第51話 喧嘩ってレベルじゃない

「貴方様?」

「……なんだ?」

 

 窓を閉め切った暗い自室。俺はそこで毛布を被ってさらに視界を暗くしていた。

 そこに、セレスの声がかかる。


 俺は身を縮めて、返事だけをした。


「お庭遊びをいたしましょう? 今日はいい天気ですわ」

「……そんな気分じゃない」


 シャッとカーテンを開ける音が聞こえて、少しだけ部屋が明るくなる。

 俺はそれから逃げるように寝返りをうった。


「そんなこと言わずに。体を動かせば気分は晴れるやもしれませんわ」

「放っておいてくれ……」


 そう答えると、少しの間がある。

 そして、セレスの足音が聞こえてベッド際から去る気配がした。


 きっと言われた通り放っておいてくれるのだろう。

 

 はぁ、とため息をついて、毛布の中で頭を掻いていると――。



 ――殺気を感じた。



「んなっ!?」


 俺は飛び起きてベッドを転がる。

 途端に鋭い音と共に、俺の寝ていた場所に剣がのめり込んだ。


 見れば、セレスが真剣を抜いてベッドを真っ二つにしている。


「な、なにを……」

「だから、お庭遊びをしましょう? 貴方様?」


 俺が驚きに言葉を詰まらせていると、セレスが言いながら剣を投げ渡してきた。


「殺す気か!?」

「ふふっ。ええ、そのつもりですわ」


 ベッドから剣を抜きながら、セレスは笑う。

 口を半月状にして、心底楽しそうなその笑顔はまるで悪魔だ。


「だって、今の貴女様は私の居場所ではありませんもの。殺して、腕を斬って、その腕輪を奪って、私が【ペルラネラ】の騎士となりますわ。うふふ」

「そうかよ。お前はそういうやつだよな……! 殺すことしか考えられないやつだったよな!?」


 セレスから発せられる冷たい殺気に、俺は剣を鞘から抜いた。


 この女、本気だ。本気で俺を殺そうとしている。


「よく私のことを理解していますわね。なら、まずは腕輪のある方――左腕から頂きますわ! あはっ! あはははは!」

「ちっ! ――ぐぅ!?」


 ベッド越しから跳躍して斬りかかってきたセレスの剣を、俺は剣を掲げて受けた。

 全身に力を入れて耐えると、足元の床がミシッと音がして軋む。

 

「使えなくなったらお役御免か!? さすがは隠しボスサマは違うな!?」

「なにを言ってるのかさっぱりわかりませんわ! あはははは!」


 俺たちは自室という狭い空間で、剣を交えた。

 セレスとは何度も剣の鍛錬をしているおかげで防げているが、本気の剣戟に指が痺れる。


 加えて、壁や天井、テーブルという障害物が俺の剣の邪魔をしていた。

 しかし、セレスはそんなものは関係ないとばかりに斬り裂きながら、長剣を振るってくる。


「【凶兆の紅い瞳】……! お前だって敵なんだろ!? そうなんだろ!?」

「あはははは! 私は今、貴方様を殺そうとしているんですのよ!? 敵以外に何がありまして!?」


 言いながら、セレスは独楽のように回って剣を叩きつけてきた。

 俺は両手で剣を構えてそれを受けるが、鍔迫り合いになったのは一瞬だった。


 セレスが剣身をもう片方の手で押した瞬間、俺の体は吹き飛ばされ、壁を粉砕して廊下に転がる。


 このクソ女が……! 人が落ち込んでるってのに殺しにきやがって……! ふざけるな……! ふざけるな!


「ふざけるなぁぁ!」


 俺は叫びながら、持っていた剣をセレスに投げつけた。

 それをセレスは涼しい顔で弾くが、同時に飛び起きていた俺は肉薄する。


 そして、身を低くしての掌底をセレスの剣を持つ手に打った。


「あら?」


 セレスの手が弾かれ、持った剣が天井に深々と刺さる。

 その隙に俺はセレスの首へと飛び掛かった。


「そっちがその気なら殺してやる!」


 俺たちは床に倒れ込み、俺の指がセレスの細い首に食い込む。


「殺してやる! 殺してやる!」


 俺が締め上げる首は、今すぐにでも折れそうだ。

 けれど、それは俺がセレスの好きな場所でもあった。


 甘い香りのするセレスの首筋が好きで、俺はよく鼻を擦りつけていた。

 床に広がる銀の髪が美しくて、夜中によくその綺麗さに見惚れていた。

 今も微笑を浮かべるその顔が好みで、ふとした瞬間に隣にいる彼女をじっと見つめてしまっていた。


「殺してやる! 殺してやる……! 殺して……やる」


 言葉とは反対に、俺の腕の力が抜けていく。

 ぽつぽつとセレスの顔に落ちるのは、俺の涙だった。


「……殺さないんですの?」


 セレスの手が、俺の頬を撫でる。

 俺はその手を握って、歯を食いしばった。


「殺せる……わけないだろぉ! 俺はっ……! お前が好きで……。お前を……愛してるんだから」

「可愛い人……。臆病で、弱くて、優しくて、けれど騎士に選ばれてしまった。私だけの愛しい人……」


 セレスの手に誘われて、俺はその首筋に顔を埋める。


「貴方様はご両親は殺せない。そんなこと……私だってわかっていますわ。けれどそうしなければ、ご両親はあのドールに魂を捕らわれたまま、敵に利用され続ける……」

「だからって、親父とお袋を殺すのか……?」

「それをできるのは私たちだけ……。弔って差し上げられるのは私たちだけですわ。兵器ではなく、人として殺して差し上げられるのは」


 セレスが俺の体を強く抱きしめてきた。


「私も一緒に罪を背負います。親殺しという最悪で、最高の咎を受け止めます。だから――」


 俺は顔を上げさせられて、キスをされる。

 舌と舌が絡み合う情熱的な口づけ。互いの唾液が混じりあったそれを飲み込んで、セレスは言った。


「――生涯をかけて、共に戦い続けましょう? 目の前に敵が現れる限り、その剣を振るうことを止めないと。どちらかが欠けたとしても魂は共にあると誓って……」


 今一度、セレスは俺を抱きしめる。

 それは強く、痛いほどの抱擁だった。


「貴方様の居場所はここにありますわ。ここにしかありませんわ。グレン。私の全てを貴方様に捧げます。だから、もう一度誓ってください。私は……どこにいればよろしいのですか?」


 俺はセレスの頭を撫でる。

 そして、あふれ出てくる涙を堪えながら言った。


「……俺だ! 俺がお前の居場所だ! ここにしかない! 俺から離れるな! 俺を離すな! 俺を……愛してくれ。セレス……」

「お慕い申し上げております。貴方様……」


 ボロボロになった部屋で、殺し合いをした部屋で、俺たちは抱き合う。

 しばしの間、俺の嗚咽する声だけがその場に響くのだった。


 

 ◇   ◇   ◇



「う~ん、もう喧嘩っていうレベルじゃないよね。この状態」

「すまん。いや、俺のせいじゃない気がするけど、とりあえず謝っとく。兄ちゃんだけが悪いわけじゃないけど、とにかくすまん」


 俺はマリンと、自室の惨状を今一度見回して額に手をやる。

 ベッドは真っ二つになっているし、天井には剣がブッ刺さっているし、なんだったら壁に穴が開いて廊下が見えていた。


「代わりの部屋は手配したけど、もう喧嘩なんかしないでね。元通りにするの私の仕事なんだから」

「頼もしい使用人になってくれて嬉しいよ。兄ちゃんは」


 言うと、ボスっと腕を殴られる。痛い。


 とりあえずブッ刺さっている剣だけは抜いて回収して、俺は代わりの部屋に足を向けた。

 扉を開けると、前と比べたら物置みたいな狭い部屋にセレスがいる。


「貴方様、マリンはなんて?」

「もう喧嘩はするなよ、だそうだ」

「ふふっ、マリンには面倒をかけてしまいましたわね」


 ぼすっとベッドに腰かけると、後ろから抱きしめられた。

 すると、セレスがなにやらもじもじと体を揺らす。


「あ、貴方様」

「どうした?」


 首だけで振り返って顔を見ると、セレスの顔が紅潮していた。

 そして、今まであまり見ない顔で上目遣いにこちらを見る。


「その……。久しぶりに本気で体を動かしたら……火照ってしまって」


 セレスは首のボタンを外して、体を密着させてきた。


「……慰めてくださいまし?」


 俺は言われるがままに、その体を押し倒す。


「殺し合ったあとにこんなことするなんて、普通じゃないぞ」

「うふふ。それは貴方様にも言えることでは?」


 早くも限界に来ていた俺は、セレスの上着を引き千切るように開けた。

 はじけ飛んだボタンがどこかで床に当たる音が聞こえるが、構わない。


 その豊満な胸に、俺は顔を埋める。

 

 そうして俺はセレスの魅惑的な体に溺れるのだった。


--------------------







●作者からのお願い●


ここまでお読み頂きありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる!」


と思っていただけましたら、一番下の「☆☆☆で称える」をお願いします!




皆さまの応援が作者の原動力になります!ぜひともよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る