第42話 私とお友達になってくれますか?
「いや~、やられちゃったね。キミたちがいれば大丈夫だと思ったんだけど、そうか。皇国も動いてたんだね。仕方ないか」
俺たちは軽い口調の女王陛下――リリーナと再び王宮で話していた。
今回はルーシーも一緒だ。
ただ、女王との謁見ということで横でガチガチに固まっているが。
「襲撃があることを予想していたんですか?」
「ラハトには間者を入れてあるからね。ある程度予想はついてたんだ。まさか着いて当日だとは思わなかったけど。皇国はその動きを探ってたのかな」
「なぜ言ってくれなかったんです?」
「相手の――ラハトと皇国の出方を伺いたかったんだ。どこまでこちらの情報が漏れているか、これでハッキリしたからこっちに入ってる間者も炙り出せるね」
さも大したことがない風に紅茶を啜るリリーナを見て、俺は眉を顰めた。
「クラリスは生餌だったってわけですか」
「気に入らない?」
「ええ」
率直に答えると、リリーナは「あはは」と笑った。
「まぁ、でも連れ去られたのが皇国側だったのはある意味よかったかな。【ベネフィゼーザ】がある限り、クラリスには利用価値がある。手荒な真似はしないよ。【ベネフィゼーザ】の真の力は本物じゃないと発揮できないからね」
「だとしても、俺はこのままこの件から手を引く気はありませんよ」
「と、いうと?」
「クラリスを取り戻します」
俺が言い切ると、リリーナはカップを置いてから手を揃える。
そして、真っ直ぐにその青い瞳で見つめてきた。
「いいよ。キミたちにはもう少し働いてもらいたいし。けれど、まだ時機じゃない。それはすぐに訪れると思うから、少し待ってて頂戴。とっておきを用意してあげる」
そう言って口端を吊り上げるリリーナの視線を、俺はしっかりと受け止めるのだった。
◇ ◇ ◇
「皇国とラハトの戦争、激化の一途をたどる。【ベネフィゼーザ】を駆る謎に包まれた聖母の大進撃……ってか」
「怖いよねぇ。王国は皇国の友好国だから、そのうち巻き込まれるんじゃないの?」
自室のベッドで新聞を読む俺の独り言に、椅子に座ったマリンが反応する。
新聞には皇国とラハトの戦争を遠目から撮った写真が掲載されていて、【ベネフィゼーザ】らしき騎影が小さく写っていた。
「今はまだ様子見だそうだ。迂闊に手を出すと火種があちこちに飛ぶ可能性があるってな」
「へぇ~……ってそれ誰に聞いたの?」
「……王国のお偉いさんだよ」
ほんとはお偉いさんどころか女王様だけどな!
俺は新聞を折り曲げて畳むと、そのままベッドに放り投げる。
新聞でもそうだが、【ベネフィゼーザ】に乗っているのがリースだということは、まだ公にはされていない。
ということは皇国が【ベネフィゼーザ】にクラリスを乗せて利用するつもりというのは確かなんだろう。
俺が短くため息をつくと、腕輪からピピっという電子音が聞こえた。
『マスター。左腕修復完了🤗』
「ああ、お疲れさん。その他には問題ないか?」
『肯定👌 いつでも戦闘可能😤』
「やる気があってなによりだよ」
それを聞いていたマリンが、目を丸くする。
「ペルちゃん怪我してたの?」
「まぁ、ちょっとな」
「珍しい。お兄のせいなんじゃないの~?」
「そうかもな」
がばっと起きると、マリンはさらに驚いたような顔で俺をじっと見てきた。
「な、なに? なんかやけに素直じゃない?」
「俺にだって思うとこはあるんだよ。次はやられない」
あのとき、俺がもっとしっかりしていれば、俺の技量が高ければ【ペルラネラ】も損傷を受けず、クラリスも奪われなかったかもしれない。
セレスとはあの日以来、いつにも増して苛烈な剣の鍛錬をしている。
それをマリンも知っているのか、心配そうな顔でこちらに近づいてきた。
「お兄、戦争に行くの?」
俺はその答えに窮する。
果たして俺の戦いは戦争なのだろうか。どちらかに加担すれば、戦争に行くことになるかもしれない。
けれど、俺の目的はもっと別のところにあった。
「……いいや、戦争には行かない。安心しろ」
「でも戦うんでしょ?」
マリンの問いに、俺は頷くしかなかった。だが、その肩に手を置いて俺はなるべく声音を柔らかくして言う。
「助けたい子がいるんだ。そのために兄ちゃんは戦うんだ」
「そんなに大事な子なの?」
「……ああ」
嘘だ。
クラリスとは少し会っただけで、それほど親身に思っているわけじゃない。どちらかといえば王国にとって大事、というだけだ。
そして、今、俺を突き動かしているのは復讐の炎だ。
それを言えばマリンは心配するだろう。だから言えなかった。俺は嘘をついてまで、戦いに行こうとしている。いつからだろう。戦いに身を投じるのが怖くなくなったのは。
「ちょ、お兄?」
気がつけば、俺はマリンを抱き寄せていた。
マリンは小さい頃からずっと見守ってきて、今では立派にメイド業もこなしている。
「兄ちゃんは絶対帰ってくるからな。俺は親父やお袋とは違う」
「うん。わかってるよ」
ポンポン、と背中を叩かれて、どっちが甘えているのかわからない。
だが、セレスとはまた違った愛おしい感情に、俺は目を閉じて身を任せるのだった。
◇ ◇ ◇
皇国の某所。鉄格子で囲まれた部屋で、クラリスは手を合わせて祈っていた。
この部屋に連れて来られて数日が立つ。ここでは外で何が起こっているのか、まったく情報は手に入らない。
けれど、自分の身をかけてゴーレムやドールが出現したことから、戦争が起きるか、すでに起きているかの予想はついている。
だからこそ、クラリスは祈る。一刻も早く、そんな惨劇が収まるように。
「あら、また祈ってるの?」
そのとき、ガチャっと扉が開いて、鉄格子越しに金髪の少女が前に立った。
「リースさん」
「祈っても無駄よ。あんたは一生ここから出られない。あんたの役目だった聖母はあたしが代わりに務めてあげる」
ふん、と鼻で笑って、リースは腕組みする。
その仕草も、クラリスにはどこか親しみを感じられて、笑みを返した。
「聖母という役割はそんなに名誉なことなのですか?」
「わからない? 百年前の戦争を終結させた【ベネフィゼーザ】に乗っていた聖母マリアンヌ。その生まれ変わりがあたしだっていうことよ。ま、ド田舎のシスターにはこの栄誉がどんなに素晴らしいことかわからなくて当然か」
「はい。私にはドールに乗るなんてこと、できるとは思えませんから……。リースさんが私の代わりに戦争を収めてくださるのでしたら、私には何も望むことはありません」
クラリスの言葉が、リースは思っていた反応と違ったのか眉をひそめて睨んでくる。
「……気に入らないわね。虫も殺しませんって顔して」
「私は――そうですね。虫も殺せません。祝福のおかげで、触れた生き物の気持ちがわかりますから」
「それが【
「はい。でも、今のリースさんの気持ちなら、触れずともわかります」
リースははっとしてクラリスの顔を見た。
「一人でも、寂しくても、一生懸命に戦っている。それをわかります」
「――ッ! あたしは寂しくなんてない! 寂しいのはあんたでしょ!」
「はい。それでも、あなたは私とお話に来てくれた。私にはそれがとても嬉しいんです」
クラリスが内にある素直な気持ちを言葉にすると、リースはぐっと黙る。
「私とお友達になってくれますか? リースさん」
鉄格子の隙間からクラリスは手を伸ばした。
しばしの沈黙の後、リースの手が恐る恐る動く。
だが――。
「ば、馬っ鹿じゃないの!? 誰があんたなんかと友達なんかになると思ったわけ? あたしは一人でいいのよ!」
――リースはクラリスの手を叩き落とした。
「あんたは一生このままよ! あたしがいる限りね! せいぜいあたしが死ぬことでも祈ってれば?」
「リースさん……」
そう言って、リースは部屋を飛び出す。
残されたクラリスは、叩かれた手を握って、再び祈りを捧げるのだった。
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