第30話 あたしの幸せ

「お、おはようござます! セレスティア様!」

「おはようございます」

「せ、セレスティア様! ごきげんよう!」

「ええ、ごきげんよう。今日もいい天気ですわね」


 宿舎から校舎までの道のり、ゆっくりと歩くセレスを追い越す生徒たちが口々に挨拶をしてくる。

 俺はそんなセレスの背中を見ていると、隣を歩くルーシーが俺に囁いてきた。


「すごい手のひら返しですね」

「それな」

「良いではありませんか。私も最近はお茶会で忙しいですけれど、お屋敷の中で閉じこもっていては聞けない話ばかりで楽しいですわ」


 聞こえていたのか、セレスは振り向いて微笑んでくる。

 

 決闘のあと……というより、世論操作のあとからだろうか。

 セレスと接点を持とうとする生徒が爆発的に増えた。

 それはルーシーも同じようで、クラスで話しかけられているのを度々目にしている。


 序列一位と四位に勝ってしまったおかげで、なんと俺たちの序列は入れ替わりで一位となった。決闘の内容も合わせてか、ルーシーも四位である。

 

 一方で、フェルディナンは決闘のときに高々に偉そうなことを言っておきながら負けたのが響いたのか、相当に序列と人気を急落させていた。

 リースに至っては学校を休んでいるらしい。というか、学校にいないらしい。何かまた企んでいるのかもしれない。


「アタシなんて従者にしてくれっていう男子生徒ばっかですよ。もうエリィがいるっていうのに。乗ってやってもいいぞなんて、上から来るやつもいて困っちゃいます」

「あー……お前の場合はそういう感じか」

「そういうグレンさんはどうなんですか?」

「……モテるかと思ったけどそうでもない」


 新聞でも推されていたのは主にセレスだ。騎士であるのが俺だとはいえ、元の【凶兆の紅い瞳】という触れ込みからのギャップで人気が出たのが大きいのだろう。

 俺といえばクラスで雑談をする友人が何人か出来たことだろうか。

 さすがにセレスの威光がある中で、自分を従者にしてほしいなんていう命知らずはいなかった。

 

 というより――。

 

「あら、モテたいんですの? 貴方様?」

「とんでもございません!!」


 ――こんな感じである。モテたところで逆に俺の命の方が危ない。

 

「よう、兄貴!」

 

 と、そこに爽やかな笑顔でエドガーが登場した。


 ……え? 兄貴?


 俺が周囲を見渡してもそれらしい人物はいない。

 それに気づいたのか、エドガーが肩を叩いてくる。


「マリンさんの兄貴だからな! 今日から俺も兄貴と呼ばせてくれ!」

「断る!」

「照れるなよ!」


 照れてねぇよ!? 誰がお前みたいな脳みそまで筋肉で出来てそうなやつに兄貴呼ばわりされて喜ぶんだ!?


「あ、あの、グレンさん」


 そこへ後ろに控えていたエリィが前に出てきて何やら顔を赤らめていた。

 なに? と待ち受けていると、目を瞑ってちょっとした大声で言う。


「ルクレツィア様がセレス様を敬うように、私も呼んでいいですか?」

「え? なんて?」

「え、えっと――」


 エリィはちょっと小首を傾げたる。

 そして、思いついたように言った。


「お、お兄様……?」


 ズキュゥゥゥン、と俺のハートを何かが貫いた。


「う、ぐあぁ……!」


 さすがは正ヒロイン、めちゃくちゃ可愛い。上目遣いでお兄様呼ばわりとはやるじゃねぇか……!


「……貴方様?」

「は、はい?」

「今、何か胸を押さえていましたけれど、何かございまして?」

「い、いいえ! とんでもございません!」

「何を狼狽えていらっしゃるのですか? 少しお話をしなければならないようですわね?」


 痛い痛い! 耳を引っ張らないで! ちぎれちゃう!


「おいおい、朝からイチャつきすぎだぜ。兄貴」

「グレンさん、一応、学校内なんで風紀は守ってもらわないと……」


 お前らもちょっとは止めてくれよ!?


 いつの間にかに色んなキャラに囲まれている。

 ついこの間まで田舎で技師をやっていた俺には想像もつかない未来だ。

 

 この後の未来なんてもっと想像がつかない。


 そこできっと、またこの嫉妬深い悪女が何かをやらかしてくれるのだろう。

 けれど、それが俺の運命なのかもしれない。それを面白そうと俺は思ってしまうのかもしれない。

 

 でもそれでも構わない。もう腹は括っている。

 

 それが、隠しボスのご令嬢にロックオンされた――元底辺エンジニアの俺の物語なら。



 ◇   ◇   ◇



 ――くそくそくそくそっ! どうしてこうなるのよ!? なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないのよ!?


 【リース・レイ・セルネリール】――リースは、今、学校を休んでまである場所に来ていた。


 王国内にある、まだ他の誰にも見つかっていない巨大な遺跡だ。

 重い探索用の装備一式を持って、はびこる魔物を避けて、その奥へと進む。


 ――あの主人公が全然弱いからフェルディナンに乗り換えたのに! なんなのよ、あの黒いドールは!? あんなのゲームになかったじゃない!


 リースは転生者であった。

 

 前世で彼氏に勧められてやったロボットゲーム。気乗りはしなかったが、いざやってみると中々面白く、気がつけば時間を忘れて夢中になっていた。

 自分でも自負するほどの完璧主義のリースは、最初から攻略サイトを見つつ、全面クリア、トロフィー獲得を目指してプレイしていた。だが、その途中、リースは事故にあって死亡することになった。


 終盤や中盤の知識は曖昧だ。だが序盤のデータは完璧に頭に入っている。


 だからこそ、主人公には高機能なブースターを見つけてあげたというのに、いざ帝国でちょっと活躍したという騎士に決闘を申し込んだら惨敗した。

 

 それによりリースは主人公を見限った。

 希少なパーツを取り付けてもあんな様ではこれ以上の強さにはならないと思ったからである。

 

 それ故に強キャラで、なおかつ取り込みやすいフェルディナンにすり寄って、この世界の主人公に自分がなろうと思った。

 だが、後からわざわざ学校にあの黒いドールに乗る騎士が来て、決闘にまで横やりを入れられたのだ。

 その結果、苦労して装備させた独立飛行ユニットを使ってまで戦った決闘でまたしても敗北した。

 

 なにもかも上手くいかない。自分は完璧な、理想の人生を思い描いて行動してきたというのに。


 ――全部、あの【凶兆の紅い瞳】だとかいう女と、ボケっとしたモブみたいな騎士のせいよ!


 こうなったら、リースに残る手は一つだった。

 それは自分自身がドールの騎士になること。そうすればこちらは従者を選びたい放題だ。

 今はそれを目指して危険な遺跡を探索している。

 

 ――あたしの足を引っ張るやつはみんな邪魔なのよ!


 ヘルメットにつけられたライトを頼りに、謎にSFチックな遺跡内部でガラクタの山を掻き分けて進んだ。

 だが、そのとき、足元で嫌な感触がする。


「えっ……」

 

 ベキッという音と共に底が抜ける感覚。確かだった地面が消え、浮遊感に襲われた。


「きゃあああっ!? ――あ痛たっ!」


 幸いにも底が抜けた先は滑り台のようになだらかで、お尻をちょっとぶつけただけで済んだ。

 デフォルメされたゲームのマップとは違い、現実の遺跡は迷路のようになっている。


 ただ、そこに何があるのかはゲームと同じだとこれまでの経験からわかっていた。


 リースは滑り落ちた先を見回す。


「あっ……!」

 

 すると、奥にほんの少しだけ日の光の射しこんだ場所を見つけた。

 そこに、見覚えのある形状のものを見つけて走り出す。


 そこは雨水か地下水が湧き出ているのか、下は水たまりになっていたが、ブーツに水が入り込むのも構わず、リースは草やガラクタを掻き分けて進む。


 それは人型だった。


 壁に背中を預けて座り込み、朽ち果てた巨大な少女――ドールだ。

 リースはそれに駆け寄って、腰によじ登り、胸の辺りに取りついた。


 そして、その装甲をガンガンと叩いて叫ぶ。


「見つけた! ねぇ! 見つけたわよ! あたしのドール! 反応してよ! お願いよ!」


 だが、ドールは反応しない。

 リースは歯を食いしばって、それでも諦めきれなかった。


「あんたが必要なのよ! あたしを乗せてよ! あたしを選んでよ! あたし――生かしてよぉぉぉぉ!」


 叫んで、リースが手から出血するのも構わず装甲を叩いたとき――ブゥンと音がして足元が振動する。

 上を見ると、閉じていたはずの目が開き、その白い瞳には光が灯っていた。


「や、やった……! あたしのドール! あたしの幸せ……! これで、これであたしの邪魔をするやつは全部……!」


 リースはその顔に両手を差し伸べて、「あははははは!」と歓喜の声を上げる。

 

 そんなリースを、ドールの青い瞳は無機質に見下ろしてくるのだった。

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●作者からのお願い●

これにて第一章は完結となります!


引き続き第二章も執筆中です!


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今後の執筆の参考にさせて頂きますので、どうかよろしくお願い致します!

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