第2章
第31話 気分はピクニック
「マリン、本当に腕を上げたな……。なんでこうも俺の淹れたお茶と違うのかわからん」
「当たり前でしょ。それにお兄は色々適当なの! ちゃんと気持ちを込めて淹れないと茶葉がもったいないよ」
俺はこと【グレン・ハワード】は自室の貴賓室でお茶を啜る。
前にリナから教わったといっていた通り、マリンのお茶は確かに美味しくなった。いや、前から美味しいがお茶に疎い俺でも明らかに違いのわかるほどだ。
俺もお茶の淹れ方を一生懸命磨いているが遠く及ばない。マリンの所作もすでにしっかりとしたところもメイドのようで、その成長が感じられる。
「もったいないといえば……」
俺はそんな紅茶から目を離して周囲を見た。
「マリンさんの気持ちのこもった茶、味わって飲まねぇとな」
「たしかに美味しいですね。さすがは辺境伯令嬢の御付きです。ねぇ、フェル?」
「あ、ああ……」
「こいつらにお茶出してる方がもったいない気がする」
今、貴賓室には先日決闘した男衆――【エドガー・レイ・バルリエ】、【リオネル・ゼン・エルフェ】、そしてなんかげっそりしてる【フェルディナン・レイ・ナヴァーレ】が座っていた。
なんで? なんで俺の部屋でこんな男くさいお茶会やってるの?
俺はこの状況になった理由を思い出してみる。
発端は俺のことの兄貴呼ばわりするエドガーから声をかけられたことだ。
どうやら幼馴染のフェルディナンがそれはもう酷い落ち込みようで、なんとかしたいという話だった。
決闘で俺はフェルディナンのドール【イルグリジオ】を完全に破壊した。
その罰としてフェルディナンは家から廃嫡のお達しが来て、侯爵家の跡取りという立場をなくしてしまったのだ。
ドールを失って、もう何者でもなくなったフェルディナンはそれまであった女子からの人気も失い、廃人一歩手前まで追いやられてしまったらしい。
そんなフェルディナンを元気づけてほしいという、本人に許諾を取ったのか怪しい相談もあって、お茶会が開催されることになったのである。
ついでにエドガーの従者であるリオネルが追加されて、合計四人の男だけのお茶会だ。
なんで俺の部屋なんだよ!
「元気出せよ。フェル。逆にいえば自由になったってことじゃねぇか!」
「そうです。今度冒険に行きましょう。またドールが見つかるかもしれません」
いや、そんな簡単に見つかられちゃ困るんだけど。
そんな風に話しかけられてもフェルディナンは心ここにあらずである。
そりゃ、そんな簡単に立ち直れるわけない。ていうか、それをやった本人である俺がいては出る元気も出ないだろうに。
「そんなにヘコんでるんだったら彼女に励ましてもらえよ。どこにいるか知らないけど」
「はっ……リース。そうだ。リースのことなんだ!」
俺が仕方なく声をかけると、ガタっと音を立てて急にフェルディナンが立ち上がった。
瞳孔が定まらない様子で何か泣きそうに周囲を見る。
「お、おい、フェル、どうした?」
「リースが! リースがいないんだ。帰ってこないのだ!」
何やら動揺しているが、それは俺も知っている。
フェルディナンの従者だったリース――【リース・レイ・セルネリール】は決闘から二週間経った今でも学校を休んでいて、宿舎にも戻っていないらしい。
まぁ、俺にとってはどうでもいいことだが、何かまた企んでいると思うとちょっとだけ気になる。
冒険にでも出かけて、どっかで野たれ死んでるじゃなかろうか。
だが、今そんなことを言うとまた場が荒れそうなので、俺は黙って茶菓子を口に放り込む。
すると、エドガーとリオネルはフェルディナンの落ち込み様の原因を見つけたとばかりに意見を言い合っていた。
「心当たりのある場所とかはないのですか? 実家に帰ってしまったとか」
「いや、問い合わせてみたが実家にも帰っていないそうなのだ。ご両親も心配なさっている」
「じゃあ……やっぱ冒険に出かけたんじゃねぇか? 俺だったらそうしてるぜ」
「自分のゴーレムやドールもなしでか……? 無謀すぎる!」
おうおう、盛り上がってるな。別にここじゃなくてよくない?
俺が
「いや、たしかに、そういえば皇国周辺の地図が俺の部屋に出されていた……。リースは冒険に出かけたのか! そして、俺に迎えにきてほしいというメッセージだったのだな!?」
うーん、それは単に仕舞うのがめんどくさかっただけじゃないかな?
たぶん自分の足で行けるなら自分で帰ってくると思う。ただし、皇国――サントセテム大皇国まではかなり距離があるから徒歩だったら時間はかかるだろう。
「待ってればそのうち帰ってくるんじゃないのか?」
「いいや! 私にはわかる! リースは探してくれと言っているのだ! この私に!」
俺が適当に言った言葉にフェルディナンはさらに力説しだした。
なら好きにしてほしい、と思ったが、そういえばコイツはドールを失ったんだった。
ならエドガーに言って乗せてってもらえばいいじゃん。
そう言おうと思ったら――。
「兄貴、どうにかしてやってくれ」
「そうです。グレン。手を貸してあげてください」
――俺にお鉢が回ってきた。
「なんでだよ!? お前らの【レオネッサ】で行きゃあいいだろ!」
「【レオネッサ】はまだ修復中……。君にやられた箇所が完全に治っていないのです」
あ……そういえば手足の何本かは関節技でヘシ折ってやったんだった。
俺が頭を抱えていると、ずいとフェルディナンが前傾姿勢で迫ってくる。
「頼む! いや、頼ませてほしい! リースを見つけるために、力を返してほしいのだ! グレン! この通りだ!」
ガチャン! と机に頭を打ちつけたフェルディナンに、俺もさすがに引いた。
エドガーとリオネルから深刻そうな視線が飛んできて、思わず顔を背ける。
「ねぇ、お兄。なんとかしてあげたら? 元はお兄のせいなんでしょ?」
予想外のところから追い打ちがきた。
マリンが頭を垂れるフェルディナンに同情の目を向けている。
お前はコイツがついこの間までどんな性格だったか知らないから言えるんだよ!
「マリンさん、やっぱり聖母のように優しいぜ」
「あはは、なにそれ~。キモ~」
相変わらずエドガーに
なんでこうなるんだ……。
◇ ◇ ◇
「皇国まで遠足ですの?」
「うん……。まぁ、そう……。すげぇ気乗りしないけど」
夜、寝巻に着替えたセレスとベッドに座ってフェルディナンたちのことを話した。
すると、セレスはその魅惑的な唇に人差し指を当てて考える。
「なるほど、遠足ついでにリースさんを探す……。面白そうですわね」
言うと思った。あと、その『ついで』が目的なんだけど、その上で魔獣の一匹でも狩ってやろうかなとか絶対考えてる。
できれば否定してほしかったが、セレスは現在、娯楽に飢えている状態だ。
女子生徒たちとのお茶会は楽しいようだが、セレスにとって最上の喜びは戦うことにある。
「皇国領には行ったことがありませんの。お弁当を用意して、景色の良いところを探してそこでお食事をしましょう? 貴方様?」
セレスはもう完全にピクニックの気分だ。
けれどドールに乗って遠出するだけでも、セレスのストレス解消にはなるかもしれない。
行って、リースの捜索はフェルディナンに任せておけばいいのだ。
どうせ見つからない。この広い世界で人探しをするというのが無理難題なのである。
一度付き合えばフェルディナンもさすがに諦めるだろう。
ドールで戦うような魔獣だってそこらへんに闊歩しているわけじゃない。
平和な気晴らし……そう思っていた自分が甘かったのを、俺はそのときになって悟るのだった。
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