第49話 最悪の再会

「馬鹿なっ……!?」


 俺は言葉を吐き出すと共に、フットペダルを踏んで【ペルラネラ】を走りださせていた。


「ルーシー! クラリスを守れ! ペル! どこから撃たれた!?」

『狙撃方向より攻撃地点予想:モニターに出す🧐』

 

 指示を受けたペルが遠くの森の一部を赤く強調表示する。

 俺はそこに向けて一気に跳躍していた。


 見れば、赤い衣装のドールがこちらに長砲身の銃を構えている。

 俺は殺気を感じ、レバーを引いてサイドブースターを吹かした。


 瞬間、【ペルラネラ】の肩を青白い閃光が掠める。


 空中で自由落下に任せていては狙われ放題だ。

 小刻みにブースターを吹かして狙撃を回避し、勢いを殺さずに着地する。


 そして、キャノンモードに移行させたアンスウェラーから砲撃を放った。

 移動しながらの射撃――だが、何発かの内の一発が赤いドールの足元に刺さり、相手は立ち上がる。


 相手の得物はかなりの大きさだ。そう早くは動けない。


 俺は一気に距離を詰めると、セイバーモードに移行したアンスウェラーで斬りかかった。だが。


「なんっ……!?」


 アンスウェラーは横合いから出てきた青い衣装のドールの籠手に受け止められる。


 青と赤の騎体――知っている。こいつはゲームでも出てきた敵だ。そして、【ベネフィゼーザ】の広げた魔力の光の中で動けるこいつは……!


「無人機か!」

『その呼称は正式ではありません』


 予想通り、青いドールから無機質な女性の声が聞こえた。

 俺はいったん距離を取って、アンスウェラーを構える。

 

 こいつらは主人公の真の敵である【ヘリオセント】の手先だ。騎士は乗っておらず、人工知能が搭載されていて、必ず二騎同時に相手をさせられる。中盤のボスのはずだが、聖母であるクラリスが出てきたこともある。もはやゲームのストーリーからは完全に逸脱しているのかもしれない。


 とにかくこいつらは厄介だ。赤いドールは【フクスィア】は狙撃特化の射撃騎体、青いのは格闘特化の近接騎体である【アズーロ】だったはず。この二騎のそれぞれの特徴を生かした連携には苦戦させられた。


 いずれにしても――。


「――こいつらはここで叩く!」

「うふふ、ちょうど退屈しておりましたの! いいところに出てきてくれましたわ!」

『対象を【ペルラネラ】と確認。攻撃目標追加』


 【アズーロ】の瞳がカチカチと明滅し、籠手のついた両腕を構える。

 それに対し、俺たちは再びキャノンモードに移行させたアンスウェラーを連射した。


「当たらねぇ!」


 しかし、【アズーロ】はサイドブースターを交互に噴射し、高速で左右に動いて回避される。

 あんな機動、普通の人間が乗っていたら振り回されて目を回してしまうだろう。


 無人機ゆえの高速機動――今までの敵と同じ戦い方ではだめだ。


 俺はコンソールを素早く叩いて、自動ロックオンではなく手動に切り替えた。


「セレス! 先を読んで撃て!」

「簡単に仰いますわ! くぅっ……!」


 その間にも【フクスィア】からの狙撃が飛んできて、身を屈めて躱す。

 こちらの隙に、【アズーロ】が肉薄してきた。

 

「そこッ!」


 セレスが叫び、【アズーロ】が前後方向に移動した瞬間を撃つ。

 だが、砲撃は籠手で防御され、そのままこちらに突っ込んできた。


「うっ……!?」

 

 瞬間、俺は何かを感じて、咄嗟にレバーを押し込んだ。


 ガキン! と音がして、【アズーロ】の拳を【ペルラネラ】が左手で受け止める。

 

 なんだ今の感覚は……?


 そう思いつつも、体の思うままに【ペルラネラ】を躍動させた。

 次は回し蹴りが来る。なぜかそれを俺は

 上半身を傾げてそれを躱し、くるりと回ってアンスウェラーを叩きつける。


 それを籠手で受け止められながら、俺は頭の中で困惑していた。


 俺は知っている。この戦い方を


『ほう……。やるじゃないか』

 

 なぜ、という前に、【アズーロ】から声がした。

 人工知能特有の無機質な声じゃない。男の、感嘆するような声だ。


 その声も、俺は知っている。これは、この拳は、この声は――。


 ――やるじゃないか、グレン。


「父さん……?」


 セレスの思考で相手の拳を弾き返しながら、俺は呟いた。

 すると、【アズーロ】の瞳が明滅する。


『……なに?』

「父さんだろ……? なぁ、そうなんだろ!? 俺だよ! グレンだよ!」

「貴方様……!?」


 セレスが驚きに振り向く中、俺は必死に呼びかけた。

 間違いない。この渋みのある声に、俺と同じ格闘の技――それは間違いなく俺の父親、【グラシア・ハワード】のものだった。


 その声に、【アズーロ】は拳を下げる。


『グレン……? グレン……。そうか。グレンか』

「そうだよ、父さん! 俺だ!」


 【ペルラネラ】と【アズーロ】の間に、沈黙が流れる。

 攻撃の手を止めたということは、わかってくれたのかもしれない。

 今までいったいどこで何をしていたのか知らないが、俺は自分の父親に会えたことで頭がいっぱいだった。


 けれど――。

 

「――フフッ……。アハハハ。アーッハッハッハッハ! グレンか! そうか! ずいぶんデッカくなっちまったなぁ!?」


 ――【アズーロ】は再び殴りかかってきた。


「や、やめてくれよ! 父さん! 俺だってわからないのかよ!?」

『わかるさ! あの泣き虫だったグレンがどうしてここにいるんだ!? アッハッハッハッハ!』

「貴方様! 今は戦いに集中を!」

「くそっ……! なんでだよ!」


 掲げたアンスウェラーで拳を受けるが、息つく暇もない連撃に【ペルラネラ】は押される。


『父さん嬉しいなぁ……! グレンがこんなに立派な騎士なるなんて思いもしなかった! なぁ! グレン!』

「だったら殴るのをやめやがれ……!」


 俺は連撃の隙間に前蹴りを入れて、レバーのスイッチを操作した。


『アンスウェラー:セイバーエクステンション』


 アンスウェラーの剣身が発光する。

 そのまま大きく振るうと、魔力を伴った青白い刃が【アズーロ】に向かって飛んでいった。


『ひゅうっ!』


 【アズーロ】にはそれをバク転で回避される。

 

 俺は前に出ようとしたが、【フクスィア】からの狙撃で足止めされた。

 【アズーロ】は跳躍して【フクスィア】の隣に降り立つ。

 

『作戦中の私語は禁止のはずですが』

『そう言うなよ! なぁ、ノネット! こいつ、グレンらしいぞ!』


 無機質な声が咎めるが、父さんは【フクスィア】に呼びかけた。

 

 ノネット――それは母さんの名前だった。

 

『ふぅん……。グレン……? ……あら。そう、そうなのね! まぁ~、立派になって!』


 声と共に射撃が飛んできて、咄嗟に肩の【ベラディノーテ】で受け止める。


「二人ともどうしちまったんだよ! なんで俺を攻撃するんだよ!」

『戦場で出会っちまったら、たとえ家族でも殺し合うのが騎士道ってもんだ! そう教えたろ!?』

「教わってねぇんだよそんなこと!」

『そうだったか!? アッハッハッハッハ!』

 

 なおも続く射撃に、たまらず俺たちは砲撃を撃ち返した。

 それを跳んで回避する二騎から、無機質な声が響く。


『現状での作戦遂行は困難と判断』

『了解。帰投してください』

『おっと、もう帰らねぇと駄目みたいだ! じゃあな! グレン!』

『次は殺しちゃうわよ~! それまで元気でね! お母さん待ってるから!』

「待て! ――ちっ!」

 

 置き土産とばかりに【フクスィア】から紫色の精霊弾が飛んできた。

 俺たちはそれを袖のマシンガンで迎撃する。


 全ての精霊弾を迎撃し終わって、煙が晴れた時、すでにそこには二騎の姿はなかった。


「はぁ……はぁ……!」


 嫌な汗が俺の額を伝う。

 手が震え、荒い呼吸を押さえることができない。


「貴方様……」


 セレスが呼びかけてくるが、俺は反応することすらできなかった。


 わけがわからない。

 

 なぜ父さんが、母さんが、あんなドールに乗っているのか。

 なぜ躊躇なくこちらを攻撃してきたのか。

 なぜこの場所に来たのか。


 しばしの間、騎乗席には俺の吐息だけが響くのだった。


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