第26話 鈴奈の異変
それからまた日が過ぎていく。
鈴奈は相も変わらず楽しそうな顔をしているが、流石に悲しみの色を顔に出すことが増えてきた。当たり前だ、悲しくないわけがない。
俺はそれを慰めたい。だが、その方法を俺は知らない。
俺はなんて無力なんだと呟く事が増えてきた。
俺は……俺は……。
そして最後の一週間が来た。この一週間が過ぎれば鈴奈は死ぬ。鈴奈は目に見えて元気だというのに。
まだ俺も実感と言うものがない。
そして、それから一日一日無情にも過ぎていく。
もう一週間しかなかった余命が六日、五日とどんどんと過ぎていく。
まだ、鈴奈の誕生日が終わっても鈴奈が生きているという気がしてしまう。
今からでも、死神なんて言うものは鈴奈の狂言で、そのような事実はなかったと、そう思いたいところだ。
そうしたら鈴奈に対して「何嘘ついてるんだよ」なんて言って笑い話にできるところなのに。
だが、その場合あの時の涙が嘘であることになる。
そんなことがありうるわけがない。くそ、俺には何もできないのか。
俺には鈴奈を楽しませることは出来ても、鈴奈を助けることは出来ない。
鈴奈の死という非科学的な事象に俺が手を出せることはない。
鈴奈は毎日笑っている。だが、その笑顔が段々と悲しいものになっていく事に気付いてしまった。
鈴奈の笑顔も恒久的な物じゃないんだなと気づいた。
それは当たり前のことだ。
悲しい顔になることもあったが、常に笑顔だった。
でも、死の恐怖がある人間が常に笑顔を絶やさない事が出来る訳がない。
それはたとえ鈴奈であったとしてもだ。
段々と恐怖が出てくる。鈴奈を失うという恐怖が。
鈴奈が死んだあと、どうなる。
もう鈴奈とは喋れない、鈴奈のぬくもりを感じられない、鈴奈と遊べない。
ああ、考えただけでつらい。
絶望じゃないか。そんなの。
少なくとも俺は耐えられる気がしない。
ああ、鈴奈、鈴奈。
いや、まだ鈴奈が表経っては悲しんではいない。
今は楽しめばいいじゃないか。
うん。
よし! と、頬はパチンと叩いて家を出る。
今日は金曜日。鈴奈が登校する最後の日。
つまり、相原さんと会う最後の日だ、
「おはよう鈴奈と、町田君」
学校に着くと早速、相原さんが話しかけてくる。
相原さんは余命の件を知らないんだよなと、思う。
今日が生きた鈴奈に会える最後の日だという事も知らない様子だ。
明るい相原さんに対して罪悪感が沸いてしまう。
だが、鈴奈に席に座ってから聞くと、
「言わないで、恵美まで巻き込むことは無いから」
やはり相原さんに自分の死に目は見たくないのだろう。
勿論、死神なんて言う荒唐無稽な存在を認めてくれるわけがないという考えもあるだろうけど。
鈴奈は硬い意思だった。俺が相原さんに伝えたらそれこそ一生許さないというかもしれないくらいに。
だからこそ俺は言うわけには行かない。
その日、色々と不安定な空気だった。
何しろ鈴奈が空回りしてた。
そう、作り笑顔が目立っていたのだ。
鈴奈も本当は自分のことを考えたら余命のことを言いたいのだろうか。でも、相原さんのことを考えたら言うことが出来ない、その板挟みになっているのだろう。
これは、俺が一旦鈴奈の感情を爆発させた方がいいのだろうか。
だが、そのためには鈴奈を一旦人のいないところに連れて行かなければならない。
鈴奈の鳴き声が効かれると、必ず相原さんは気づいてしまう。
鈴奈の秘密について。
だが、今の状態の鈴奈、放っておいたら確実に壊れてしまうことは確かだ。
楽しくないつらい会話をさせるわけには行かない。
「おい、鈴奈」
俺は我慢できずに鈴奈の元へと言った。そして、
「相原さんとだけ話してるのはなんか嫌だ」
と、嘘の理由を告げて去る。
「大丈夫か?」
「……」
鈴奈は答えない。
「心配だったからさ」
「……なんで私を連れだしたの!?」
鈴奈が俺に対して怒鳴る。
「私うまくやれてたでしょ? このままうまく恵美ちゃんと別れを告げようと思ってたのに、なんで邪魔するのよ!!!」
それは心からの叫びだ。
俺はそう思った。
「私は……! 今日は恵美ちゃんと一緒に楽しまなきゃダメなの、だってそれが恵美ちゃんに私ができる唯一の事なんだから」
そう言った鈴奈は涙をぽろぽろと流し始める。
「だってそうじゃない。私は恵美ちゃんに会って学校生活が楽しかった。恵美ちゃんに会って友達ができるようになった。だからこそ、私は学校卒業前に彼女と別れるのが嫌なの。できることなら、何の弊害もなく楽しみたいよ。でも、そんなの今更無理なの。私は恵美ちゃんと別れなきゃならない運命なの。そう思ったら辛いけど、でも、だからこそその気持ちを外に漏らさないように頑張ってきたの」
感情が爆発しているのだろうか、言葉が上手く纏まっていないようだ。
「私は……」
鈴奈は俺の背中に対して拳を振るう。力ない手で。
「我慢してたのに、浩二君が目の前に来ちゃったせいで感情が抑えられなくなったじゃん。どうしてくれるのよ」
鈴奈の力が強くなる。
「これじゃあ、恵美の元に戻れない。だって、絶対赤くなってるもん」
そして鈴奈はその場に崩れ落ち、「トイレ行ってくる」と言ってトイレに向かう。
その次の授業。鈴奈は戻ってこなかった。
相原さんが効いてきたが、「トイレが長引いてるんじゃないのか?」と言い訳しておく。
鈴奈のやつ。まだ気分が戻っていないのか。
だが、仕方がない。鈴奈の心が壊れるよりは、涙を流させる方がいい。
一五分立った。そろそろ戻ってこないと、みんなが不安に思う頃だ。
一旦メールを送る。
(そろそろ落ち着いてきたか?)
二秒で既読が付いた。
(私、死にたくない)
そりゃそうだ。
心も脆くなる。
今までがおかしかったんだ。
この場合、俺はどう慰めてやればいいのだろうか。
まいったな俺には全然わからない。
ただ、放置はよくないという事は間違いないことだ。
(鈴奈、だったら家に帰るか?)
とりあえず送る。
もし鈴奈が帰ると言ったら俺も付き添うつもりだ。
指定校狙いの俺にはあまりこの時期に学校を早退するのはよくないかもしれないが、鈴奈のためだったらやむを得ない。
(帰らない。これ以上恵美に変に思わせたくないんだもん)
そして、その五分後、鈴奈は「ごめんなさい、お花摘みが長引いちゃって」と言って笑顔で帰って来た。
今も辛く悲しいはずなのに、強い人だ。
今日は泣かずに一日を終えるつもりなのだろうか。
その後も鈴奈の姿をじっと見ていたが、本当に異変なんて知らなかったら分からないレベルだ。
だからこそ、帰り道では感情を開放させてあげようと思った、
「はあ、疲れたああああ」
帰り道鈴奈はそう言っててを伸ばした。
「カラオケ行こ!!」
そして一言そう告げ、俺を連れていく。
「私ね、がんばったと思わない? 辛い気持ち押し殺して恵美と笑ったよ。到底笑える精神状態じゃないのにね。もう、今日がほとんど最後みたいなものだったからさ、もう恵美と会えないからさ。てことで、ストレス解消するぞー!!!!」
そしてマイクを握った鈴奈は歌を歌いだす。
それも、おとなしめの歌ではない、Vチューバ―の激しめの曲だ。
それも、かなりの体力を使うような曲だ。
鈴奈がそんな配信を見てた記憶はないのだが。
その鈴奈の歌唱姿を見ていると、本当に今日一日で喉を壊そうとする勢いなんだろうなと思った。
俺はそんな彼女を盛り上げるために手拍子や、合いの手を入れ、鈴奈を全力で鼓舞する。
ああ、楽しいなと思った。
だが、鈴奈にとっては命懸けなのだろう。
ストレスやもやもや、そして死への恐怖を押し殺して、死までの二日を全力で楽しむために。
段々と鈴奈の声がかすれてきた。
だが、鈴奈は歌うのをやめない。
俺も止めない。
止めずに必死に合の手を入れる。
今日の俺は鈴奈を楽しますために存在しているのだから、喉が死ぬかもというくだらない理由で、鈴奈を止めるわけには行かない。
「はあ、楽しかったね!!」
鈴奈はそう笑顔で言った。この笑顔の裏にも辛く悲しい気持ちはあるだろう。
でも、見た感じ、危険水域からは離れたように見える。
逆にだ、俺はカラオケが終わったとたん、また寂しくなった。
鈴奈の死が近づいている気がして。
だが、そんな俺に対して鈴奈は笑って、
「大丈夫だよ。私が死んでもきっとうまくやれるから」
見透かされてる気がした。
そう言う彼女に対して、「はは、そうだな」と、言った。
俺は本心では呑み込んではいないが、俺が悲しむことで鈴奈に悲しい気持ちを思い出させるわけには行かないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます