第34話 ベネフィゼーザ

「ふふっ、さっそく新しい騎士様をお迎えになったんですの?」

 

 いつでも攻撃ができるよう、トリガーに指をかけながらセレスが笑う。

 目の前の正体不明のドール――リースからは敵意が滲み出ていた。


『馬鹿言わないで頂戴! これはあたしの……あたしだけのドールよ! ついに手に入れたのよ! あたしの本当の力を!』


 リースはドールの手を広げて言う。


『これがあたしのドール、【ベネフィゼーザ】よ!』


 どうやってか、自分のドールを見つけたリースの声は明らかな高揚感に満ちていた。

 

 しかし――面倒だな、と思いつつ俺は【ベネフィゼーザ】を凝視する。

 先ほどからスカートの部分に小さな子機のようなものが集まって、装甲のように連結していた。


 ゴーレムたちをやったのはあれか。


「ビット兵器か」

「なんですの? それは」

「本体から外れて蚊みたいに飛び回る兵器だよ」


 説明するのが難しい。思わず前のセレスのように虫に例えてしまった。

 

 ……拡声器をオフに切っといてよかったな。逆上されたらたまったもんじゃない。


「リース! 無事だったのだな! 心配したぞ! さぁ、帰ろう! 迎えに来たのだ!」


 そこに、フェルディナンが駆け寄って叫ぶ。

 だが、リースの反応は薄い。【ベネフィゼーザ】が小首を傾げた。


『……何を言っているの? フェルディナン様。あたしの帰る場所は学校なんかじゃない。あたしを迎え入れてくれた皇国よ』

「な、なんだって……?」


 そこに、先ほどとは違う型のゴーレムたちが【ベネフィゼーザ】の後ろから現れる。

 こちらを見て警戒したようだが、戦闘になっていないとわかるとリースへ声をかけた。


。困ります。御身になにかあれば……』

『大丈夫よ。ここ一帯のゴーレムは全部排除したから』

「聖母だと?」


 その呼称はゲームでも聞いたことがある。

 王国、そして皇国の国教であるステラ教で崇められる女性の呼称だ。

 だが――と俺が想起しようとしたところ、前方で動きがあった。


『じゃ、あたしは忙しいから行くわ。次に戦場で会ったら背中に気をつけることね』


【ベネフィゼーザ】が護衛のゴーレムたちを連れて歩き去っていく。


「待ってくれリース! 待って……うあっ!」


 それを追いかけようとしたフェルディナンが足をもつれさせて転んだ。

 だが、諦めずに渇望していたであろうその名を呼ぶ。


「リースゥゥゥ!」


 フェルディナンの悲痛な叫びにも、【ベネフィゼーザ】は振り返らなかった。

 あとに残されたのは一つ残らず破壊されたゴーレムたちの骸。そして、その真ん中で立ち尽くす俺たちだった。



 ◇   ◇   ◇



 その日、俺たちは学校に戻り、再び話をしようと自室にフェルディナンを招いていた。

 だが、誰も話さない。

 フェルディナンは顔を手で覆って落ち込んでいるし、セレスは静かにお茶を飲んでいる。

 俺はといえば、聖母と呼ばれていたリースのことを考えていた。


 聖母、というのはステラ教――王国の国教を束ねる女性のことだ。だが当然、それはリースのことではない。

 百年程度に一度生まれる【聖母セイントマリー】の祝福を持つ女性のことを差す。


 当然だが人間の寿命的に聖母の座が空席である時期はあって、物語の序盤はまさにそのときのはずだ。


 終盤になれば【聖母セイントマリー】の祝福に目覚めた少女が出てきて、主人公との邂逅を果たすはず。

 その名がなぜ今、そして、なぜリースがそう呼ばれているのか、わからなかった。

 

 それにゲームでは聖母は戦場に立ったりはせず、あくまで主人公たちを援助する役回りだったはずだ。

 どちらかというと象徴的な意味合いの強い立場であって、戦争を収めるために翻弄する少女だ。

 

 それがドールに乗って崇められているのだから、俺としては訳が分からなかった。

 そして、あのドール――【ベネフィゼーザ】だが、リースの言っていたことが気になる。


 あたしだけのドール、そう言った。

 

 ドールは騎士と従者の二人で操縦するはずだ。

 ドールに選ばれたのがリースだという意味とも取れるが、あのとき、従者の声が聞こえなかったのが妙だ。

 たとえば皇国の騎士から従者を選んだのであれば、俺たちを攻撃するのを少しは躊躇するはずである。


 一人乗りのドールなんてあり得るのだろうか。


 いいや、ゲーム的にはそんな騎体は存在しない。さらにいえばあんなドールも見たことはない。


 俺は少し情報を整理するためにセレスへ話しかける。

 

「……リースが聖母なんてあり得ると思うか?」

「後天的に祝福に目覚めたのなら、あり得る話でもありますわ」

「それを皇国が担ぎ上げたってことか?」


 そこで、「いや」とフェルディナンが顔を上げた。

 

「歴代の聖母は全員、王国から輩出され、そして王国の王宮で保護されている。皇国もそれをわかっているはずだ。王国が認めなければ聖母とは認められない。どうしてそのような習慣がついたのかはわからないが、複雑なのだ」

「じゃあ俺たちと戦ったゴーレムたちはどこの国か、わかるか?」

「あり得るとすれば――」

「お兄ぃぃ――ッ!」


 フェルディナンの言葉を遮るように、貴賓室のドアが勢いよく開かれる。マリンだ。


 もうちょっと淑女らしい振る舞いをしてほしいな。お兄ちゃん。


「あっ、お客さん……。ってなんだフェルディナン様か~。じゃなくて戦争! 戦争が始まったの!」

「お前、フェルディナンの扱い軽すぎじゃね?」


 戦争が起きたと聞いて、俺はさして驚かなかった。なんとなく察していたことだったからだ。


 マリンが持ってきた新聞を受け取って、広げてみる。

 すると、そこに書いてあったのは皇国と――宗教国家ラハトの間で開戦したという記事が載っていた。


 宗教国家ラハト……皇国とは別の宗教、メルセ教を教えとする国家だ。

 そして、メルセ教はステラ教の教え――大本と言われる星典は同じらしく、その解釈の違いで袂を分けた、いわば皇国とは敵同士に当たる。

 

 それが皇国が聖母を見つけたために、義がこちらにあるという主張を始めたことがきっかけらしい。

 つまりリースが聖母になったから戦争が始まったということだ。


 んー……宗教か、と俺は額に手をやる。


 俺は典型的な元日本人なので、そこまで信心深い人間じゃない。ましてや宗教の違いで戦争を始めるなんてもってのほかだと思っている。

 だが、皇国とラハトという当事者同士では重要な、命を懸けて戦うほどのことなのかもしれない。


 そこで、俺と一緒に新聞を見ていたフェルディナンが重い声で言う。


「そうか……。これまで王国が聖母を保護していたからこそ、その発言力は王国にあった。だが皇国が独自に聖母を獲得した今、それは皇国にある。我らこそが正しい、選ばれたという思想がこの戦争を始めたのだろう」

「そのド真ん中に運悪く俺たちが遭遇しちゃったってわけか。だけどリースの乗ってるドール、虐殺してたぞ」

「あれは恐らく……聖母マリアンヌの乗っていたドールだ」


 え? 誰それ?


「聖母マリアンヌは百年前の帝国と王国の戦争を終結させた御仁ですわ。ドールに乗って戦場を駆け巡り、戦いを収めて回ったという歴史が残っています」

 

 首を捻っていると、セレスがそれに気づいたように補足してくれた。

 

「なるほどな。そいつにリースが乗れたから聖母に認められたって話か」

「そうなりますわ。多少強引にでも自分たちの義を正しいと証明する……皇国のしそうなことですわ」


 前の世界でもあったが、宗教戦争ってのは厄介だ。

 なんたって領地の奪い合いとは違って、考え方、思想の違いなんだから。

 ただの欲求とは違う……根本的な違い、互いを許容するという人にとって簡単ではない問題がそれを起こさせる。


 こりゃ、他の国も巻き込んでの戦争になるだろうなぁ、と新聞を下ろして天井を見上げていると、トントンとドアを叩く音がした。


「はーい。あ、エリィちゃんだ。どうしたの? 入って入って」

「はい。お邪魔致します」


 貴族様の令嬢を「ちゃん」付けするマリンのことはひとまず置いておいて……。


 俺は入ってきたエリィに視線を向ける。

 すると、エリィは何か腹構えの出来ているような顔で言った。


「お兄様。お話が……いえ、会って頂きたい方がいらっしゃいます」

「俺に? 誰?」


 聞くと、この場では言いづらいのか、少し考えた後に言葉を口にする。


「私のお母様です!」


 セレスの片眉がピクリと動いた。

 

 待って。なんかちょっと変な方向に進んでないよね?


 俺は重苦しい雰囲気をかもしだしたセレスに首を竦めつつ、ひとまず紅茶を飲み干すのだった。


--------------------







●作者からのお願い●


ここまでお読み頂きありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる!」


と思っていただけましたら、一番下の「☆☆☆で称える」をお願いします!




皆さまの応援が作者の原動力になります!ぜひともよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る