第40話 貴女の背中を支える

「ゴーレムを調べて参りました。最初に襲ってきたゴーレムはラハトのもの……増援のものも残らず撃破されておりました。そして、私たちと戦ったゴーレム一騎は皇国のものでした」


 まだ煙の上がる村を見ながら地面に座っていた俺に、エリィが声をかけてくる。


「どういうことだ? ラハトと皇国が手を組んだってことか?」

「いえ、それはあり得ません。ラハトのゴーレムは皇国のドールに撃破されておりました。察するに、皇国側がラハトの襲撃の時機を見計らって計画したものと思われます」

「漁夫の利ってやつか。あいつらはクラリスをどうするつもりだ?」

「恐らく、【ベネフィゼーザ】の真の力を発揮するために利用する。もしくは我が国との交渉材料にするつもりでしょう」


 ちっと俺は舌打ちをした。


 当然だが、クラリスは皇国の言いなりになって【ベネフィゼーザ】に乗って戦うことを拒否するだろう。だが、【聖母】の祝福を持ったクラリスはそれだけで交渉材料になる。

 それに、表に出していないクラリスを今更聖母だと言ったところで、周辺国は信じない。

 リースが【ベネフィゼーザ】を動かせている以上は、表向きの聖母はリースということになる。


 完全に後手に回ってしまったというわけだ。


「なんでクラリスが聖母だとバレた? 隠し通せてたわけじゃないのか?」

「それは……私にもわかりかねます。申し訳ございません」


 エリィは深々と頭を下げる。

 

 お前のせいじゃない。


 そう俺は手を振って、頭を上げさせた。

 エリィはそれをわかってくれたのか、少し離れた場所でぼーっと突っ立っているルーシーの元に駆け寄る。


 戦闘が終わってから、ルーシーの様子がおかしい。

 昨夜の戦いのときも動きが鈍く、相手をしていた敵のドールの足止めをミスったくらいだ。

 

 きっと何かあったんだろうが、本人が言うまでは余計な詮索はやめておきたい。

 俺だってクラリスをむざむざと奪われてけろっとしていられるほどタフじゃない。


 そこに、草を踏む音が聞こえた。

 顔を上げると、セレスが傍に立っている。

 

「落ち込んでいるのですの?」

『肯定🤫 マスターは落ち込んでいる😮‍💨』


 お前が答えるのかよ。


 そんなツッコミも入れられず、俺は長く息を吐いた。


「してやられた。何が来てもどうにでもなる……。そう思ってた俺の怠慢だ」

「それを仰るならば私も、ですわね。ただ戦うのとは違って、何かを守りながらの戦いは難しいものと知りましたわ。それで……? 貴方様はどうしたいのですの?」


 セレスは薄く笑う。

 俺は頭をガシガシと掻いて、勢いよく立ち上がった。


「このままじゃ終われないだろ」

「ですわね」

『肯定😬 当機の受けた損傷は大きい🤨』


 ペルも左手を斬り落とされていることに腹を立てているのか、いつもより増して無機質な声に感じる。

 俺はパン、と拳を手に打ちつけた。

 

「やられたからにはやり返さなきゃな」

「ふふっ、今度こそあの騎士たちの命を奪ってみせましょう? そして聖母を名乗るあの子にも報いを」

「いいや、あいつは殺さない」


 言うと、セレスは不思議そうに俺の顔を覗いてくる。


「あいつには聞きたいことが山ほどある。それを聞くまで死なせない。絶対にだ」

「貴方様がそう仰るなら……。私、拷問はやったことがないので不慣れですが、協力いたしますわ」


 拷問はやったことない人の方が大多数なんですけど!


 俺は「うふふ……」などと不穏に笑うセレスにため息をつきながら、さっそく手首の修復を始めている【ペルラネラ】を振り返るのだった。



 ◇   ◇   ◇



「ルクレツィア様……」


 ルーシーが草の上に落ちていた短剣を拾って見つめていたところに、声がかかる。

 エリィだ。


 ルーシーは短剣の刃の方を持って、それをエリィに差し出した。


「これ、昨日エリィが投げてくれたやつだよね」

「はい。ありがとうございます」


 エリィは短剣を受け取ると、腰の鞘に収める。

 その様子を見ながら、ルーシーは首を振った。


「エリィが助けてくれなきゃ、アタシ死んでた。言われたんだ。殺す気がない剣だって」

「それは……仕方のないことだと思います」

「エリィはさ……。人を殺したこと――」

「いいえ、昨夜まではございませんでした」


 ルーシーは驚きにエリィの顔を見る。

 その顔には確固たる決意のようなものが見えて、ルーシーは呆気にとられた。


「ですが、私には【導きウィラー】という使命がございます。そのためには人を殺すことも厭いません」

「……それは、そんなに大事なことなの?」

「私の生きる意味であると考えています」


 強い視線を送ってくるエリィに、ルーシーは目を合わせることができず下を向く。

 そして、絞り出すように言葉を口にした。


「アタシ……人を殺したとき、すごく気持ち悪かった。まだ覚えてる。刺した時の感触……。剣を抜いたときの敵の体の重さ……。あれが戦いなんだって思ったら、アタシ……」


 ルーシーは手を強く握って、歯を食いしばる。

 目を瞑ると、昨夜、倒れた敵の顔を思い出してしまって、今でも吐き気がした。


 そこで、ルーシーは手に暖かいものを感じる。

 気がつくと、エリィが跪いて、ルーシーの手を取ってくれていた。


「それで良いのです。ルクレツィア様」

「え?」

「人を殺めて平然としている……。そんな私の方が狂っているのです」

「そんな……エリィは狂ってなんかいないよ!」


 思わず叫ぶと、エリィは儚さを感じる笑顔で応じる。


「ルクレツィア様はそのままで……しかし、それを飲み込む心を手にお入れください。昨夜、私たちの戦いで家を失った方々がいます。ですが、もしかすれば私たちがいなければ村も、人々も、全てを焼かれていたかもしれない。失ったものよりも、奪ったものよりも、救ったものをお考えください」

「それが……アタシの使命?」


 こくん、とエリィは頷いた。


「ルクレツィア様はとても困難な運命に立たれておられます。私から言えることは一つ。今、感じておられる苦悩をどうかお忘れなきよう……そして、感じたままにお進みください。後ろにはこのエレオノールが控えております」

「エリィもついてきてくれるの?」


 エリィは目を瞑って、首を垂れる。


「その御身に正義の心がある限り、私は貴女の背中を支えると誓います」


 言われて、ルーシーはエリィの手を握った。


 【オリフラム】に選ばれてから、自分の運命は大きく変わってしまった。

 正義や使命がなんなのかは、正直わからない。

 わからないけれど、自分なりに前に進んだ結果が今だ。


 なら、足を止めるわけにはいかない。


 リース、セレス、グレン、そしてエリィに会えたことも、そして昨夜殺してしまった男に出会ったことも、全てを含めて自分の運命だ。

 なら、その中で足掻くしかない。この縁を使って、自分らしく生きるしかない。


「エリィ、立って」

「はい」

 

 ルーシーはエリィの手を引っ張って、立たせる。

 

「アタシ、頑張るよ。頑張って、自分が正しいと思うこと、貫いてみせる」

「はい。ルクレツィア様」


 ルーシーはエリィの手に指を絡ませて、強く握るのだった。


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