第53話 恋は盲目
「あ、お兄」
「よう。ってなにやってんだお前ェ……」
病院からの帰り道、学校の近くでマリンと俺は会った。
けれど、その後ろには大量の荷物を抱えたエドガーがいて、俺は呆れた声を出す。
「なんか買い物についてきたいっていうから荷物持ちさせてる」
「一応、そいつ貴族なんだけどわかってる? お兄ちゃん心配になってきちゃう」
エドガーは積み上がった荷物のせいで前が見えていない。
そんな中で俺の声にエドガーが反応した。
「あ、兄貴か?」
「おう。荷物持ちご苦労さん。そういえばフェルディナンを見なかったか?」
「随分前にリースを探しにいってから見てねぇな。何か用があんのか?」
「そのリースが戻ってきたから一応、知らせてやらないとと思ってな」
その言葉に、エドガーは荷物の脇から顔を出して目を丸くする。
「リースが戻ってきたのか!?」
「ああ、今は病院に入院してる。見かけたら伝えといてくれ」
「わ、わかった! これであいつも元気になるかもしんねぇな!」
幼馴染の悩みの解決の道が見えて嬉しかったのか、エドガーは爽やかに笑った。
こいつは根は悪いやつじゃないんだよな……。ちょっと汗臭いのが難点だけど。
と、思っていると、近くをふらふらと歩く人影に目がいった。
ボロボロの旅装束で、王都ではあまり見ない風体の男だ。
不審者か……? と思っていると、その男がブツブツと呟くのが聞こえる。
「あぁ……。リースぅ……」
……ん!?
俺は思わずその男に駆け寄って肩を掴んだ。
「おい、ちょっと待て。お前、フェルディナンか!?」
「うぁ……? ぐ、グレンか。久しぶりだな……」
汚れた衣服に無精ヒゲまで生やしたそいつは、今まさに話していたフェルディナンだった。
頬はこけて目は虚ろだし、長く整っていたはずの髪はぐしゃぐしゃになっている。
同一人物とは思えないほどの惨状だ。なんだか異臭も放っていて近寄りがたい。
「お前、まさかずっとリースを探してたのか……?」
「あぁ……皇国までいったが追い返されてしまってな。なにやら戦いに巻き込まれそうになって、やっと帰ってきたところなんだ……」
こいつ、ドールもなしに徒歩で皇国に行ったのかよ!? ていうかあの戦場に生身でいたと思うとぞっとする。よく生きて戻ってこれたな……。
俺は同情半分、呆れ半分で長いため息をつくと、伝えるべきことを伝える。
「リースは病院にいるぞ。行く前にシャワーでも浴びて――」
「なに!? リースは病院にいるのか!? 今すぐ行かねば!」
フェルディナンはカッと目を見開いて、俺が止める前に病院の方向へ走っていってしまった。
あんな汚い恰好でいったら病院からつまみ出されかねないというのに。
けれど、求めていた人が見つかって、フェルディナンはそんなことを考える余裕もなかったのだろう。
「……行っちまったぜ。兄貴」
「まぁ、しょうがないんじゃないか? そんだけゾッコンなんだろ」
「恋は盲目、を地で行くよね。フェルディナン様。あたしもそんな恋がしたいなー」
「俺はマリンさんにゾッコンだぜ!」
「あはは、キモ~」
相変わらず辛辣である。
俺はそんな二人を見つつ、フェルディナンのことを考えて、どうしてこう俺の周りには変なやつが集まってくるんだろうと頭を掻くのだった。
◇ ◇ ◇
「あんたはそんなことしなくていいのよ」
「いいえ、私がしたいからやっていることです」
クラリスはリースの病室で静かにリンゴを剥く。
グレンが来た後も、来る前も、二人は他愛のない話をしていた。
動乱の中で出会った二人だが、クラリスはリースに対して不思議な友情を感じていた。
沈黙が苦にならない。そんな静かな病室に突然――。
「リース! ここにいるのか!?」
――不審者が入ってきた。
思わずクラリスは椅子から立ち上がり、フルーツナイフを震える手で構えて叫ぶ。
「な、なんですか貴方は!?」
「リース! どこか悪いのか!? 私に出来ることがあるならいってくれ!」
そんなクラリスも無視して、不審者はリースに近づいた。
すると、やや青白い顔のリースは怪訝そうな顔で答える。
「……え、あんた誰?」
リースの言葉に、不審者は電撃が走ったかのような衝撃を受けてよろめいた。
「あぁ……リース。ついに私のことを忘れてしまったのか……?」
そんな不審者をまじまじと見て、リースの表情がはっとしたものに変わる。
「は? ……ん? もしかしてフェルディナン様?」
「そ、そうだ! 私だ! フェルディナンだ!」
フェルディナンは名前を呼ばれて、心底嬉しそうな表情を咲かせた。
どうやら知り合いらしい、とわかって、クラリスは安堵の息を吐いて握ったナイフを下ろす。
そして、クラリスは腰に手を当てて一喝する。
「ここは病室です! そんな汚れた服装で入ってきてはいけません!」
「う……。すまない……」
すると、フェルディナンはよろよろと後ろに下がった。
しかし、リースは手を挙げて、「いいわよ」と制してくる。
「なんでそんな恰好してるの?」
「ずっと、ずっとお前を探していたのだ! やっと会えて……本当に……」
フェルディナンは消え入りそうな声で、しゃくりを上げ始めた。
そんな彼を見て、クラリスとリースは顔を見合わせる。
そして、ふっとリースが笑った。
「……馬鹿ね。あたしなんてそんなになるまで探す価値のない女なのに」
「そんなことはない……。俺は、お前が生きているだけで嬉しいのだ……」
何か力が抜けてしまったのか、フェルディナンはがくんと膝から崩れ落ちて涙を流す。
その様子に、リースは「はぁ……」とため息をついた。
「こんなところでみっともない。それになんか臭いし、出ていってくれない?」
「うぅ……」
「リースさん、そんな言い方……」
この男はずっとリースを求めていたんだろう、と事情を知らないクラリスにもそれは察することができた。
だが、リースの態度はそっけない。
「いいのよ。ほら、さっさと学校に戻りなさいよ」
「わかった……。シスターの君も、邪魔をした。リースを頼む」
「は、はい」
フェルディナンは言われた通りにおずおずと病室を去ろうとする。
だが、その去り際、リースが口を開いた。
「……ねぇ、フェルディナン様」
「なんだ?」
「シャワーを浴びて、そのヒゲを剃って、いつものフェルディナン様に戻ったら……」
リースは下を向いたまま、小さな声で続ける。
「また会いに来てくれる?」
その言葉を聞いて、フェルディナンは再び目を潤ませて答えた。
「……あぁ! また来るとも!」
そう言って、フェルディナンは駆け足で病室を去っていく。
病室に再び静けさが戻った。
クラリスは改めて椅子に座って、剥きかけのリンゴを手に取る。
すると、リースは上を向いてぽつりと言った。
「……厄介な男、引っ掛けちゃったなぁ」
「ふふっ、いいじゃないですか。あんなに心配してくれる人、そうそういませんよ」
「あんたは他人事だからそう言えるのよ」
言いつつも、リースは上を向いたままだ。
その理由をクラリスはわかっていた。
そうしているのは、目に溜まった涙が流れないようにするためだと。それがリースなりの強がりなのだと。
けれど、クラリスは指摘しない。
きっと指摘してもリースは否定するだろう。
だから今はそっとしておく。
やがて、ポツポツとベッドに小さな雫が垂れても、クラリスはリンゴをゆっくりと剥き続けるのだった。
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