第13話 将来の展望

「で? なんで決闘なんかしに来たんだ?」


 屋敷の貴賓室。俺とセレスはテーブルを挟んで座る少女二人に聞く。

 

 片方の少女の方は燃えるような赤い髪を持つ主人公――ルクレツィアだ。左腕にはドールに選ばれた者である証である白い腕輪をしている。

 かのゲームは主人公の性別を選べるのだが、この世界の主人公は女の子らしい。

 平民出身なのでお嬢様というよりかは少年のような性格の子だ。それはゲームを通してすでに理解している。

 

 だが……もう少女の方には見覚えがない。

 ルクレツィアとはお揃いの髪留めをしているが、どう記憶を探っても心当たりがない。


 こんなキャラいたっけ?


 訝しむように少女の方を向いていると、ルクレツィアが言葉を作った。


「り、リースが、ここにちょうどいい相手がいるからって……ね、ね? リース」

「……ふん」


 ちらちらと横にいる少女を見ながらルクレツィアは答える。

 だが、リースというらしい金髪の少女は素知らぬ顔でそっぽを向いていた。


「ちょうどいいって、腕試しに来たってことか?」


 ルクレツィアは気まずそうに小さく頷く。


 何言ってんだコイツ。こちとらラスボスより強い隠しボスやぞ。

 

 もしセレスと同乗しているのが俺じゃなかったら――主人公と知っていなかったら普通に殺されていたかもしれない。

 

 どんなルート選択をしたらそうなるのぉ???


 俺は頭を抱えそうになる。

 

「先日、この領地が王国から攻撃を受けたことは知っていますわよね?」


 横にいるセレスが紅茶のカップを置いて低い声で言った。

 すると、ルクレツィアは目を丸くして驚く。

 

「え!? えっと……知らないです」


 ピキッとセレスの持つカップの持ち手にヒビが入った。


「……聞き方を間違えましたわ。知っていて当然ですわよね?」

「すいません……。知りませんでした……」


 怖い怖い怖い!

 

 セレスから発せられる強烈な殺気に、ルクレツィアは当然として、そっぽを向いているリースまで青白い顔をしている。

 

「今、国家間でその賠償問題を話し合っている途中……。けれど、私はそんなことに興味はありませんの。てっきりそれをブチ壊しに来てくださったと思ったのですが」

「えっ……え、どういうこと、ですか?」


 カップの持ち手を粉々にしながら言うセレスの言葉に、ルクレツィアが狼狽した。

 俺はルクレツィアの困りようを察して言葉を口にする。


「まぁ、つまり戦争にならないよう大人たちが色々やっているところに、お前が問題を起こそうとしたってわけだ。……セレスはそれを期待してたみたいだが、お前の行動次第じゃその話がご破算になるところだった」

「じゃ、じゃあアタシは……一歩間違えてれば戦争を始めてたってこと?」

「そうなるな」


 さーっとルクレツィアの血の気が引いていくのがわかる。

 浮かせた腰を泣きそうな顔で降ろしたルクレツィアは、手を震わせて膝に置いた。

 

 腕試しという理由だけで来た浅はかな考え――それはルクレツィアの若さ故なのだろうと思う。

 しかし、それを聞いてベソをかいているだけマシなのかもしれない。


 自分の愚かさに気づいた証拠でもあるからだ。


 しばらくして、ルクレツィアは勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい! あ、アタシそんなこと知らなくて……! リースは悪くないんです! アタシが悪いんです!」

「あら、どうしてですの? ドールに乗る二人は一蓮托生。故に責任はどちらにもあると思うのですけれど」

「アタシが強いやつと戦いたいからって……そう言いだしたんです! リースは提案してくれただけで……!」


 ふふっ、とセレスは薄く笑ってソファに背中を預ける。


「じゃあ、貴女がその責を受けるということですわね」

「……! はいっ!」


 はっと顔をあげたルクレツィアが強い視線でセレスに応じた。


「では、右と左、どちらからが先でよろしいですの?」

「はぇっ……?」

「腕……」


 俺が頭痛を感じて額に手をやった瞬間、セレスがゆっくりと立ち上がる。


「どちらを腕を先に斬り落とせばよろしくて……?」

「ひえぇ……!?」

「さぁさぁさぁ選んでくださいまし! マリン! 私の剣を!」

「は、はい、今すぐに!」

「マリィィィン! いいから! 持ってこなくていいから! 落ち着いてくれセレスぅぅ!」


 がばっとセレスの細い腰にすがりつくが、「あぁ貴方様! あとで好きにさせてあげますから今は腕を!」などと言って止まらない。

 

「お前ら部屋を出ろ! マリン、どこの部屋でもいいから逃がせ!」

「えっ、でもお兄……」

「ここを血の海にする気か!?」

「い、行こうリース!」

「あははっ! それとも首がよろしくて!? それなら一度で済ませて差し上げますわ!」


 そりゃ首は二本もないからな!?

 

 仕方なく俺はセレスを抱き込んでソファに転がりつつ、ルクレツィアとリースをいったん退室させた。

 セレスといえば口を三日月のようにして笑いながら扉が閉まるまで二人の後を目で追っている。


 その表情はまさに悪魔で、抱きしめる体の心地よさとのギャップに頭が混乱した。


 

 しばらくして、もう落ち着いたと見えるセレスを解放すると、むくれっ面がこちらを向く。


「もうっ。貴方様は優しすぎますわ! 国家間の交渉を無下にしようとした責任は重いといいますのに!」

「いや、さっきのはお前が斬りたかっただけだろ!」


 自分でブチ壊してほしいとか言ってたのを棚に上げて、セレスは正論で殴ってきた。

 

 確かに賠償責任の交渉中に決闘を申し込んできたのはマズい。

 

 だが今回のは正式な決闘の形式でもないし、特に人死にが出たわけでもない。

 勢いで決闘に応じた俺たちにも責任があると思うのだ。


 それを言うと、セレスはけろっとした顔で「ならドールごと殺しておけばよろしかったですわね」なんてのたまう。


「とにかく、あいつはまだガキだ。自分がマズいことをしたってのも理解してる」

「もう片方の女の子は反省している感じではありませんでしたわ」

「あの子のことは俺もよくわからないけど、ルクレツィアが庇ってるんだ。あとは学校を通じて処罰してもらうくらいがちょうどいいだろ」


 必死に説明すると、セレスは俺の首に腕を絡めて体重をかけてきた。

 完全な抱っこ状態で、上目遣いにセレスは言う。


「……貴方様がそこまで言うなら我慢しますわ。ですが」

「なんだ?」


 顔を近づけて一度唇を重ねてから、セレスは続けた。


「私とあの子たち、どっちが大切なんですの?」

「セレスに決まってるだろ」


 即答すると、むくれっ面が少し和らぐ。

 満足したらしいセレスは俺の体から降りてソファに座り直した。


 はぁ、わかってはいたが扱いが難しすぎる……。


「ところで」

「ん?」


 茶菓子を一つ齧ってから不思議そうな顔がこちらに向く。


「どうしてあの二人が騎士学校に属していると知っているのですか?」

「え……。あー、そ、それはだな……」


 やべっ、ボロが出た。

 

 答えに難儀していると、それは思わぬ形で救われる。


『それは当方が収集した情報によるもの😀✋』


 ペルだ。

 俺の左腕に巻かれた腕輪からルクレツィアとリースの個人情報らしきものが表示される。

 

「そうなんですの?」

「あ、ああ、元々ドールに乗る騎士については調べてたんだ」


 見る限りペルの情報は正しそうと判断して、俺はそんな出まかせを言った。

 すると、セレスは嬉しそうな顔を近づけてくる。

 

「では、将来的にどんな敵を相手にするかお調べになっていたのですね?」

「んん……? ま、まぁな」

「ふふっ、最初は国内の騎士を相手にしようと思っていたのですけれど、貴方様の目はもう外にも向いていたのですね」


 そんな風に言ってから「うふふっ、ふふふふふっ」と、セレスはどこか浸っているような顔で笑いをもらした。


 ……一時的にはセーフだが、長期的にみるとアウトな答えだったように思う。あと将来の結婚式場を決めてたかのようなノリで嬉しそうにしないでほしい。


 日が傾き始めた外に顔をやりながら、俺は言動には本当に気をつけようと心に誓うのだった。

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