第41話 本当の愛
「言われた通りに攫ってきてやったわよ。牢屋にでもブチ込んどいて」
「感謝します。聖母様。これも星のお導き。ゆっくりと体をお休めください」
リースは【ベネフィゼーザ】から降り、頭を垂れる神殿の神官たちの横を通り過ぎて自分の部屋へと向かう。
皇国は王国よりも北に位置しているせいか、少し肌寒い。
だが、そのとき鼻から何か暖かいものが垂れるのに気づいた。
「あ……」
血だ。そして不意にめまいに襲われて、リースは石造りの壁に体を打ちつける。
「はぁ……はぁ……」
【ベネフィゼーザ】に乗っているときから、頭痛はしていた。
それは恐らく通常のドールとは違い、一人で操縦するドールだからだと思っていたが、ここまでとは。
「大丈夫……。あたしは大丈夫だ。あたしは聖母なんだから」
そう自分に言い聞かせて、リースは鼻血をハンカチで拭う。
そのとき、聞き覚えのある声がした。
「リースに会わせてくれ! 頼む! ここにいるのだろう! リース!」
声のする方向に歩いていくと、なにやら神殿の入口で門番と誰かが揉み合いになっている。
松明の明かりに照らされたその顔を見ると、それはフェルディナンだった。
「フェルディナン様……?」
「リース! やっぱりここにいたのか!」
尾を引く頭痛に顔をしかめながら話しかけると、フェルディナンの顔がぱっと明るくなる。
「何か用ですか?」
「お前を迎えに来たと言ったじゃないか! さぁ、一緒に帰ろう! リース!」
門番の間をすり抜けて、フェルディナンの手が伸びてきた。
リースはそれを見て、一歩下がる。
「……何を言ってるのかわからないわ」
「な、なんだって……?」
首を横に振りながら言うと、フェルディナンの顔が固まった。
「あたしは聖母になったのよ。あんたなんかもうお呼びじゃない。あたしは一人で戦えるのよ」
「そ、そんな……」
言って、リースはフェルディナンに背を向ける。
そうして歩き出すと、再び揉み合う音が聞こえた。
そんな中で――。
「愛しているんだリース! お前のことを心から愛おしく思っている! だから帰ってきてくれ!」
――フェルディナンの声に、リースは立ち止まる。
「……それはあたしが都合のいい女を演じてたからよ!」
「それでもだ! 私はお前のことをちゃんと想っていた! 本当の愛だ!」
リースはその言葉に、歯を食いしばった。
――嘘よ。プライドの高いフェルディナンがそんなことを思ってるはずないじゃない。きっと聖母の称号に惹かれてきただけだわ。
本当の愛なんて存在しない。そんなこと、ずっと昔からわかっている。
リースは背中越しに冷たい視線をフェルディナンに投げて言い放つ。
「あんたはもう、要らない」
「リースゥゥゥ!」
自分の名を呼ぶ声は、リースが神殿の中に入ってしばらくしても、止むことはなかった。
◇ ◇ ◇
「クラリスが聖母であることは存じておりました。しかし、此度はこのようなことに巻き込まれるとは……いやはや」
神父が後退した髪の毛を撫でながら、目を伏せて言う。
俺たちは一度、教会に集まって今後のことを話し合っていた。
「クラリスを守り切れなくて、すみません。アタシ、そんな事情があるなんて知らなくて……。姐さんたちは知ってたんですか?」
「まぁな。けどお前にはすぐに言うつもりだった。すまん」
俺は頭を掻きながら言う。
ルーシーにこれまでクラリスが聖母だと言わなかったのは、その情報が極秘だと思っていたからだ。
少しうっかりしたところのあるルーシーが口を滑らせないために黙っていたのだが、こんなにも早くクラリスが襲われるとは思っていなかった。
それに対し、ルーシーは口を尖らせながらも質問をしてくる。
「別にいいですけど……。それよりもなんでリースがあんなドールに乗ってたんですか? あのドールは何なんですか?」
「前の聖母が乗ってたドールらしい。どこで手に入れたんだかは俺も知らん。ただ、あいつが聖母なんて言われてるのはあの【ベネフィゼーザ】に乗れたからだ」
「……リースはもう学校には戻らないのかな」
俺が答えると、ルーシーは腕組みしつつ、難しい顔で言ってきた。
だが、その問いには隣にいる俺の隣にいるエリィが前に出てくる。
「恐らく、【ベネフィゼーザ】を操っている間には皇国の掲げる聖母として崇められるでしょう。すでにラハト軍と戦闘を行っている点でも、学校には戻られないかと」
「リース……。どうして……」
たんたん、とルーシーは煮え切らないように足を鳴らした。
今でもルーシーは友人としてリースのことを思ってるんだろう。
それについては同情するが、俺としてはあいつには一杯食わされ続けている。
どうやって希少なパーツを手に入れたのか、どうして【ベネフィゼーザ】に乗っているのか、それを問いたださないことには俺の気が収まらなかった。
そこで神父が困り顔で切り出す。
「今回のこと、皆さまに非がないことはわかっておりますが、村の者の中には怒りの矛先をぶつける者もいるでしょう。できる限り早めにこの村を発つ方が賢明かと思われます」
「わかりました。――帰るぞ。ルーシー」
俺がルーシーの肩を叩いて言うと、「えっ」と困惑したような声が上がった。
「で、でも、村に迷惑をかけてすぐ出ていくなんて……」
「ルクレツィア様」
おろおろしているルーシーに、エリィの凛とした声がかかる。
「ここは神父様の仰る通りです。学校へ戻りましょう。リース様のこと、そしてクラリスのことも再び機会が巡ってきた際に挽回いたしましょう」
「……わかった」
なんともやりきれないような表情で、ルーシーはおとなしく俺たちに従うのだった。
◇ ◇ ◇
「どうだペル、治りそうか?」
『修復は百時間以内に終了予定。それまでの間、継続的に魔力の供給を要求する』
学校に戻り、格納庫にドールを収めた後、俺は【ペルラネラ】の前で腕輪に向かって話しかける。
斬り落とされた【ペルラネラ】の左手首は回収して、今は切断された部分と鎖で固定していた。
人間の手首が斬り落とされたらこんなもんじゃ治らないが、ドールはその限りじゃない。
ペルによればドールは自己増殖するナノマシンで出来ているらしく、切断面とピッタリ合わせさえすればすぐに治るらしいのだ。
相変わらず常識から外れた科学なのか魔法なのかよくわからん技術だが、便利な作りだ。
「……悪かったな。俺のせいで」
『気に病むことはない、マスター🤨 あの状況では仕方のないことだった😒』
まさかコイツに慰められるとはな、と思いながらも俺はため息をつく。
俺はその微妙な雰囲気を振り払うように、少し大げさに話題を振った。
「しっかし、偉いことに巻き込まれたもんだな。これじゃ学校どころじゃない」
『教育は人間にとって人生を豊かなものにするために必要だ。マスター』
「偉そうなこと言うじゃねぇか。でもまぁ、人生二回目だと勉強も楽しいもんだとわかったよ。特に歴史な。こんなファンタジー世界だと、普通に神様が世界を作ったり壊したりって教科書に書いてあんのな」
ドールやゴーレムが戦場の主役となっているために忘れがちだが、この世界は魔法で回っている側面もある。
その魔法を支えているのが神という存在だ。
ステラ教もメルセ教も、どちらも四属性の神様を崇めていて、その神様と人間が外から来た悪魔と共闘し、その結果壊れてしまった世界を一千年に作り直したのがこの世界だ。
スケールがデカすぎてよくわからないし、外から来た悪魔っていうのもピンと来ない。
だが、読み物としては前世でファンタジー世界に憧れのあった俺には面白いものがあった。
『高次元存在の在否は完全には否定できない。人間社会に干渉している可能性もある』
「ま、それも含めて、俺っていう前世を覚えてる人間がいるんだからなんでもありか」
『肯定🙂↕️』
そういえば、コイツも一千年前に作られた兵器なんだよな、と思いつつ、ふと思いついた質問をしてみる。
「……ペル。もし仮に神様が敵だったら、どうする?」
『質問の意図が不明😯』
「神様を殺せるかって聞いてるんだよ」
『……🤔』
俺の問いに、ペルはしばらく考える絵文字を表示させた。
そして、いつもの無機質な声ではっきりと答える。
『その成否は不明だが、マスターの敵となるならば当方は可能な限りの対処をする』
「神様相手でも、俺の味方をしてくれるんだな。お前は」
『肯定😉』
なるほどな。神様が相手でも、コイツが一緒ならなんとなく怖くはない。セレスも合わせれば神様だって殺してみせる。
俺はペルの答えに嬉しくなって、笑みを浮かべざるを得ない。
「ま、そうならないように頑張るさ。なんたって俺にはゲームの知識があるんだからな」
『その知識が直近で効率的な運用をされたかは議論の余地がある😝』
「うるせー!」
俺は言いながらも、頼もしい相棒を見上げるのだった。
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