第32話 ピンポン玉=フェルディナン

 次の休日、俺たちは許可を得て【ペルラネラ】で王都を出ていた。

 アンスウェラーを背中に懸架けんかさせ、手にはあるものを乗せている。


「う、うぷっ……なぜだ。なぜなのだ」


 それはフェルディナンだった。

 小さなお花を摘んできたかの少女のように、元侯爵家跡取りを手で運搬している。


「この【ペルラネラ】の騎乗席は私たちの聖域……。なぜ乗れると思ったのでしょう?」

「バカなんだよ。察してやれ」


 一応、拡声器のスイッチがオフになっていることを確認しつつ、俺はセレスに答えた。

 セレスが【ペルラネラ】の騎乗席に他人を入れたくないことくらい、フェルディナンも予想しておけばよかったのに。


 ドールの手の上は歩いているだけでも相当揺れるだろう。

 対して騎乗席の中は慣性制御があるのでほとんど揺れは感じない。魔法なのか科学なのかわからない未知の技術だ。

 

 これのコピーは難しかったのか、ゴーレムにも慣性制御はないので、フェルディナンもゴーレムで訓練していれば多少はマシだっただろうに。


「貴方様? うっかりこれを落としても事故扱いで処罰の対象にはなりませんわよね?」

「やめてぇ?」

 

 そんなこと知らない。知らないけどやめてほしい。この世界に運搬規則なんてないから、たぶん『やらかしました』のフェルディナンの自己責任で済むと思うけどやめてほしい。

 

 セレスに『これ』扱いされているフェルディナンは、その高いプライドを折って頭まで下げたのだ。

 それを落下死させてはさすがの俺も目覚めが悪い。


「ふふっ、ふふ~ん♪」

「ちょ、ちょっとまてセレス!」


 そんなこと考えていたら、セレスが【ペルラネラ】でスキップしはじめた。

 久しぶりに【ペルラネラ】を動かすのが楽しいんだろう……――って大丈夫かー!? フェルディナンー!


「おぇぇ! うぶっ! おうっ!?」


 フェルディナンは手の中で大変なことになっている。

 一応、吹っ飛ばないよう優しく包むように持ってはいるが、スキップのたびに体が宙に浮いていて、ピンポン玉みたいになっていた。


 先は長いっていうのにこんなんで大丈夫か……。


 俺は手の中で踊るフェルディナンに同情しながらも、とりあえず景色を見て意識をそらすのだった。



 ◇   ◇   ◇



「うぶおえぇぇぇ! げぇぇぇ!」


 ひでぇ声だ。


 遠くで腹の中のものを草むらの養分として吐き出しているフェルディナンの声を聞いて、俺は申し訳ない気持ちになる。

 俺たちはひとまず目的地にたどり着いた。

 だが目的地といっても特定の場所ではない。


 フェルディナンの部屋に残されていた地図に、大きく赤丸が記されていた場所だ。

 だいぶアバウトな記し方だったので、何か建造物でもあるかと思ったが、特に何もない。


 騎乗席から見た限りではただの森だ。

 ちなみに皇国は王国の友好国なので、ここにドールで来ても問題はない。


「ペル、周辺になにかないか、スキャンできるか?」

『了解、マスター🧐』


 指示すると、騎乗席から見える視界に光が奔り、近い場所から遠方までが走査された。

 しばらく待っていると、何かが赤く強調され、ピピっという音がする。


『地下に人工物とみられる建造物を発見😲』

「お……?」


 どうやら小さな遺跡があるらしい。

 俺の記憶――ゲームでは特になにもなかったはずだが、そんな細かいところまではゲームとは一緒じゃないだろう。


 俺は腰に剣を差して外に出る。


 一応、モンスターに襲われる備えはしておいたほうがいい。

 生身で戦ったことはないが、【天武ジーニアスファイター】を共有されている俺なら身を守ることくらいはできるだろう。


「セレス、ちょっと行ってくる」

「はい。貴方様」


 セレスはペルラネラの中で待っててもらう。

 というか、完全にピクニック気分で来ているので遺跡に入る服装じゃない。ワンピースに麦わら帽子まで用意している辺り、本人も入る気はなさそうだ。

 

 多少は体調がマシになったフェルディナンに声をかけて、俺はペルの検知した場所に来る。

 すると、確かに人工物と思しき傾いた扉が地面に埋まっていた。


 扉は開いている。もうすでに誰かが来たあとだろうか。


 日の光が入らないので魔石灯をつけて中に入ってみると、たしかに遺跡だ。

 

 遺跡といっても石で出来たようなものではない。

 この世界の遺跡は古代文明――つまりはドールを作った文明の残りだ。そのため、壁は金属製のSFチックな内装になっており、ところどころに機械のようなガラクタが落っこちている。こういうものもゴミに見えて意外と値の張る遺物だったりするのだ。


 とはいえ、探しているのはガラクタではない。今回は人探しだが……見た限りでは人の気配はしない。


「リース! いるのか!? リース!」


 フェルディナンが叫ぶ。

 これでモンスターが集まってきたりしないよな……と思いつつも、俺は遺跡の奥へと進んだ。

 中は地面に埋まっているためか、若干カビくさい。

 

 足元は草や何かの破片だらけだ。


 念のため抜剣しておいて、それらを剣でかき分けながら進むが、それにしても足場が悪い。

 横倒しになった支柱やら、なんのためのものかわからない機械をよじ登っていく。

 

 ガラクタは金になるものの、いいとこのお嬢様がこんな場所に一人で来るとは思い難い。


「リース! どこにいるんだ!?」

 

 よろよろとした足取りで後をついてくるフェルディナンが何度も名前を呼んだ。

 しかし、返答どころか物音一つしない。


 こりゃハズレだな……。


 そう思って周囲を見回していたとき――。


「っ! 止まれフェルディナン!」

「なっ……」

 

 ――ガシっと俺はフェルディナンの肩を掴んで止めた。


 見れば、フェルディナンが一歩踏みだそうとしたところに落とし穴があったのだ。

 その下は真っ暗で、下手をすれば死んでいる。

 

「す、すまないグレン。私の不注意だった」

「気にすんな。でもここで行き止まりだ。たぶんここにはリースはいない」

「……そうだな。ここは引き返した方がよさそうだ」


 フェルディナンは肩を落とした。

 そんなフェルディナンを見て、俺は一つ問いかける。


「そんなに夢中になるほどの女か? あいつ」

「なっ、何を言う!? リースは私のことをとてもよく理解してくれた理想の女性だ! たとえ廃嫡された身であっても、諦めきれない……」


 どうやらリースは従者としてだけでなく、女性としても相当フェルディナンの心を掴んでいたらしい。

 魔性の女、とでも言いたくなる入れ込みっぷりだ。


 まぁ、好きにすればいい。他人の恋愛事情に首を突っ込んでるほど暇じゃない。


 俺がため息をつきつつ、元の道を引き返そうとした、そのとき。


「なんだ?」


 ドォン、という爆発音が遠くで聞こえた。

 近くにゴーレムの演習場でもあったか? と思いつつ、腕輪に向かって聞く。


「ペル。なにかあったか?」

『爆発を確認。戦闘と思われる。熱源接近中😱』

「はぁ!?」

『マスター。至急戻ることを推奨🔜』

 

 わかっとるわ!

 

 こんなところで突然戦闘が起きるなんて聞いちゃいない。

 俺は戻る足を速めるのだった。

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