第52話 転生者の道

「なぁ、セレス。俺、転生者なんだ」


 代わりの部屋のベッドの中、セレスに腕枕をしながら、俺はぽつりと言った。

 少しの間があって、寝返りを打ったセレスは不思議そうな顔を俺に向けてくる。


「テンセイシャ、ってなんですの?」

「……前世の記憶があるんだ。俺はこことは別の世界で生きてた。そこじゃこの世界はゲームの中の世界で、俺はそれをプレイしてた」

「あら、まぁ」

「だから俺は普通は知らないことも知ってて――ってなんで頭を見るんだよ!」


 セレスは怪訝そうな顔で、俺の頭を掴んで調べるように見回してきた。


「壁にぶつけたときに頭をやってしまわれたかと思いまして」

「やってないよ! ――……まぁ、そうだよな。信じられないよな。こんな話」

「信じます」


 再び俺の腕に頭を預けたセレスが、はっきりと言う。

 俺はその答えに目を丸くして、セレスの顔を見た。


「信じてくれるのか……?」

「はい。頭に怪我はしていなさそうですし、冗談にしてはあまり面白くないんですもの」


 面白くなくて悪かったな!?


 俺はそうツッコむのもなんだか馬鹿らしくなって、ひとまず伝えたいことを口にする。


「……そのゲームじゃルーシーが主人公だったんだ。エリィがヒロインで、二人が冒険をして敵と戦う王道な話だ」

「まぁ、じゃああの二人が一緒になるのを知っていたんですの?」

「知ってたというか……。その方が自然だと思ったからルーシーを焚きつけた」

「じゃあ私も意図せず、その物語に沿うように動いていたんですわね」


 ふふっ、とセレスは笑った。そして、不意に何かを思いついたように聞いてくる。


「その物語には貴方様はどんな役なんですの?」

「出てこない。ただのモブだよ。お前と会ったのも単なる偶然だ」

「じゃあ、私の役は?」


 その質問に、俺はぐっと答えるのを躊躇した。

 しかし、今更隠していてもしょうがないと思い、言葉を選ぶ。


「隠しボスだ。物語には絡んでこないけど、ラスボスより強い……。なんていうか、腕試しのための敵、っていうのかな」

「まぁ! 敵なんですわね。それは確かに、私とドールに乗るのを嫌がったのはわかりますわ」

「けど、お前は俺の敵じゃなくて、俺と一緒になって、ルーシーとも共闘してる」

「どうして私が敵になるんでしょう?」


 聞かれて、俺はセレスの体を抱きしめた。

 毛布から出て少し冷えてしまったセレスの肩を撫でながら、俺は言う。


「お前は敵にならない。もうゲームのストーリー通りにことは進んでないんだと思う」

「だからこのお話をしてくださったの?」


 それもある。けれど、唐突に俺がこんなことを言いだしたのは――。


「――お前に隠したままにしたくなかった。わかってほしかったんだ。俺を」


 そう言うと、セレスが俺の首に腕を回してきた。

 赤ん坊を抱くように胸を顔に押し付けられると、甘い香りがする。


「わかりました。やっとお話してくださったんですのね? 貴方様」

「ん……」

「他に隠していることはなくて?」


 んー……と俺は考えてみた。

 そこで、俺は思いつく。


「リースのことだ」

「あの娘が何か?」


 圧迫してくる乳房からすぽっと顔を上げると、俺は少し真面目な顔をしてみせた。


「あいつも転生者なのかもしれない」

「なるほど。それで色々と物語を引っ掻き回してるということのですのね?」

「ああ」


 相槌を打つと、セレスは毛布の中に戻って俺の腕に絡みついてくる。

 そして、目を閉じながら口を開く。


「それなら直接問いただしてみてはいかが? その間、セレスは大人しくお待ちしております」

「……そうだな。そうしてみる」


 セレスは眠気が来たらしく、小さく欠伸をした。

 俺はそんな彼女を寝かしつけるように髪を撫でて、同じように目を瞑るのだった。



 ◇   ◇   ◇



「えっと……どこだ? ああ、ここか」

 

 次の日、俺は王都にある病院に一人で来ていた。

 教えられた病室を探し当てて、扉を開くと二人の少女の顔がこちらを向く。


「グレン様!」

「よっ、クラリス。体はなんともないか?」

「はい! あのとき、グレン様が手を引いてくれなければ私は今頃……」


 【フクスィア】に狙撃を受けたときのことだろう。

 確かに、直前に【ペルラネラ】で【ベネフィゼーザ】の手を引いてなければ、砲撃は胸部に命中していたかもしれない。


 まさに間一髪だったな、と今でも思う。


 だが、俺は手を振ってそんなことはいいと示してみせた。


「とにかくお前が無事でよかったよ。それより――」


 俺はベッドに座るもう一人の少女に目を向ける。


「――コイツに話があるんだ。少し外してくれないか?」


 俺の言葉に、もう一人の少女――リースが顔を上げた。


「で、でも……」

「いいわよ。どうせあたしはなんにもできないし、こいつもあたしに何かする度胸なんてないでしょ」


 ガチャっと音立てて、リースは腕を上げてそこに繋がれた鎖を見せる。

 クラリスは睨み合う俺たちを迷うように交互に見ていたが、やがて観念したように頭を垂れた。


「グレン様……。リース様はまだ治療中です。できれば手短にお願いします」

「わかったよ」


 言うと、クラリスは静かに病室を出ていく。

 俺は近くにあった椅子を持ってきて、背もたれを前にしてベッドのそばへと座った。


「治療中って、やっぱり無理してたんじゃねぇか。お前を回収したとき、脳汁出てたぞ」

「うっさいわね。ちょっと頭痛がするだけよ。それで? 何の用? 無様な姿を見に来ただけ?」


 リースは不貞腐れたように言う。

 俺は一息ついて、用意していた言葉を口にした。


「お前、転生者だろ」


 元から静かな病室が、さらに静まり返ったかのような空気が流れる。

 リースは困惑したように視線を彷徨わせたあと、ゆっくりと言葉を作った。


「……ってことは、あんたも?」

「ああ、あのロボットゲーム。面白かったよな」


 言うと、リースは下を向いてふっと笑う。


「そういうこと。それであんたはあたしの邪魔をしてたってわけ」

「いいや? 俺のやりたいようにやってたら、勝手にお前が前に出てきただけだ。お前にはなんの興味もなかったよ」

「あたしの完璧な人生をぶち壊しといて、それ?」

「完璧……ねぇ。ヒロインの座を奪ったり、聖母の座を奪ったりがお前の理想の人生なのか?」

 

 背もたれに顔を預けながら言うと、リースが鋭い視線を送ってきた。

 前より痩せてしまったせいか、その眼光は獣のようだ。


 おお、こわいこわい。


「あたしは完璧主義者なのよ。せっかく何もかも知ってる世界に生まれ変わったんだから、完璧な幸せを求めるのは当然よ」

「その結果がこれか。今のこの世界はストーリー通りに進んでないし、もうゲームの知識なんて役に立たないんじゃないか?」

「あんたこそ、隠しボスを連れて暴れまわったじゃない」

「俺は巻き込まれてるだけだ。自分からしっちゃかめっちゃかにするお前と一緒にすんな」


 言いながらも、まぁそこはお互い様だよな、と俺は思った。

 俺がセレスと【ペルラネラ】に乗ったことで物語の歯車が狂ったのかもしれないし、リースの行いで話が破綻したのかもしれない。


 それは想像できないほどの、『あったかもしれない未来』を調べ尽くすようなものだ。

 ここでそれを論じても正解なんて出てきやしない。


 それよりも、俺は聞きたいことがあった。

 

「お前、【ベネフィゼーザ】のことはどこで知った? あんなんゲームにあったか?」

「言ったでしょ。私は完璧主義者だって。攻略サイトを見てればわかるわ」

「お前、攻略サイト先に見てプレイするタイプかよ」

「いいでしょ別に。……【ベネフィゼーザ】はタイトル画面でコマンドを打つとあの場所に設置される隠し要素。ただ、それを回収するとストーリーを進行できなくなるから、開発がお遊びで入れた一種のバグ技よ」


 バグ技! そういうのもあるのか。そりゃ攻略サイトを見ないでやってた俺が知らないわけだ。


 リースはそれを利用して自分のドールとして【ベネフィゼーザ】を見つけるとは、やることが大胆だ。思わず俺は笑ってしまう。

 

「ははっ、それで皇国の言いなりかよ。ルーシーだってお前が見限らなきゃまだ【オリフラム】に乗れてたかもしれないのにな」

「笑いたければ笑えば? どうせ、もうあたしには何にもないんだから」

「笑えるけど笑えねぇな。お前、何もしないほうが幸せなんじゃないか?」

「……そうかもしれないわね」


 ふっとリースは自嘲気味に笑って下を向く。

 そんな状態のリースを見て、俺は何も言えなかった。


 コイツはコイツで自分の幸せを掴むために行動しただけだ。ただそれが、その手段が悪手だっただけ。一歩間違えれば俺も同じようになっていたかもしれないと考えると、リースをこれ以上責めることはできない。


「まぁ、細かいことは体を治したら学校で聞いてやるよ。邪魔したな」

「待ちなさいよ」

 

 俺は椅子から立ち上がって、話を切り上げる。

 部屋から出ようとした俺に、リースから声がかかった。


「あんたはこれからどうするつもり? 隠しボスのあの女と一緒にいて、無事で済むと思うの?」


 その問いに、俺はにやりと笑う。

 そんな覚悟はとっくのとうに出来ていたからだ。


「ま、好きにやるさ。セレスとはもう離れられないんだ。モブはモブなりに頑張ってみる。そう決めた」

「馬鹿なのね、あんた」

「俺もそう思う」


 俺はそう言って、手を振りながら病室をあとにするのだった。


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