第50話 セプテントリオン

「クソッ! クソクソクソクソッ! クソがッ!」


 【ベネフィゼーザ】をルーシーたちと回収し、王国の基地に帰投した俺は、やり場のない怒りを壁に向かってぶつけていた。

 金属製の壁に何度も拳を打ち付けて、皮膚が破れて血が出てもやめる気にはならない。


「なんでだ! なんで今更出てきた!? なんで【ベネフィゼーザ】を、俺を撃った!? ワケわかんねぇよ! クソッ!」

 

 俺のこの世界での両親――グラシア・ハワードとノネット・ハワードが、なぜあのドールに乗っていたのか。

 そして、なぜ二人が俺たちに牙を剥いたのか。

 

 わからない。そもそもゲームではあれは無人機のはずで、騎士なんて乗っていなかったはずだ。

 

「貴方様……」

「ぐ、グレンさん……」


 セレスたちが心配そうに声をかけてくるが、返事をする気にもならなかった。

 代わりに深いため息をついて、頭をゴチンと壁に打ち付ける。


「やっほー。荒れてるねー」


 そんな俺に、陽気な声がかかった。

 リリーナだ。相変わらず余裕のある笑みで近づいてくる彼女に、俺は血ののぼった頭で掴みかかる。


「知っていたな!?」

「な、なにやってんですか!? 女王陛下ですよ!?」

「うるせぇ!」


 襟首を引っ掴み、腕に力を入れると、その小さな体は簡単に浮いてしまう。

 それでも、リリーナはまだ笑みを浮かべていた。


「なにを、と聞くのは野暮だよね。ご両親のことかな」

「当たり前だ!」

「うん、もちろん知っていたよ」


 ギリっと俺は歯を食いしばる。

 コイツが女王じゃなければブン殴っていたところだが、俺の理性が済んでのところでそれを阻止していた。


「なぜ言わなかった!? なぜ隠してた!?」

「言う必要がなかったから。まさかあの場に出てくるとも思ってなかったし。でも、言ってたとしてキミは信じたのかな? 倒すことができたのかな?」

「それは――……!」


 信じた。戦えた。そんな言葉が、俺の喉からは出てこない。

 

 俺はそれ以上の言葉を発することができなくなって、静かにリリーナの体を地面に降ろす。


「うん。いいね。冷静になることは大事だよ」

「……何がどうなってるか、知ってるなら全部教えろ」


 俺は襟首を掴んだまま、リリーナの碧眼を睨みつけた。

 すると、リリーナは笑みを崩さないまま、少しだけ目を細める。

 

「いいよ。じゃあこの手を離してくれるかな?」


 言われて、俺は自分の手が震えていることに気づいた。それは氷のように固まってしまったかのように動かなく、リリーナの襟首を掴んだまま離さない。


「貴方様、ゆっくり……。ゆっくりでいいんですわ」

「グレンさん、大丈夫です。アタシたちもいますから……」


 セレスとルーシーが、片方ずつ、ゆっくりと俺の手を引き剥がしていく。

 そうして二人に手伝ってもらって、俺はようやくリリーナを解放するのだった。



 ◇   ◇   ◇



「さて、じゃあ気を取り直して! 作戦成功おめでとう! キミたちのおかげでクラリスと、損傷はしたけれど【ベネフィゼーザ】も取り戻すことができました! これで皇国とラハトの和平交渉にも光が見えたね」


 作戦の説明をした円形状の機械のある部屋にパチパチと手を叩く音が響く。

 

 一人で喝采を送ってくるリリーナに、俺は鋭い視線をぶつけた。

 確かに当初の目的を果たしたことは喜ぶべきことだが、今の俺はそれを喜ぶ余裕などない。


「そんなことはいい。早く俺の親父とお袋のことを話せ」

「貴様……! 陛下に対してその口のきき方はなんだ!?」

「不敬罪でここで斬り殺しても構わんぞ」


 俺が言うと、リリーナの両脇を固めている男女が殺気立つ。

 それを俺は真正面から受け止めるが、相手はかなりのやり手なのだろう。俺は歯を食いしばって睨み合うが、自分のこめかみに汗が伝うのがわかった。


 その雰囲気を、パンパンと手を叩いてリリーナが振り払う。

 

「はいはーい。喧嘩は良くないよー。ベルナデット、アルベルク。彼の態度は私のせいなんだ。だから許してあげてくれるかな?」

「……御意」

「陛下がそう仰るのならば」

 

 キン、と音を立てて、ベルナデットと呼ばれた女性は剣を収めた。

 アルベルクという男も乗り出していた身を引く。


 それを見てリリーナは笑顔を作ると、今一度俺に対して顔を向けた。


「まぁ、まずはあの二騎のドールの所属なんだけど、あれは皇国でもラハトでもない。ましてや王国でも帝国でもないんだ」

「【ヘリオセント】……だろ?」

「あ、知ってるんだね」


 リリーナは目を丸くした後、「うん、なら話が早いね」とコクコクと頷く。

 

「じゃあ彼らの目的は知っているのかな?」


 含みのある笑みで聞いてくるリリーナに、俺は少し答えるのをためらった。


 その内容はこの世界で得たものではなく、前世のゲームで得た知識だったからだ。

 だが、この女王にはもう何を隠してもしょうがない。


 そう判断して、俺は記憶から言葉を捻りだす。


「世界を一度壊して……作り直すってやつか?」

「ノンノン。それは目的じゃなくて手段だね」


 リリーナは人差し指を振りながら指摘してきた。そして、円形の機械に身を預けながら言葉を続ける。


「本当の目的は敵の言葉を借りるなら――私たちエルフの支配からの脱却だよ」

「支配……?」


 俺は聞きなれない言葉を繰り返した。

 エルフが人々から神聖視されていることは知っているが、支配されているかと言われれば首を捻りざるを得ない。

 どうにも飲み込めない話に、俺は怪訝な顔をすると、リリーナが笑った。


「あはは。まぁ、普通はそんな感覚はないよね。でも私たちエルフが人を導いているのは事実。それを彼らは良しとせず、人間のみの社会を作ることを目指してるんだ」

「聞くだけなら真っ当そうな目的だな」

「そうだね。けれど、彼らはどれだけの血を流してでもその目的を果たそうとする。たとえば……帝国と王国の戦争、とかね」


 それは俺もゲームで知っている話だ。大国同士をぶつけて、大きな火種を作り、世界を滅ぼそうとする。

 それが【ヘリオセント】という組織だった。

 

 ただ、俺の知っているストーリーとは違い、今のところ王国と帝国の間に戦争は起きていない。

 それ以前に、女王自身が【ヘリオセント】の存在を知っているのが意外ではあった。

 

「なら以前、俺たちのいた街を王国が攻撃したのは……」

「ああ、あれもそう。というか、魔獣騒ぎも含めて彼らの仕業だよ。よほど彼らは【ペルラネラ】を厄介だと思ったんだね」

「なんでだよ」

「さぁ?」


 リリーナは手を広げて首を捻ってみせる。

 俺がそんな仕草に目を細めると、リリーナは手を振ってこっちを制するように言った。


「私だってなんでもかんでもわかるわけじゃないの。ごめんね。実は、それは技術面も同じで、私たちにはない技術や魔法を隠し持ってるのが彼らなんだ。その一つが――キミのご両親」

「なんだって……?」


 いまいち繋がらない話に、俺は聞き返す。


「グラシア・ハワードとノネット・ハワード。あの二人は【ヘリオセント】に捕らえられて、ある実験に使われた。そして、出来たのがあの二騎のドール。【ベネフィゼーザ】の発生させる魔力領域内で稼働できるという【ペルラネラ】と似た特性を持つ騎体。ここから推測できることは……わかるかな?」


 俺が知っている限りではあの二騎――【アズーロ】と【フクスィア】は無人機のはずだった。

 その二騎から、両親の声がそれぞれ聞こえたということは。

 

「人工知能と同調してる、ってことか?」

「ぴんぽーん。まぁ、同調させられてるって言った方が良いかな。それを私たちは人騎一体型って呼んでる」


 確かに、二騎からはペルと同じような無機質な声が聞こえた。

 だが、腑に落ちないことがある。

 

「あれは人の乗ってる動きじゃなかった」

「……そう。なら、たぶんだけが乗ってるんじゃないかな」

「何が言いたい……?」


 俺が問うと、リリーナは笑みを消して目を逸らした。


「私だって一応、人の親だから言いたくないこともあるんだよ」

「だとしても、言え。言ってくれ」


 俺は円盤の上に手をついて、振るえる声で懇願する。

 リリーナは少しため息をつくと、口を開いた。


「恐らく、人の意識を司る器官だけを乗せているか。もしくはすでに生身なんて無くて、意識だけが何らかの方法で宿ってる可能性がある」


 それは予想していた中で最悪の回答だった。

 俺は膝から崩れ落ちて、がくんと首をうなだれる。


「親父とお袋を助ける方法は――」

「ない。キミのために断言します。あれはすでにキミのご両親じゃない。【ヘリオセント】の忠実な兵器だよ」

 

 凛とした物言いに、俺はぐっと拳を握りしめた。

 そして、力の抜けた足でなんとか立ち上がる。

 

「……わかった。他に隠してることはないな?」


 問いに、リリーナは手を広げて答えた。

 俺はふらふらとおぼつかない足取りで、扉に向かう。


 聞くべきことは聞いた。もう、これ以上は何も聞きたくない。


「もし――」


 そんな俺に、リリーナが声をかけてくる。


「もし、もう一度彼らに対峙する覚悟があるのなら、言って。そのときは我々が可能な限り支援します」

「我々……?」


 首だけをそちらに向けると、リリーナにベルナデットとアルベルクが寄り添った。


「我々は【ヘリオセント】に対抗するため、国家間を超える組織――【セプテントリオン】。キミと、そしてルクレツィア。キミたちは今回の働きで迎え入れるべきと私が判断した」

「【セプテントリオン】……」


 俺は聞き覚えのない単語を反芻する。

 だが、今の俺にはそれを深くは追及する気力がなかった。


 もう一度、親父とお袋と戦う。その覚悟が俺にはあるのか。

 

「……少し、考える」


 俺はそう言って、部屋をあとにするのだった。

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