながら、ペルに言う。


「ペル。目標座標をセット。【オリフラム】にも共有しろ」

『了解。マスター🙆』


 言いながら横を見ると、隣のカタパルトに【オリフラム】が設置されているのが見えた。


「ルーシー。エリィ。行けるな?」

『はい。でもここは大丈夫なんでしょうか?』

「女王様が言うんだ。大丈夫だろ。俺たちは言われたことをやらないと大勢が死ぬらしいしな」

『わかりました』


 ルーシーと話す間に、ガチンと音がしてカタパルトに脚部が固定される。


『圧力上昇中……射出、いけます。射出タイミングを各騎に譲渡』

「よし。【ペルラネラ】……」

『【オリフラム】!』


 俺とルーシーは意識せずとも声を同じにした。

 

「『出撃!』」


 ぐん、という加速と共に背もたれに俺の体が押し付けられる。

 同時に点火した全身のブースターで、二騎のドールが空に向かって打ち上げられた。


 俺は眼下を見ると、基地に砲撃を放っているゴーレムの部隊を見つける。


 セレスが俺の考えていることに気づき、トリガーに指をかけた。

 そして、俺は相対速度を合わせて敵をロックする。


 途端にアンスウェラーから魔法弾が連射され、敵のド真ん中に降り注いだ。


 爆発がいくつも起きて、敵部隊は混乱する。

 そのときにはすでに俺たちは遥か彼方に飛んでいた。

 

 これくらいの露払いならしておいてやる。リリーナのことは気に食わないが、あくまで対等に接するつもりだ。それに【ヘリオセント】くらいの敵がいなければセレスだって退屈なままだろう。


「貴方様。もしこの先でご両親が出てきたら……」

「そのときの腹積もりはできてる。お前が一緒にいてくれるなら、俺は必ず親父とお袋を解放してみせる」


 そして、親父とお袋のことも、俺がしっかりとケリをつけなければいけない。


 そのために俺たちは【セプテントリオン】に入った。世界平和なんていう大仰な理由なんか必要ない。

 俺たちは俺たちの戦いを求めるだけだ。そのついでに人も救ってやる。

 

 俺は両親の顔を思い出して、自分の決意に揺らぎがないかを確かめた。


 やってやる。親父とお袋の魂が敵に捕らわれているなら、そこから救ってやるのが俺の出来る唯一の親孝行だ。


 俺はだんだんと高度を落とす【ペルラネラ】の計器を見ながら、ぐっとレバーを握り込むのだった。

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