第45話 ナイスキャッチ

「な、なんだお前は!?」

「お迎えの者だよ!」


 俺はクラリスのいる部屋の前にいた衛兵の腹にそう言って剣の杖頭を叩き込むと、失神させる。

 そして扉を開くと、衝撃に腰を抜かしたクラリスが鉄格子に捕らわれていた。


「クラリス!」

「グレン様!? どうしてここに!?」

「お前のお母さんから色々言われてな!」


 言いながら、俺は鉄格子に嵌められた鎖に向かって剣を振り上げる。

 この剣はゴーレムのフレームに使われる魔法金属製だ。

 少し重いが、鉄で作られた鎖など容易に切断できる。


 ガキン、と音がして鎖が床に落ちると、扉を開けてクラリスの手を引いた。


「お母様が……。やっぱり私の祝福のせいですか?」

「まぁな」

「戦いなら……リースさんが収めてくれるはずです。私なんかにはそんなお役目は……」

「それ抜きにしても、俺はお前を助けに来ただろうよ」


 部屋を出ると、伝ってきた【ペルラネラ】の手がない。

 代わりにそこには崩れた壁を見て唖然としている衛兵たちの姿があった。

 敵が騎乗席に入ってくるのを防ぐために【ペルラネラ】は手を引いたのだろう。


「どうしてですか?」

「ん?」

「どうして、私なんかのために争うのですか……?」


 手を引くクラリスはどこか悲しげな表情だ。

 俺はふっと笑って答える。


「お前のためだけじゃない。相棒共々、やられたからにはやり返さなきゃ済まない性分でな」

「そのお考えが、争いを引き起こすものだとしてもですか?」

「ならお前が争いを止めてみせろ。できるんだろ。聖母なら」


 そうして様子を伺っていると、ガシャガシャと鎧を着た衛兵たちが集まってきた。

 咄嗟に部屋の中に隠れたが、見つかってしまったらしく怒声が響く。

 

「そこまでだ、賊め! その娘は返してもらおう!」

「ちっ……!」


 あらかじめ、【ペルラネラ】の腕以外に逃げ道を確認しておけばよかった、と今更な後悔をしつつ、俺は周囲を見回した。

 だが通路は衛兵たちのいる方向以外は行き止まりだ。


「今からそちらへ行く! 変な気を起こすな! 今ならば命だけは助けてやる!」

「そりゃあ有難い話だな!」


 ガシャ、ガシャとゆっくりと足音が近づいてくる。

 クラリスを見れば、固く目を瞑って祈りを捧げていた。


 どうする? ここで戦って倒せる数か? いや、クラリスを守りながらでは無理か?


 そう考えるが、どうしてか自分の戦闘本能と呼ぶべきものが鳴りを収めてしまっていることに、俺は気づく。

 これは……と思い、クラリスと繋いでいる手を見た。


 俺の【情報解析アナライザー】が、その手から何かが伝わってきていることだけを告げてくる。


 願い? 祈り……? クラリスの戦ってほしくないという思いか……?


 俺は仕方なく、腰の鞘に剣を収める。


「仕方ないな……」

「グレン様?」

「我儘な聖母だな!」

「はわっ!?」


 俺はクラリスを抱き抱え、一つの賭けに出ることにした。

 左の腕輪に叫びながら、俺は身構える。

 

「ペル! 西側の窓だ!」


 通路の奥――行き止まりには人が通れそうな窓があった。

 そこにクラリスを守るようにしながら、全力で走りだす。

 

『何を言っているマスター? そっちは崖が――』

「飛び降りるぞ!」

「えっ!?」


 ぎょっとしたクラリスの顔が上がるが、構ってはいられない。

 俺は恐怖を抑え込むように叫んだ。


「うおおおおおぉぉぉッ!」

『――くぁwせdrftgyふじこlp😱🤤☠❗❗❓❓』


 外から響く焦ったような重い足音を聞きながら、俺は窓を蹴り破る。

 ガラスが刺さらないようクラリスを抱え込み、眼下を見ると、そこは言われた通り崖だった。


 冷たい空気が髪を撫で上げ、俺は臓物が上がる浮遊感を感じる。

 そして、俺とクラリスは崖へと落ちる――。

 

「おおあああぁぁぁぁ――ああ!!」

「きゃああああああ――あふっ!?」


 ――前に、横から飛んできた【ペルラネラ】の手の中に収まった。


 【ペルラネラ】が崖を滑り降りる振動に足場が揺れるが、すぐさま開いた騎乗席の中へとクラリスを押しやる。


「な、ナイスキャッチ! ペル!」

『😡😡😡😡👊👊👊👊💢💢💢💢❗❗❗❗』


 俺が言うと、ペルから声にならない声と顔文字、そして否定的な電子音が返ってきた。

 

 相当怒ってる。すげぇ怒るじゃん……。

 

「わかったわかった。悪かったって」

「貴方様、随分楽しそうなことをしていらしてましたわね?」

「二度とやらない!」

「いいえ? あんなロマンチックなこと、私ともやってくださらないの?」


 二度とやらないって言ってんだろ! 危うく二人とも崖の赤い染みになるところだったんだからな!

 

 セレスとそんな会話をしつつ、俺は後部座席に座ってコンソールを叩く。

 すると、ガシャン、と音がして後ろから予備の座席が飛び出した。


 そこにクラリスを座らせ、しっかりとシートベルトを嵌めてやる。


 そうしてやっと俺が席に着くと、ちょうど【ペルラネラ】は崖を滑り降りたところだった。


「さて、じゃあ帰るか……」

「ええ、長居は無用ですわ」


 言いながら、セレスがトリガーを引き絞る。

 崖の上から砲撃を撃ち込もうとしていたゴーレムの一騎に、アンスウェラーから発射された魔法弾が直撃した。


 立て続けにこちらを狙ってくるゴーレムを破壊しつつ、俺が離脱のルートを計算していると――。


『来たな! 悪女め!』

『此度こそ我らの使命を果たさせてもらう!』


 二騎のドールが前に立つ。


 この間の時間稼ぎの騎士たちだ。二騎ともそれぞれ右と左の腕を破損させたはずだが、今はそこに機械的な――ゴーレムと同様の腕が取り付けてある。

 腕一本丸々を修復するのには時間が足りなかったのだろう。


「出た出た」

「まだ帰るには早そうですわね」


 俺がコキコキと首を鳴らしている中、相手の騎士たちは張りのある声を上げた。


『我らはアレス・ゼン・カステル、そしてトリッシュ・レイ・シャサール! この【デストラ】で相手をさせてもらおう!』

『そして、【シニストラ】を駆るがリドニア・ゼン・ドゥメール! レリア・レイ・ラウ――』

「前置きが長い!」


 言い終わる前に【シニストラ】の頭に魔法弾が刺さる。

 たまらず後ろにひっくり返った僚騎を見て、【デストラ】から絶叫が上がった。


『ぐああッ!?』

『なんと……なんと無作法な!?』

「知るか! お前らの名前なんて――ッ!」

「どうでもよろしいんですの!」


 俺とセレスは叫びながらA.G.Bをパージし、【デストラ】に斬りかかる。

 なんとか反応したらしい【デストラ】が長剣でそれを受け止めるが、すかさず横蹴りをかました。


『ぐうぅぅッ! 理念なき者に……!』

「使命だの理念だの言いながら、やり方が汚いんだよ!」

「村を襲って女の子を攫う……立派な理念ですわね!」


 言いながら、両袖のマシンガンで【デストラ】に追い打ちをかける。

 長剣を掲げて【デストラ】はそれを防ぐが、何発かがゴーレムの腕である右腕に当たって爆散した。

 

『ぐあッ!?』


 俺たちはその隙を逃さず、【デストラ】の胸部にアンスウェラーを突き立てる。

 

『アンスウェラー:キャノンモード』


 そしてアンスウェラーがぐるりと装甲を削りながら回転し、刃が展開されたところで、【デストラ】から叫びが上がった。


『まっ、待てっ! 私たちにも家族がいるっ! 命だけは……!』

「そうかなら仕方ない。なんて……」

「言うと思いまして?」


 アンスウェラーの基部に魔力が蓄積され、発光する。


「あの村にも人はいた。家族があった! 生活があった! それを先に踏みにじったのはお前らだろうが!」

『くっ……! この魔女めがあぁッ』


 【デストラ】が剣を振り上げた。

 剣を手放さない辺り、ハナから完全に降伏する気などないのだろう。

 

「死ぬ覚悟が無いならこんなところにいるんじゃねぇ……!」


 俺が言うと、セレスがトリガーを引く。

 チャージされた魔力弾が連射され、【デストラ】の騎乗席を撃ち抜いた。

 

 胸から派手な火花を散らし、【デストラ】の瞳から光が消える。

 後ろでクラリスが息を飲んだ気配がした。

 

「酷い……!」

「悪いな。これが俺たちなんだ」


 そうだ。殺す気でいるなら殺される覚悟をしておくべきだ。戦うならば、戦いに巻き込まれる人たちのことを考えるべきだ。

 奴らはそれがなかった。足元にいる人たちを見ないで戦い、人々の生活を奪った。


 だから殺した。だから死んだ。ただそれだけだ。


 そう思いながら俺たちは、力なく腕を垂れ下げた【デストラ】からアンスウェラーを抜き去るのだった。


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