第29話 飛び込む場所は同じ
「王国の若き女騎士、帝国から来た因縁の相手との共闘により雪辱を見事晴らす……ってめちゃくちゃカッコよく書かれてますやん。ルーシーのこの写真、どこで撮ったん? めっちゃキリッとしてるんやけど……」
「なんか変な喋り方になってるよ、お兄」
日の傾いた時間の自室。
今はここにセレスはいない。なんだか決闘を見た生徒からお茶会に誘われたとかで出かけている。
なので俺はベッドに転がりながら校長からもらった新聞を眺めていた。
それはもうデカデカとした文字で英雄的な謳い文句が羅列され、【ペルラネラ】と【オリフラム】の並ぶ写真なども掲載されている。
逆にフェルディナンの【イルグリジオ】をガラクタにしたことは小さくこっそり書かれており、エドガーとリオネルに至っては名前すら出ていない。
潔いくらいの世論操作の記事にため息が出るほどだ。
「マリン、お前も見てみろよ。一応、俺たちのメイドなんだし、いきなりなんか聞かれたら困るだろ」
「ざんねーん。もう見てますー! ていうかこんなの作っちゃった。見て見て」
言いながら差し出してきたのは一冊のノートだ。
ぺらっと一枚めくってみると、新聞の切り抜きが丁寧に、見栄え良く張られている。
前世で言うスクラップブックというやつだ。お前は高校野球部のマネージャーか!
「いるよな……。こういうの作るの好きなやつ……」
俺とは違い、マリンの几帳面なところが存分に発揮されている。
「いいでしょ! え~、でもいきなり取材とかされちゃったら困っちゃうな~。なんて答えよう? 喋り方もキチンとしとかないと駄目だよね? 『お嬢様はとても芯の強いお方でございます……』とか、こんな感じかな!?」
はしゃぎすぎィ!
マリンはもう目がキラキラしていて、完全に英雄の御付きメイドドリームに浸っていた。
そんなマリンに俺は釘を刺すように言う。
「それならジェスティーヌのとこのリナさんを見習えよ。あの人こそ完璧な使用人だろ」
「え? リナっちとは普通にマブダチだよ? 昨日も一緒に買い物に出かけたし」
「はぁ!?」
「紅茶の淹れ方も教わったからお嬢様にも合格って言われたんだ~」
知らなかったそんなこと!?
いつの間にかに交友を深めていたらしい二人に俺は仰天してしまった。
主同士、馬が合うと使用人も仲良くなれる風潮でもあるのか?
俺は思わず腕を組んで首を捻る。
と、そこでトントンとドアを叩く音がして、「はーい」とマリンが返事をした。
そして浅くドアを開けて相手を確認するマリンが、妙な顔になる。
仕方なく俺はベッドから降りてドアに向かうと――。
「よ、よぉ……」
――そこにはエドガーの姿があった。
◇ ◇ ◇
「この度は申し訳ねぇ! お前の妹を悪く言ってすまなかった! これで許してくれ!」
え? なにしてんのコイツ? なんなの? 直線定規並みに真っ直ぐな性格なの?
俺とマリンは顔を見合わせてこれ以上ないほど困惑する。
それもそうだ。
目の前には床に手をついて頭まで擦りつけた、見事なまでの土下座を披露するエドガーの姿があった。
部屋に招き入れるなり、全力の土下座だ。貴族なんだから少しは躊躇してほしい。
確かに決闘の際にはド突き合いながらそんなことを約束させた記憶があるが、こんな惨めな姿を披露しろとまでは言ってない。
「いや、その……もういいから」
「いいや! 俺の気が済まねぇ!」
俺が立ち上がるよう促してもエドガーは姿勢を崩さない。
それどころかマリンに向き直り、再び頭を床に擦りつける。
「本当は貧相だなんて思ってなかったんだ! たまたま目に入ったアンタの瞳が綺麗で、つい目で追っちまった! だから俺はこっそり後をつけて、グレンの使用人だってこともそれで知ったんだ! 決闘を受けたのも、グレンと接点を持ちたくてのことなんだ! これが俺の本心なんだ! だから――!」
「だ、だから……?」
「――俺と付き合ってくれ!」
なにいってんだコイツ!?
じゃあ、なんだ? マリンのことを貧相とか言ったのはある意味、照れ隠しで、本当はお近づきになりたくて俺と決闘したわけ?
俺は突然のことに頭がフラフラしてくる。なんで俺の妹とこの筋肉野郎の間にフラグが立っているの???
とにかく、交際を迫られているのはマリンだ。俺としてはこんな筋肉野郎に妹をやる気はさらさらないが、相手は貴族。しかも確かコイツは子爵家の跡取りだったはずだ。
当然、平民のマリンは正妻にはなれないが、ここまでの入れ込み様なら妾として良い生活ができるかもしれない。
マリンが望むなら友達辺りから始めさせてやってもいい。
俺とエドガーは戸惑うマリンの答えを待つ。
そして、ついにその口が開いて出た言葉は――。
「え、超キモ……」
――めちゃくちゃ
相手は貴族様なんだからもうちょっとこう、手加減というか……。
エドガーはハートを悪い意味でざっくりやられたであろう。その顔をゆっくりと上げる。
きっと俺だったら情けなくて泣いてるだろう。
だが、エドガーから出た言葉は俺の想像の斜め上をいっていた。
「お、おもしれー女……!」
さらに変なフラグが立つ。
お兄ちゃん、もうなんかどうでもよくなってきちゃったな!?
◇ ◇ ◇
その夜、俺はベッドへ横になりながら、セレスの銀髪をなんとなく弄っていた。
本当に綺麗な髪だ。窓から指す月明かりに照らされて、透き通るそれは虹色にも見える。
「ねぇ、貴方様?」
と、そこでセレスが頭の位置を置き直しながら甘えてきた。
返事をする代わりに額へキスすると、「うふふ」と嬉しそうな声が上がる。
「実はエリィを焚きつけたのは私ですの」
「……そんな気はしてた。俺が最初に見たエリィに、あんな勇気があるとは思えなかったし、決闘を申し込んだときの決心がまるで別人みたいだった」
「てっきり私は貴方様が嫌がるかと思ったのですけれど」
「えっ? 嫌がらせ? 嫌がらせでやったの? マジ?」
「私から目を背けた罰になるかと思いまして」
ひでぇ話だ。罰なら頬をつねられたので終わったと思ってたのに、嫉妬深いんだよな。
だが、それがきっかけとして良い方向に向かったとも言える。
「まったく、やってくれるな。でも……」
「でも?」
「俺も焚きつけたんだ。ルーシーのこと」
「じゃあ別々に二人であの子たちを後押ししたんですの? ふふっ、なんてこと……。ドールに乗らなくても私たちは通じ合ってるのですわね」
言いながら、セレスは俺の腕を取って絡ませてくる。
豊満な胸の感触に、少しだけ俺の体温が上がった気がした。
「でも、嫌がらせをしたからって飛び込む場所は同じなんだぞ」
「知っていますわ。だからこそ――」
俺とセレスは顔を見合わせる。その後に続く言葉など、予想するのは簡単だ。
「「――面白い」」
俺たち二人の声が重なって、セレスには珍しく大きな声で笑った。
「うふふふ、それでこそ私の騎士。私のいるべき場所。さぁ、共に踊りましょう? どんな曲目が来るかはまた運命次第……。今度もまたリードしてくださいまして?」
「それは曲目によるな。お前が動いた方が良い場合もあるだろ」
「もうっ、たまには先導してもらいたいという乙女心を理解してくださいまし」
ほんとにそう思ってるぅ?
けれど、存外にドールでの殴り合いはセレスにとって楽しいものだったようだ。
それならば、喧嘩の仕方を教えてくれた両親に感謝するのも悪くない。
ふと、両親の戦いはどんなものだったのだろうか、と再びその背中を思い出しながら、俺はセレスを抱いて眠りにつくのだった。
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