第14話 三度目があった。

 完全に日が落ちる前、赤い夕陽の眩しさに俺は目を細める。

 目の前ではルクレツィアが深々とお辞儀をして、言葉を作っていた。

 

「今回のこと、本当にごめんなさい。アタシがあまりにも考えなしだったばっかりに迷惑をかけました!」

「……ドールでの戦いは遊びじゃないんだ。これからは自分にかかってる責任を考えて行動しろよ」


 俺もこんな風に説教を垂れるほど立派な人生を歩んでいない気がするが、ひとまずそう言って頭を上げさせる。


 ルクレツィアの後ろにはもぎ取られたブースターを両手に抱えた上、土にまみれた酷い惨状のドールが膝をついていた。

 

 名前を【オリフラム】というらしい。知ってる。だって主人公機だもん。

 ゲームではプレイヤーの好みでカスタマイズできる、汎用性に特化した騎体だ。

 

 ただ――ルクレツィアが乗ってきたのはほぼ素の状態と言ってもいい。

 背部のブースターだけが追加装備だが、動きからしてその機動性にルクレツィアは慣れていないようだった。


 こんな状態で隠しボスに挑んでくるとは愚かにもほどがある。


 ……まぁ、隠しボスだと知っているのは俺くらいなものなんだろうけど。


「グレンさん!」

「ん?」

「アタシをかばってくれたこと、許してくれたこと、感謝してます!」

「ああ、まぁ、俺には人をバラバラにする趣味はないからな……」


 俺は頭を掻きつつそう答えると、ルクレツィアは顔を上げる。

 それからセレスの方を向いて、少し表情をこわばらせてルクレツィアは声をかけた。

 

「それからセレスティアさん!」

「なんですの?」

「できれば……その、えっと……」


 なんだか赤面してルクレツィアは言いにくそうだ。

 

「まどろっこしいのは嫌いですわ」

「うっ……! よ、よければ……」

 

 ルクレツィアは意を決して言葉を吐き出す。

 

あねさんと呼ばせてください!」


 

 ずっこけそうになった。

 

 

「あらあら、なんだか懐かれてしまいましたわ」

 

 屋敷で色々と話しているうちにも感じていたことだが、どうやらルクレツィアはセレスに憧れのような感情を抱いてしまったらしい。


 よく自分の両腕を斬り落とそうとした女を尊敬できるな!?


「お二人とも、アタシのこともルーシーと呼んでください!」

 

 俺の方も平民出身だということも話してしまったから、親近感を抱いてくれたのだろう。

 果たして主人公と親しい方が今後に良い方向へと動くのか、判断しかねる。


 だが、口では嫌だと言ったものの悪い気はしない。


「……また会うことがあったらな。ルーシー」

「はい!」

 

 仕方なく了承すると、快活な返事が返ってきた。

 今のところ、ルクレツィアはゲームで見た通りの主人公ではある。

 

 

 けれど、不審な点はある。

 

 

 リースとかいう女の子だ。今も遠くでつまらなそうに小石を蹴っている。

 本来ならばルクレツィアと【オリフラム】に同乗するのは別の女の子――ヒロインのはずだ。

 俺はリースについては見覚えがない。

 先の襲撃とも関連して、この世界は完全にゲームのシナリオ通りに進んでいるわけではないのかもしれない。

 

 とはいえ、ここで首を突っ込みすぎるのも危うそうだ。


 俺はそう判断して、「もう行け」とルーシーの肩に手を置く。


「はい! 行こう、リース!」


 そうして、ルーシーたちは【オリフラム】に乗って帰っていった。

 ちゃんと畑のない場所を踏んでいく辺り、ルーシーの愚直さが出ていると思う。


 その後ろ姿を見ながら、俺はため息をつく。


『また悩みか? マスター😆』

「なんで嬉しそうなんだよ。……いや、ルーシーに行った手前、俺も身の振り方を考えないといけないと思ってな」

『ほう🤔』


 この世界の隠しボス――セレスと歩むことを決めてしまった以上、最悪の場合としてルーシーと再度戦うことになるかもしれない。

 

 ここからはゲームの話だが、隠しボスと戦うには条件がいる。


 それは三つ。


 一つ、仲間にできるキャラを最低限にしておくこと。

 二つ、帝国側のドールの撃破数が一定数を超えていること。

 三つ、その状態でラスボス勢力――悪の組織【ヘリオセント】の高難易度ダンジョンの最深部に到達すること。


 この場合、一つ目と二つ目は正直、俺の手でどうにかできることじゃない。

 

 だが、普通にプレイしていれば達成できない条件でもある。

 

 冒険をしていれば故意に断らない限り仲間は勝手に増えていくし、ドールの撃破数に関しては帝国との戦争が始まってから真の敵が帝国でないとわかるまでの期間で、意図的に稼がなきゃならない。


 そして、三つ目は普通ならば行くことのない、見つけづらい場所に居を構えた【ヘリオセント】の基地だ。


 そう考えると、いずれセレスが【ヘリオセント】に取り込まれる可能性があるということ。

 それがセレスの意志によるものなのかは、隠しボスとの会話がないのでゲームからでは読み取れない。


 俺が【ペルラネラ】に選ばれたことでその未来がなくなってくれれば僥倖ぎょうこうだが……。


「ペル。お前はできれば戦いたくないんだよな」

『肯定😋 当方は争いではなく、人類の繁栄を望む🙆‍♂️』

「また大きく出たな。なんでお前みたいなのがドールに搭載されてるのかわからん」

『同意。実を言うと当方にもそれはわからない🤷‍♂️』


 自分でもわからないのかよ!


 俺は首を捻って頭を掻く。

 結局、今のところ未来はわからず仕舞いだ。


 せめてこっそりルーシーの動向だけでも知ることのできる立ち位置にいられたら楽なんだけどな……。


 そんな俺の悩みは、あっさりと解決されることになる。



 ◇   ◇   ◇



「王国の騎士学校への留学、ですの?」


 聞いた途端、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 屋敷の主であるアルトレイド辺境伯の執務室で、話があると言われて聞いたらこれである。


「ああ、王国からは受けた損害を補って余りある多額の賠償金を受け取ることになった。そして、友好の証として交換留学生という形でお前たちが指名された」

「自軍の騎士を殺した私たちを指名するとは、中々面白いお話ですのね」

「襲撃してきたのはあくまで王国の意志ではなく、どこぞの子爵家の暴走、と聞いている。それが言い訳にならんことも私はわかってはいるが、よほど戦端を開きたくないのだろうよ」


 先のセレスの言葉からして、これは国のトップ同士で決めた和平条件なんだろう。

 てっきり帝国では攻撃を受けたらウキウキで戦争を始めるのかと思っていたがそうでもないらしい。


 じゃあなんでゲームじゃ帝国がいきなり宣戦布告をするんだ?


 と、頭を悩ませていると、辺境伯の顔がこちらに向いた。


「どう思う? グレンよ」

 

 俺の意見なんかどうでもいいだろうに。


 わざわざ聞いてくるのかと思いつつ、ソファに座り直して口を開く。


「ご当主様がそれで納得なさっているのなら問題ありません。ただ、マリンを傍に置いておきたいのですが」

「それならば問題はない。向こうの騎士学校でも使用人の同行が認められている」

「なら、まぁ……」


 いいんだろうか? と俺は隣のセレスを見た。

 俺自身は正直マリンを安全な場所に置いておけるならどこでもいいが、問題はセレスだ。


 

 果たしてこの【凶兆の紅い瞳】は向こうの学校でおとなしくしていられるのだろうか。


 

 いやいやいや、そんなわけない! 絶対に何かやらかす!


「いいか? セレスティアよ。これは和平のための留学だ。それを承知の上で向かってほしい」


 やっぱり辺境伯も同じようなことを案じているようで、釘を刺した。

 それに対してセレスは――。


「うふふっ、わかっておりますわ。お父様」


 絶対わかってない!


「グレン。娘を頼むぞ。……もう一度言う。頼むぞ」


 俺は辺境伯にガシっと肩を掴まれて、二度言われた。


 いざとなったらお前が身を挺して止めろ、という強烈な圧が伝わってくる。


「で、出来る限り頑張ります」

「頼むぞ!」


 三度目があった! もうそんなに不安なら断ればいいのに、と思ったが、もう決定事項なんだろう。


 とにかく、偶然とはいえ、これでルーシーの動向を見ることはできるようになった。

 あとはこの凶兆の紅い瞳のお嬢様が向こうで同級生の首を刎ねたりしない限りは問題ない。


 ……ないよね?


 留学まで一月の猶予がある。

 それまでに王国での礼儀作法でも勉強しておこうかな、と思っていると――。


「ではにも精を出さなければなりませんね? 貴方様?」


 ニタァ、と嫌な笑みを浮かべるセレスの顔がこちらを向いた。


「は、はい……」


 俺はそれに対し、答えつつも冷や汗を流すのだった。

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