第27話 最期の日

 最終日。つまり鈴奈の余命の一日前。

 俺たちはまたお泊りをすることになった。市内の安いホテル、所謂ラブホテルと言われるような場所だ。勿論えっちなことをするつもりはない。

 最後の日を二人で過ごすためだ。


「明日が誕生日だな」


 そう鈴奈に言う。誕生日=鈴奈の死亡予定日だ。今日の二十四時に鈴奈は死んでしまう。俺もちゃんと笑顔でいられているのかもわからない。


「そうだね……」


 そう、消えそうな声で鈴奈が言う。今にも死んでしまいそうな声だ。


「やっぱり私怖いよ。もう朝を迎えることもないし、もう、死ぬのって」

「鈴奈」


 そう言って俺は鈴奈をそっと抱きしめた。


「俺は鈴奈じゃないからその心の内は分からない。でもさ、俺は今鈴奈が震えていることはわかる。俺にできることは少ないかもしれないけど、こう、優しくさせてくれ」


 むしろ、俺もこうしてないと不安でどうにでもなりそうだ。


「……うん」

「俺は悔しいよ。お前が今日死ぬことになってさ。お前の身代わりになってやりたい気持ちだ」

「気持ちだけでうれしいよ。ありがとう」

「……おう」


 そんな気まずい雰囲気になる。俺は鈴奈を慰めたい。だが、空気が悪い。俺にはどうすることもできないのだろうか……。

 この前みたいに歌でも歌うか?

 サッカーでも見るか?

 どうしたらいいのか俺には一切合切分からない。


「ねえ」

「ん?」

「私さ、こんな暗い空気嫌だ。ゲームしよう!」

「え?」

「だってさ、私も嫌だよ。こんな無垢な一日過ごすんだったら、無いのと同じじゃない。だからやろ?」

「……おう」


 そして俺はゲーム機を取る。

 確かにそれもそうだ。

 泣きながら過ごしてたのだったら、ただストレスが溜まるだけだ。


 そしてバトルゲームをやるが、どうにも落ち着かない。鈴奈がもう少しで死んでしまう、その恐怖感が俺を襲う。失うのが怖い、その気持ちで、ゲームでミスを繰り返してしまっている。

「もう、ミスらないでよ」と、鈴奈が怒る。

「ごめんごめん」と謝るが、これも上手く返せているのかわからない。


 俺は鈴奈を楽しませられてない。その事実を痛感する。平常心でやりたい。くそ、これだったら相原さんを呼べばよかったとでも言われそうだ。

 勿論鈴奈は相原さんには何も伝えてないのだから、そんな並行世界は無いのだけれども。


 だけど、少し経ったら結構ハマってしまって、気分よくやった。まあ、最期のゲームが楽しく無く終わっていいはずがないからな。


 それからゲームに飽き、サッカーを見ることにした。

 鈴奈はあれからもサッカーをそこそこ見ていた。

 サッカーを見るとは言っても今リアルタイムでやってるわけでは無い。

 昨日の試合の録画みたいなものだ。

 俺たちは結果を知らない。

 面白いものになりそうだ。


 そして一〇〇分間試合を見終わると、


 そしてついに死の十分前になった、なってしまった。


「怖いよ」


 そう、鈴奈は俺に抱き着く。

 しっかりと。俺の顔が紅潮している感じがするが、今はそんな場合じゃない。


「私、浩二君ともっといろんなことをしたかった、浩二君と一緒に並んですごしていたかった」

「それは俺もだ」


 ここで鈴奈と一緒にいれる未来が無くなるのが嫌だ。


「私ね、子ども欲しかったなあ。子育てをするの。私が必死で子供を育てて、浩二君が働くの。でも、私もせっかくだから働いてみたいし、子どもを育てながらでもできる仕事を探す。本当こんな生活、……してみたかったなあ」

「……鈴奈」


 俺も同じ気持ちだ。

 たったの四カ月、だが俺にとって一番濃い四カ月だった。


「ねえ、浩二君。キスしていい?」

「キス?」

「うん。死ぬ前にキスがしたい。勿論口付けね。だって……今まで恥ずかしくて口まではしてなかったからさ」

「……そうだな。しよう」


 恥ずかしい行為だ。

 キスシーンなんて今でも見るだけで恥ずかしいと思ってしまう。

 ただ、俺も恥ずかしい感情なんて押し殺して鈴奈とキスがしたい。


「うん!」


 そして俺たちは唇を互いの唇にくっつける。不思議な感触だ。俺たちがつながっているような不思議な感じがする。

 なんだろう。これは俺のファーストキスであり、恐らく鈴奈のファーストキスでもある。

 確かにいい感触がするが、できることなら、鈴奈とこれからもこういう行為がしたかったな。


「ありがとうね。キスを受けてくれて」

「それはこっちのセリフだ。ありがとう」

「うん。……あ、もう死まで二分もないや。不思議だね、私もう少ししたらこの世からいなくなるんだよ」

「そうだなあ」


 人の死なんて見たことがない。

 ニュースで殺人事件などのニュースが流れても、他人事にしか思えなかった。

 なのに、今一番大切な人が死ぬ。


「私、死にたくないけど、もう諦めがついてきた気がする。今まで楽しかったよ」

「おう」


 俺はあきらめがついてない。

 諦めたくないんだよ。


「ありがとうね。今まで」

「こちらこそありがとう」

「最後に言い残すことはないか?」

「大丈夫。全てこのノートに書いてあるから。ちゃんと見てよね」


 それは所謂鈴奈の遺書みたいなものだ。


「分かってるって」

「じゃあ、カウントダウンしよう!!! 十,九,八,」


 鈴奈はそう時計を見ながら言う。


「お、おい」

「六,五,」


 やれやれ。自分の死のカウントダウンなんて、強すぎだろ。

 一応誕生日のカウントダウンでもあるが、もはやそう言う気にはなれない。

 ただ、


「「四,三、二,一,」」

「〇!」


 その瞬間鈴奈はジャンプし、そして空中で心臓が止まったのか、そのまま地面に倒れこんでしまった。彼女の胸に手をやる。もう心臓は動いていなかった。


 そんな鈴奈に俺は……


「ハッピーバースデーテューユーハッピーバースデーテューユーハッピーバースデーディア鈴奈……ハッピーバースデーテューユー。お誕生日おめでとう」


 鈴奈の死体の前で誕生日ソングを歌った。

 誕生日を祝わいたいから。

 今日が鈴奈の誕生日であるという事を胸に刻みたいから。


 そして、歌い終わるとすぐに救急車を呼んだ。

 電話越しでの医者の指示通り、心臓マッサージをしていると、


「町田浩二」


 と言われ、別の空間に意識を持っていかれた。

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