第44話 それぞれの戦い

 雲もなく、夜空に星々の光が瞬く夜。

 それは不意に始まった。


 赤や青の閃光が尾を引きながら森の上を交差し、傍から見れば煌びやかな演出のように見えるだろう。

 だが、それが炸裂して咲く爆発の花が、それに巻き込まれて散るゴーレムの破片が、その光景を惨憺たるものにしている。


「始まった……!」


 ルーシーは【オリフラム】の中でそれを見て、身震いした。

 あれが戦争。人と人が命を奪い合い、死を覚悟して歩を進める戦場。


 その中に飛び込むのだ、とルーシーは歯を噛みしめて恐怖に耐える。

 だが、ルーシーの目的は殺戮ではない。それを止めるために戦うのだ。


 そう自分に言い聞かせて、ルーシーは【オリフラム】を立たせる。


「なるべく人は殺さない。殺せないんじゃない。生かすために戦うんだ。いいよね、エリィ」

「はい。ルクレツィア様」


 【オリフラム】は纏っていた黒い布を脱ぎ去り、その姿を晒した。

 そして、両腰の剣を抜き放って、戦場へと歩みを進めるのだった。



 ◇   ◇   ◇



『ルーシーちゃんたちが動き出した。じゃあ、次はキミたちの番だね』

「んじゃあ……」

「行きましょう。貴方様」


 俺たちはレバーを握って、【ペルラネラ】を前傾姿勢にさせる。

 同時に、作業員たちがA.G.Bを吊っていた鎖を外した。


 前にあるのはスキーのジャンプ台のようなもの。

 古代の遺跡――この地に不時着した戦艦のものを利用したらしいカタパルトだ。


 これで、体長十五メートル超の【ペルラネラ】を撃ち出す。


『【ペルラネラ】出撃する😠』


 外部にペルの音声が流れると、アラームが鳴り始めた。

 それに気づいた整備員たちが走って【ペルラネラ】から離れる。


「悪いな。ペル」

『何がだ。マスター😯』

「お前を戦いに巻き込んじまってることにだよ」


 そう言うと、しばし間があってから、ピコンと音がして返答があった。


『構わない。これは命を救う戦いである』


 その答えに俺はふっと笑う。

 そんな大仰なもんじゃない。ただ俺はやられたからやり返す。それだけのためだ。


 けれど、ペルの言い方も悪くない。

 やり返すついでに、救えるものがあるのは悪い気はしない。


 ただし――。

 

「――殺す気で来る奴は殺すけどな!」


 そして、俺たちはフットペダルを踏み込んだ。

 ガチン、と音がして、【ペルラネラ】の体が前へと押し出される。

 

 途端にかかるGに、俺は「うっ……!」と声を出さざるを得ない。


 【ペルラネラ】の体は基地の中で急激に加速し、一気に視界が開けた。


『第一段、加速開始』


 ペルの音声と共に、ブースターが点火される。

 

「ぐあぁぁ――ッ!」


 思った以上に加速がヤバい。座席の背もたれに体が押し付けられ、胸から空気が勝手に出てくる。

 けれど耐えるしかない。


 今、ルーシーたちが命懸けで囮をやってくれているのだ。


 矢のような速度で眼下の森が通り過ぎるのを見ながら、俺は歯を食いしばって加重に耐えるのだった。



 ◇   ◇   ◇



「てやぁぁッ!」


 裂帛の気合と共に、【オリフラム】がラハトのゴーレムの腕を斬り落とす。

 すでに周辺には腕を失ったゴーレムが何体も転がっていて、その中で【オリフラム】は大立ち回りを演じていた。


 だが、一向にラハトのゴーレムの数は減らない。


 かなりの軍勢があとから押し寄せ、皇国軍側は劣位に立たされていた。


 そのとき――。


「この音……!」


 ――ヒュンヒュンという音がして、目の前のゴーレムの胸部が全周囲から撃ち抜かれる。


「リース!」

『は? なんであんたがいるわけ?』


 後ろを振り返ると、そこにはスカートを広げた白いドール――【ベネフィゼーザ】がいた。

 ルーシーは拡声器をオンにして、叫ぶ。


「リース! そのドールは危ないんだ! 今すぐ降りて!」

『あんたに指図される謂れはないわ! あたしにはあたしの戦いがある! 邪魔しないで!』

「リースの戦いってなに!? こんなところで人を殺して、それでなんになるの!?」

『黙れ! こいつは敵よ! 撃って!』

「くっ……!」


 リースの呼びかけにより、皇国軍のゴーレムからも砲撃が飛んできた。

 それをジグザグに走って避けながら、【オリフラム】は【ベネフィゼーザ】に斬りかかる。


「叫んで駄目なら力づくで止めるよ!」

『腰抜けのあんたにできるわけないじゃない!』


 両の剣を白い細剣で受け止められながらも、【オリフラム】は相手を押し込んだ。

 だが、【ベネフィゼーザ】は華麗にステップを踏んで、くるりと受け流す。


『あたしは聖母よ! 唯一、選ばれたのよ! あんたとは違う!』

「それでも止める!」


 後ろに回った【ベネフィゼーザ】の剣を、すぐさま振り返って左の剣で弾いた。

 さらに連撃を打ち込もうとしたとき、ピピッと左から音がして、ルーシーは反射的にフットペダルを踏み込む。


 途端に左からエイプの射撃が飛んできて、間一髪で【オリフラム】はそれを避けた。


「やりづらい……!」

「常に動き続けましょう! エイプの方には私が意識を向けます!」

「わかった!」


 エイプでの全方位からの攻撃に中々、間合いに入らせてはくれない。

 それに加えて皇国軍、ラハト軍の砲撃も交差している。


 ――けれどこれでいい! 今ここに戦力が集中していれば、姐さんたちがなんとかしてくれる!


 ルーシーはそう思いながら、【オリフラム】で地面を駆けるのだった。



 ◇   ◇   ◇



「あらあら、楽しそうですわね」

「ああ、そうだな。けどその前にやることをやってからだ」

「もちろんですわ」


 遠くの森で砲撃の火線が幾層にも交わる中、俺たちは正面に見える神殿を目指す。

 騎乗席内部の映像で拡大されたそれは、まさしく目標の神殿だった。


 このまま気づかれずに突入できれば、と思ったが、案の定、そんなことにはならない。


『⚠M.I《マインドインテンション》検知。距離一千、数は十二⚠』

 

 警告音がして、神殿の近くに駐騎していたゴーレムたちの砲が一斉にこちらを向いた。

 

 だが。


「今更気づいても――ッ!」

「遅いですわッ!」

『第一段ブースターユニットをパージ』


 背後からバシン、と音がしたと同時に、二段目のブースターが火を噴く。

 俺の体に更なる加重がかかる。

 もちろん、そのまま直進するのはいい的だ。


 肩のサイドブースターを吹かして斜めに森を削り取るように走り抜け、砲弾の雨を避ける。

 加速で魂を持っていかれそうなほどの感覚に呻きつつ、進行方向にゴーレムがいるのを確認した。


「邪魔ですわ!」


 セレスが叫ぶ。

 そして、【ペルラネラ】はそのゴーレムを踏み台に、高く跳躍した。

 

 すると、ピーピーという警告音と共にペルの声が響く。

 

『⚠誘導弾確認⚠』

「精霊弾か!?」

「撃ち落としますわ!」

 

 見れば、高高度に達した【ペルラネラ】に迫ってくる紫色のいくつかの曲線があった。

 あれは魔法で作り出した疑似的な精霊――自分で目標に向かっていくミサイルのようなものだ。

 

 俺はコンソールを叩いて素早くそれらをロックオンする。

 【ペルラネラ】の手首に収納されたマシンガンが放たれ、弾幕を張ると、空中で炸裂して大きな爆発を起こした。


 そこで、第二段のブースターの推進剤が切れる。

 推進力と引き換えに燃焼時間が短いとは聞いていたが、予想よりも早い。


 しかし、神殿は直下だ。


 俺たちは【ペルラネラ】自体のブースターを吹かして、超高速で神殿に向けて落下する。

 ガアァン! という音と共に、【ペルラネラ】が神殿の近くに着地し、派手な土煙が上がった。


「「ぐうぅぅ……!」」


 予想以上のGに俺とセレスは体を折り曲げざるを得ない。

 だが、神殿への到達には成功だ。


 これでは周囲のゴーレムも砲を撃つことはできないだろう。

 何せ神殿には本物の聖母がいるのだ。


「ペル! クラリスはどこだ!?」

「スキャン中……🙄 最上階に目標と思しき個体を発見🧐」


 視界の中が光で精査された後、ピピっという反応があった。

 見れば、白い石作り建物を透過した視界の中で、赤く人影が強調されている。

 

「よし!」


 俺はそれを認めると、迷わずその階に【ペルラネラ】の腕を突っ込んだ。

 石壁が崩れて中が覗ける状態となり、俺はシートから飛び起きる。


「行ってくる」

「お気をつけて」


 そうして、【ペルラネラ】の腕を伝って、俺は神殿の中へと入り込むのだった。


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