第16話 お前らしくない

「すっげぇな」

「ふふっ、圧倒されていますわよ」

「だってなぁ……」

 

 セレスに笑われながらも、俺は馬車から降り立った目の前の建造物群を見て感嘆する。

 前世での広さの表現に野球場何個分、なんてものがあったが、まさにそれだ。


 王都のド真ん中に建てられたいくつもの建物、運動場にゴーレム用の訓練場、宿舎、そしてそれを囲う外壁。


 もう一つの町といっても過言ではないくらいの規模の敷地を占有しているのが騎士学校だ。


 さすがは王国のエリートが通う学校である。

 生徒は主人公を除けば全員が貴族の子供たちだ。将来はゴーレムやドールに乗って戦場を指揮することを期待されている。


「姐さん! グレンさん! 待ってました!」


 そこに赤い髪の少女が駆け寄ってきた。

 ルーシーだ。


「まさかこんなに早く会えるとは思いませんでした! さっそく学校を案内しますよ!」


 ルーシーは心底嬉しいのか、はしゃぎながらそう言う。

 俺はそんな姿を微笑ましく思いながらも、手で制した。


「待て待て。まずコイツの搬入をしなきゃな」


 俺が親指で指し示した後ろの覆いを見て、ルーシーが「あっ」と声を出す。


 【ペルラネラ】だ。


 他の荷物はマリンや使用人に運ばせればいいものの、こいつだけはそうはいかない。


「ペル。起きろ」

『やっとか、マスター』

 

 腕輪に向かって言うと、ゆっくりと覆いが持ち上がって布の下から巨大な少女の顔をのぞかせた。


「ちょ、ちょちょちょ、マズいですよ、グレンさん! 許可なしに学校の敷地外でドールを動かしちゃ――ってあれ?」

「なんだ?」

「なんで姐さんもここにいるのに動いてるんですか?」


 荷台から降りて立ち上がった【ペルラネラ】を見て、ルーシーが首を傾げる。


「なんでって……勝手に動くだろ」

「動かねぇですよ! 勝手に動かれたら困るでしょ!? あれ!? そういえば前にも自分でジャンプしてきてたような!? なんで!?」


 そうなのか……? てっきり他のドールも同じようなものだと思ってたんだけど。


『マスター、ここは人間用の入口だと判断する。当方の入れる場所を指定してほしい🤔』

「ま、まぁ動くのもあるってことだ。それよかドールの搬入口はどこだ?」

「えー……あぁ、もう! こっちです! 足元に気をつけさせてくださいね!」


 ルーシーは焦った様子で軽快に走り出していった。

 【ペルラネラ】はそれに続いていく。


 俺もそれを追っていこうとすると、校門から出てきた職員と思われる女性に声をかけられた。

 

「アルトレイド辺境伯嬢とその騎士殿とお見受けします」


 言われて、俺とセレスは顔を見合わせた後に頷く。


「アンナ・コンテスティと申します。今回の留学において、お二人の補佐をするよう命を受けております」

「それはそれはご丁寧に。よろしくお願い致しますわ」


 胸に手を当てて頭を垂れる彼女に、セレスはにこやかに応えた。


「まずは宿舎へお手荷物を運び込ませて頂きます。その後、学校内のことについてお話を致します」

「わかりましたわ。では私はお部屋を先に見に行きましょう。貴方様、【ペルラネラ】をお任せしても?」

「ああ」


 そう言って、セレスとは別れ、俺はルーシーの後を追うのだった。



 ◇   ◇   ◇



 学校の格納庫。

 ゴーレムだけでなく何騎かのドールも駐機しているそこを見回しつつ、ルーシーの話に耳を傾けていた。

 

「動く上に喋るんですね……。なんか特別なドールなんじゃないですか? それに比べたらアタシのなんて……」

『性能的には大差はない😤』

「負けたのが余計にヘコむんだけど!?」


 ルーシーとペルがそんな漫才じみた会話をしている間に、黒色の装束のドールが格納庫の隅に収まる。

 そして、その隣には【オリフラム】が立っていた。


 泥だらけになっていた衣装も綺麗になって、しっかりと整備されているようだ。


「あれ? 背中の推進器……」

「あぁ、前にお前のドールからもぎ取っただろ。そのときにペルが解析したんだ」


 言った通り、【ペルラネラ】の背中には【オリフラム】と似た形状のブースターがくっついている。

 どうやらスキャンさえできれば【ペルラネラ】はパーツを自分で構築できるらしい。


 魔力さえ供給すれば修復できるドールならではの便利な機能だ。だが――。


「そんなことできるんですか!?」

「え、できないの?」


 ――横でルーシーが頭を抱えて驚愕する。


「あ、アタシの推進器だって遺跡から見つけたやつを頑張ってくっつけたんですよ!? もぎ取られたときはどうしようかと思いましたもん!」


 声がデカい。よっぽど羨ましいのか地団駄を踏んでいた。


「ま、まぁ、そういうドールもあるってことだ。それになんか姉妹機みたいでいいじゃないか」


 言うと、ルーシーの地団駄が止まる。

 そして【ペルラネラ】と【オリフラム】を交互に見て、ニヘラァ……と顔が溶けた。


「姐さんと姉妹機……! いいですねぇ、それ」


 扱いやすいやつだな!?


 俺が適当に言った言葉に浸るルーシーは嬉しそうに鼻息を荒くしている。

 だが確かに似た形状の翼のようなブースターを背負っていると、それだけで同型騎に見える。

 

「肩のあれはなんですか? 前はなかったですよね?」


 と、ルーシーが不思議そうに【ペルラネラ】を指差した。

 その先には【ペルラネラ】の左肩に装備されたやや大きめのアーマーがあった。


「武器と一緒に出土したやつをつけたんだ。増加装甲だ」

「あんなのつけて重くないんですか?」

「スタビライザーも兼ねてるんだよ。それにあんな程度でドールの機動性が落ちちゃ困る。お前は速さにこだわりすぎだ」

 

 言うと、むーっとルーシーが口を尖らせた。

 

「速さは【オリフラム】の長所ですもん」

「前はそれに振り回されてコケたんだろうが」


 確かに素の状態の【オリフラム】は機動性が高い。

 だが、それは逆にいえば手数の少なさを表している。


 きっとブースターを手に入れたことで、速さこそ武器だとルーシーは思い込んでしまっているのだろう。

 【オリフラム】の最大の長所はその汎用性だ。

 大概のパーツはくっつくという、実は他のドールにはない特性を持っている。


 だからこそ、主人公は積極的に冒険に出かけたり、交友関係を広げたり、はたまた決闘したりして、使えるパーツを増やさなきゃいけないのだ。

 

 けれど、俺がそれを主人公に説くのも憚られる。

 

「そういえば調子はどうだ? あれから少しはやれるようになったか?」


 俺はいったん思考を放棄して、ルーシーを俺は調子づけようと聞いた。

 

 そりゃもちろん! とでも返ってくるかと思いきや――。


「あ……えっと。あはは、相変わらず、ですかね」


 ――ルーシーの顔が曇る。

 頬を掻きつつ目を逸らすルーシーに、俺は首を捻った。


「なんだよ。お前らしくない」

「……なんでもないです! それよりほら、姐さんとこに戻って、一緒に学校を回りましょうよ!」


 俺は取り繕うようなルーシーに手を引かれて、格納庫を後にするのだった。

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