第35話 エリィのお母さん
エリィに言われて、その日のうちに向かった先は……なんと王宮だった。
エリィのお母さんとやらは王宮に仕官していたのか、となんとなく察する。
隣にはもちろんセレスがいて、ガッチリと腕を掴まれていた。
けど胸の感触が……いや、やっぱり痛い! 指が食い込んでる!
そうして俺たちを乗せた馬車が城門につくと、エリィが簡単に話しただけで門が開かれた。
どうやらすでに話は通っているらしい。
俺たちは物騒な防御のための塔などに目を奪われつつ、いくつかの門を通って王宮へと登っていく。
たどり着いた王宮は豪奢な飾りとフカフカの絨毯が敷いてあって、これが国のトップのいる場所か、なんて感心したりした。
そうして一つの部屋に通されると、エリィに待つように言われて俺たちはソファに座る。
「貴方様? エリィのお母様とどんな話をするつもりですの?」
「だから知らないって! 本当に心当たりがないんだよ!」
ギリギリと腕を締め付けつつ聞くセレスに俺は情けない声を上げた。
本当に思い当たる節がないし、エリィが俺に惚れているとは思えない。
そろそろ腕が
「ごめんね~。いきなり呼び立てて~」
「いえ、大丈夫です」
一度ソファから立ち上がって会釈をすると、再度座るように促された。
逆にエリィは対面のソファの後ろに控えるように立つ。
「お兄様。こちらは私のお母様にして――」
「エリィのお母さんでーす。娘がいつもお世話になってます~。あら、腕を組んでるなんて、お二人とも仲が良いんだね」
「い、いやぁ……。こちらこそお世話になってます」
なんか軽いな……。学校の校長といい、エルフはそういう性格なんだろうか。
というか、エルフのお母さんということはエリィは養子のようだ。エルフから人間は生まれないし、この世界にはハーフエルフという種族は存在しない。
「それで……どのようなご用件で?」
「あ、そうそう。皇国領にお出かけして、そこで戦闘に巻き込まれたって聞いたの。その辺を詳しく聞きたくて」
話が伝わるのが早い。
王国にとっても皇国とラハトの戦争は重く受け止めているらしいと見て、俺は言葉を選んだ。
「はい。最初はラハトのゴーレムに襲われて……。ですがその後にリースの乗るドールが出てきて、聖母だと言われてました」
「うんうん。それはどんなドールだった?」
「上半身は軽装で、下半身は……なんていうんでしょう? 膨らんだスカートで……。それと見たことない浮遊する兵器を使ってましたね」
俺が言葉に詰まりつつ言うと、エリィのお母さんは顎に手を当てて深刻そうな顔をする。
「……やっぱり【ベネフィゼーザ】かぁ」
「そう言ってましたね」
「まさか皇国領にあったなんて思わなかったな。それで、その騎士は?」
「リースです。学校にも通っていた生徒です。あんな形で会うとは思いませんでしたが」
「リース。リース・レイ・セルネリールだよね。ふぅん。やっぱりあの子には何かあるんだね」
「俺もそう思います」
俺がつい肯定すると、エリィのお母さんはソファに背を預けて少し笑った。
「キミもそうだよね? グレン・ハワードくん。 【凶兆の紅い瞳】のセレスティア・ヴァン・アルトレイドを従者とした、帝国の騎士」
「えっ……」
思わず息を吐いてから俺は固まる。
この人、何かを知っている。まさか俺が転生者だと知っているのか?
言葉に詰まっていると、沈黙を破るようにエリィのお母さんは口を開く。
「あ、ごめんね。別に何かを疑っているわけじゃないの。ただ君は他の生徒とはちょっと違う……。そう、キミの乗る【ペルラネラ】も。そう言いたかっただけ」
「は、はぁ……」
「ねぇ、エリィ。ちょっとお茶を淹れてくれない? お母さん、喉乾いちゃった~」
「はい。お母様」
そうして、エリィがお茶を淹れてくれている間に俺は少し考えた。
明らかにこの人には何かを見透かされている。ここで転生者とぶっちゃけるか? いや、それは駄目だ。未来を知ってるとなれば自分の身がどうなるかわかったもんじゃない。ここは誤魔化すしかないか。
そう心に決めていると、「あ」と思い出したようにエリィのお母さんが声を出す。
「セレスティアさん。うちの娘の背中を押してくれたって聞いたよ。その節はありがとうね」
「いいえ、私はただお話をしたかっただけですの。実際に行動に移したのはエリィの覚悟……。私は何もしておりませんわ」
「いいのいいの。この子は昔からちょっと臆病で……でもちゃんと勇気をだして、偉いね! エリィ!」
「は、はい。お母様」
ぐっと両手を握って言う様は可愛い幼女のように見えるが、言ってることはお母さんだ。ちょっと頭が混乱しそう。
「じゃあここからはあんまり口外してほしくこと、お話しするね。キミたちもいきなり巻き込まれちゃって大変だと思うけど」
こちらに向き直ったエリィのお母さんが声のトーンを落とす。
「キミたちが遭遇したドールは確かに聖母マリアンヌの乗っていたドール、【ベネフィゼーザ】です。だけど、乗っているリースさんは聖母じゃない。本当の聖母は他にいる。あれは偽の聖母です」
「なら、すぐにその本当の聖母を表に出せば戦争は終わるのでは?」
「ううん、そうしたとしても皇国は否定する。【ベネフィゼーザ】は聖母の象徴だから。それにあのドールには特殊な装備がある」
「あの浮遊する兵器ですか?」
俺が言うと、エリィのお母さんは首を振って否定した。
「あれは【エイプ】という精神操作式の子機に過ぎない。【ベネフィゼーザ】にはそれ以上の……戦術級の装備がある。それを起動されれば、たちまち戦場は支配されてしまう」
「それを王国は手に入れたい、というお話ですの?」
と、そこで、紅茶にも手をつけていないセレスは微笑みながら言う。
「あはは、そこまでは求めてはいないよ。けれどもし……もしそれが王国に、そして帝国に牙を剥いたときは――あなたたちの力を貸してほしいの」
「王国にも優秀なドールと騎士がいらっしゃるのでは?」
「ただのドールなら対応できるでしょう。けど、そうじゃない。あれは一千年前の傑作騎にして、失敗作。例の装備は人の精神に作用するもの。そして魔力に影響をおよぼすもの。使い方を誤れば大勢の人が死ぬ。その中で動けるとすれば、キミたちの【ペルラネラ】と考えているの」
「なぜですの?」
問われて、エリィのお母さんは頬を吊り上げた。
「【ペルラネラ】に搭載されている人工知能――それと同調しているキミたちのみが干渉を受けずに戦うことができる。そうだよね? 【ペルラネラ】さん?」
『遺憾ながら否定できない😒』
呼びかけに、俺の腕輪からペルの音声が鳴る。
この人、ペルが喋れることを知っていたのか……!
俺は思わず腕輪を隠すように手で覆った。
だが、隣に座るセレスが立ち上がって、嬉しそうに言う。
「いいですわね! 聖母を殺すなど、歴史上でそんな偉業を果たした者はいない……。これ以上の栄誉があるとお思い? 貴方様!?」
お前はいつも通りだな!? ちょっとは動揺してほしい。
そんなセレスを見て、エリィのお母さんは口を開けて笑う。
「あはは、いいね。聖母殺し。私もあなたにぴったりの役割だと思うよ。【凶兆の紅い瞳】さん。……あ、それともう一つお願いしていい?」
エリィのお母さんは俺を見て、人差し指を立てた。
「なんですか?」
「本物の聖母ちゃんにも会ってほしいの」
ん? と俺がその意図がわからず首を傾げると、エリィのお母さんは続ける。
「君たちとエリィを助けてくれたから、出会ってくれたから、こうして話ができる。きっとこの巡り合わせは偶然じゃないと思う。だから、聖母ちゃんのことも助けてあげて」
「そう言われても……」
「いいではないですか。貴方様。たまには安請け合いしても罰は当たりませんわ」
セレスは乗り気だ。会った事もない女の子を助けろと言われても、そもそもなにを助ければいいんだろう?
「じゃあ、お願いしていい? そうなった以上はまずご褒美をあげなくちゃ! ドール用の装備をいくつかあげるね」
「いいんですか? 俺たちは帝国の騎士ですよ」
「いいのいいの。私が決めたんだから。私に文句を言える人はいないもん」
「は……?」
すると、エリィのお母さんは立ち上がって、一歩片足を引いたお辞儀をした。
「じゃあ改めて自己紹介。私は【リリーナ・ノヴァ・ベレンガルド】……この国の女王様をやってるよ。よろしくね?」
ガチャン、と音がして、俺の落としたカップが割れるのだった。
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