第43話 アドバンスガードブースター
「これが
「あら、そんな名前なんですの?」
「……今、俺が名付けた」
「まぁ! カッコいいですわね」
……嘘である。
その名称はゲームで言われていた呼称だ。こっちでの名称は知らない。
今、俺たちは王国の一つの街に来て、その地下にある巨大な遺跡にいる。
いや、遺跡だったというべきか。内装は綺麗にされていて、ファンタジー世界にあるまじき基地とも言うべき場所だ。
そして、目の前のペルラネラの背部には巨大なブースターが設置されていた。それはもはや装備というよりも、もう一つの巨大な兵器だ。
ハリネズミのように突き出た何本ものブースターが一束に【ペルラネラ】の背中から生えていて、後ろをクレーンで支えられていなければひっくり返ってしまうだろう。
「これでクラリスのところまで突撃すればよろしいんですの?」
「たぶんな。あとで女王陛下から説明してくれるだろ」
そんな話をセレスとしていると、噂をすればというか、リリーナが手を振って近づいてきた。
周囲にいる整備員は女王だと知らないのか、それとも知っていて気にしていないのか、特にその手を止めることはない。
「やっほー。どう? 『とっておき』は満足してくれそう?」
「死にに行けって言われてるみたいですね」
「いやいや、生きて戻ってくれないとちょっと困るかな。今回は救出作戦なんだから」
リリーナは顔の前で手を振って言ってから、「ついてきて」と歩き出す。
そうしてリリーナのあとを追うと、中央に円盤状の機械が設置された部屋に通された。
すでにルーシーとエリィがいて、どことなくソワソワとした雰囲気を醸し出している。
「さて、じゃあ今回の作戦の説明をしよっかな。あ、これから映るやつは全部私の自作だから、尊敬してくれていいよ?」
言いながら、リリーナがしたり顔で機械を操作すると、平坦だった円盤に起伏が現れた。
その中の人工物と思われる突起に、クラリスの顔をデフォルメしたようなマークが表示されていて、ピコピコと泣くアニメーションが動いている。
「クラリスは今、皇国の要衝の一つ、セルナ高地の神殿に捕らわれてる。今は前線のちょっと前だね。でも、次の戦いで恐らく前線は変化すると思うから、このままじゃ移送されるのも時間の問題かな」
赤と青で区別されたその境界が前線なのだろう。リリーナが円盤の上に表示されたそれを弄ると、それが神殿の辺りまで歪むのがわかった。
「で、ここからが本題。戦いが始まったら、ルーシーちゃんたちには皇国への援軍として出撃してもらいます」
「皇国の味方をするんですか?」
ルーシーがわからない、といった風に言うと、リリーナがこくんと頷く。
「目的はラハトの進軍を止めること。大事なのは前線を押すことじゃなく、そして引くこともさせず、そこで止めること」
トントン、と宙に浮く境界線を叩くと、今度はデフォルメされたルーシーの顔が浮かび上がった。
それは剣でバチバチと戦っているアニメーションをする。
「これは塩梅が難しいんだけど、ラハトと、ついでに皇国も混乱させるための手段です。攻撃するのはラハトだけでいい。けれど皇国とも共闘しなくていい。とにかく縦横無尽に暴れまわって」
「は、はい」
「で、この混乱に乗じて突っ込むのが――」
「俺たちってわけですか」
リリーナの言葉を先んじて言うと、彼女は「正解!」と人差し指を立てた。
円盤の端っこから俺の顔をデフォルメしたと思しきマークが緩い弧を描いて神殿に突入していく。
そこでクラリスのマークが笑顔になり、俺のマークと共にゆっくりと移動した。
「グレンくんたちにはクラリスの救出をしてもらう。たぶんここで邪魔が入ると思うけど、そこはなんとかしてね」
「【ベネフィゼーザ】……リースが出てきたらどう対処すればいいんです? あれは王国にとっても大事なものなんでしょう」
「どうしてもいいよ」
「どうしてもって……」
なんとも適当な言葉に、俺は頭を掻く。
リリーナは言葉が足りなかったか、という風に両手を上げた。
「たぶん、今乗ってるリースちゃんは長くはもたない。あれは実は単座型のドールでね。騎士に相当な負担がかかるんだ。きっとすでに自覚はあると思うんだけど、いずれ自滅するよ」
「放っておけばリースは死ぬと」
「うん。だから撃破してもいいし、しなくてもいい。あれは前にも言ったけどある意味失敗作だから。あってもいい事はあんまりないんだ」
「……じゃあ【ベネフィゼーザ】については俺に一任される、ということでいいんですね?」
言うと、リリーナは体を乗り出して顔を覗いてくる。その表情にはどこか面白がるような笑みが湛えられていた。
「どうする気?」
「リースを【ベネフィゼーザ】から降ろします。あいつには聞きたいことがある」
「個人的なことかな?」
「ええ」
言い切ると、リリーナは身を退いてやれやれと首を横に振る。
「なら聞かないでおくね。作戦だけ成功させてくれれば文句はありません」
そうして円盤の上の表示が消えた。
「作戦開始は今夜、ラハトの夜襲のタイミングに合わせます。各自準備をしておいて。それじゃ解散!」
そうしてリリーナが退室すると、俺は体勢を楽にした。
すると、ルーシーが駆け寄ってくる。
「グレンさん。アタシからも、リースをお願いします。リースを友達だなんていう資格はアタシにはないけど、それでもリースには生きていてほしいんです」
ルーシーはガバッとお辞儀をしてきた。
俺はその赤い髪を撫でながら、言う。
「任せろ。お前らの方こそ、難しそうな役割だけど大丈夫か?」
「はい。やってみせます」
頭を上げたルーシーは傍に寄ってきたエリィと目配せし、深く頷いた。
その顔は少し前とは違う、どこか精悍さが増したように思える。
俺がエリィに視線を向けると、彼女は目礼を返してきた。
ルーシーを変える、何かがあったのだろう。
けれど、それを詮索するほど無粋なマネはしない。
俺はルーシーの肩を叩く。
「ま、しっかり暴れろ。何かあれば……頼るぞ。いいな」
「……今度こそ!」
ドン、と薄い胸を叩いて、ルーシーはエリィと共に駆け出していくのだった。
◇ ◇ ◇
『一番から八番までの推進剤、充填完了』
『第二推進器、稼働状態良好です。冷却器板、連動確認』
外から聞こえてくる整備員の声に耳を傾けながら、俺は【ペルラネラ】の最終チェックをする。
データ上はしっかりと背中のA.G.Bと連結し、動作を確認してはいるが、実際に飛行するのは初めてだ。
不測の事態は避けたい。
とはいえ緩い軌道で突っ込むだけなので難しい操作は要らないとは思うが……。
『あーあー。聞こえる? 今、魔素伝達通信で話しているけど、問題はない?』
そこにリリーナの声が響く。
俺は前にいるセレスと顔を合わせてから、応答した。
「感度良好。問題ないですね」
『この通信は遠くまで届くけれど、戦闘が始まって空間中の魔素の変化が大きいとノイズが入るんだ。だから突入後の通信は期待しないで』
「好きにやらせてもらいます」
『うん。その意気だよ。それから、もう一度確認。そのブースターは二段階分かれてて、一段目は巡航用のブースター。二段目は急加速用のブースターです。一段目を切り離して二段目を起動したら相当な加速がかかるから、体に気をつけて。下手したら死んじゃうよ』
そんな簡単に言ってくれるな!
俺は相変わらず軽い女王様に
「貴方様」
と、そこでセレスが座席から乗り出して身を寄せてきた。
何かと思い、体を受け止めると、短く口づけをされる。
「リースのことは殺さないとわかっていますわ。けれど、他のドールに関しては……」
「わかってる。セレスに任せるよ。好きなだけ遊んでくれ」
「うふふ、言いましたわね?」
「ほどほどにな」
そう言って、もう一度ぎゅっとセレスの体を抱きしめた。
セレスは俺の首筋に頬を擦りつける。
「さぁ、踊りましょう? こんな豪奢な装いがあるんですもの。美しく舞わなければ損ですわ」
これから戦場のド真ん中に突撃をかますというのに、セレスは心の底から嬉しそうな顔で笑った。
そして、セレスが席に戻ると、ペルの顔文字付きの音声が流れる。
『急激な加速に備えて、二段目の加速時にはイナーシャルコンペンセイターを最大にすることを提案する😤』
「ああ、Gで潰れたくないからな」
俺はコンソールを叩いてそれらの値を確認すると、長く息を吐いた。
決行は今夜。すでに出撃した【オリフラム】が暴れ出してからだ。
俺はもう一度、腰に差してある剣を見て、助け出すクラリスの顔を思い浮かべるのだった。
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