第25話 メイド

 そうして、夏休みが空ける。

 そして始まるのは文化祭の準備だ。

 今年はメイド執事カフェをやる事が決まっている。

 だが、文化祭は鈴奈の死亡予定日である鈴奈の誕生日の後だ。

 つまり、鈴奈はいくら準備を頑張ったとしても。もう文化祭を楽しめないのだ。



 早速メイド服のための採寸が始まる。


「私はどうせ死ぬから採寸する意味もないのにねー」


 そう、採寸場に行く前に鈴奈はそう呟いた。


「でも、浩二君にメイド服見せるために測ってくるよ。どうせ本番前に着るでしょ」


 そう言って入っていく。

 はあ、殊勝なことだ。


 まあ、鈴奈のメイド服姿。確かに興味がある。

 どんな感じなのだろうかとか、かなり妄想が広がっていくのだ。


 だが、見られるのは今日ではないのだが。



 多分、後日鈴奈のメイド服姿を実際に見たら一緒に回りたかったと、残念に思うのだろうか。

 そう思うと、少し不思議な感覚だ。

 こうしている間にも鈴奈の死が近づいている。

 それをまさに俺は恐れている。

 今や俺には無しで生きられるのかすらわからない。

 もう鈴奈が死ぬまで三週間を切った。


 三週間後の今には鈴奈はこの世にいない。

 そう、三週間後の日曜日に鈴奈は命を落とすのだ。


 そのような暗い事を考えていると、鈴奈が戻ってきた。


「ねえ、浩二君。私太ってきてるみたい」


 そう言う鈴奈の腹をちらっと見る。確かに少しぽっちゃりとしてきている。

 ただ、最近の鈴奈の食生活を見ていると仕方ないと思える。

 学校とかでもお昼ご飯に結構ファストフードでテイクアウトしたハンバーガーとかを持ってきてるし。


「ねえ、お腹じっと見てない?」


 ぎくっ、ばれてしまった。


「ま、いいよ。浩二君なら許す」


 そう言った鈴奈に対して「ありがとう?」と疑問形で返した。


「えへへ、嬉しいのねえ」

「ああ……、――ん? 先にお腹を見るように仕向けたのそっちだろうが、そもそもお腹めくってるし」


 今鈴奈はおへそを見せるように制服のボタンを開けている。

 さっきまでシリアスなことを考えていた事が急に馬鹿らしくなってきた。


「へへへ、今度はメイド服もめくってあげようか?」

「いや、それは無理だろ」


 メイド服は完全に服とスカートが合体している。

 それをするならパンチラの方がまだ現実味がある。


「まあ、それはその日のお楽しみだね。なんなら、お小遣いで買ってもいいんだよ?」

「お小遣いって……」


 だが、鈴奈なら本当にやりかねないのが怖いところだ。

 死ぬ前の思い出造りみたいな形で。


 そもそも思い出作りにイギリスにまで行った女だし。


「ま、それは学校で着てからのお楽しみだねえ」

「だな」

「でも、文化祭で着れないわけだし、買ってみようとは思うけど」



 買うんかい。


 ★★★★★


 そして、二週間後、文化祭の準備は大詰めになってきた。


 店の飾りつけや、チラシ、パンフレットなどを刷ったりなど、色々と準備が進む。

 当日参加できない鈴奈も必死に準備に取り組んでいる。

 なぜかと聞けば、「私は本番力を貸せないからね、罪悪感からなるものなんだよ」と言っていた。

 普通、参加できないなら準備はサボると思うのたが、鈴奈にとっては違う物なのだろうか。


 鈴奈は色々とお調子者だが、基本は優しい性格だ。

 だから、そう思えるんだろうなと思う。


 実際今この場にいるのは一七人。過半数もいないのだから。

 そのほかの人は部活やバイト、そして塾を理由にサボっているのだ。


 そして、準備が整った時、俺たちは一気にメイド(執事)服を着る。


 鈴奈のメイド服を見た瞬間、まず思ったことは可愛いという事だ。

 他のメイドも可愛いが、鈴奈はとびきりだった。


「鈴奈可愛いな」


 俺は鈴奈にそう言った。


「ふふ、でしょうね」


 どや顔だ。正直ムカつく。だが、こんなのでも鈴奈の余命はもう一週間だ。

 そんなどや顔もあと一週間しか見れないと考えたら、うざい顔もかわいく感じる。


「ちょっと、町田君。私はどう?」


 相原さんだ。短髪な彼女は長髪の鈴奈ほどは似合っていない。

 というか、メイド服の相性悪くねえか?

 俺がそんなことを頭で巡らせていると、



「似合ってない」


 鈴奈が言った。


「ひどくない?」

「だって、私の方が似合ってるし。ねえ、浩二君」

「ああ、ひどい」

「二人とも酷い……」


 そう言って口を尖らせる相原さん。

 俺が鈴奈と友達になる前もこういう光景は何度も見てきた。

 だが、一週間後にそれも打ち切りだ。


「すだ、浩二君。今日鍵貰っていい?」


 耳打ちされた。俺としては何の問題もないが、どうしたのだろうか。


 ★★★★★



「じゃあ、私たちのメイドカフェをしましょう!!!」


 俺の家に来た鈴奈が見るからに臭い演技で拍手をしながらそう叫んだ。

 鈴奈はやはり親にばれないように、メイド服を買っていた。そして、そのメイド服を着て家まで来たのだ。


「それにしても、メイドカフェって何をやるんだ?」

「決まってるじゃん。慰安だよ慰安」

「それを言ったら、なんとなくR18の感じがするんだよ」

「え? 何期待してるの? 流石にエッチはしないよ。だって、死ぬ前に子供出来たら困るでしょ。私がするのはせいぜい夢を見せるだけだよ。それに慰安って、慰安旅行とか言うでしょ? もともと変な意味じゃないんだって」


 確かに、そう考えたらエッチなワードではないか。


 そしてオムライスを持ってきた鈴奈。


 オムライスは今回の文化祭にあるメニューであり、メイドカフェ定番の料理だ。


「じゃあ、行くねー。美味しくなーれ、美味しくなーれ!!!!!」


 そう言ってオムライスにケチャップをかけていく。


「じゃ、ご主人様、遠慮なく食べてくださいね」


 そうにっこりという鈴奈の顔には笑顔が張り付いていた。

 鈴奈楽しそうだな。



 実際に食べるとおいしかった。

 メイド服姿で作ってる鈴奈の顔を動画で見ながら。どうやら鈴奈曰く、生産者の顔を見ながらの方が楽しいでしょ?

 という事らしい。

 普通そう言うのは農家とかな気がするんだが。



 まあ今の鈴奈が可愛いメイドさんであることは認めている。

 そんな鈴奈の作った料理だ。

 今まで食べたオムライスの中で一番おいしい。


「どうですか? ご・しゅ・じん・さま?」

「ああ、美味しいよ……」


 ただ、こんなにも顔を近づけている鈴奈の前でそう言うのは軽く屈辱なのだが。


「ま、美味しいよね。この私が作ったんだから」


 本日二度目のどや顔。

 ムカつく。

 可愛いけど。


 そして、ご飯を食べ終わった後、待っているのはメイドさんの膝枕だった。


「気落ちがいいですか?」


 鈴奈が身も下でささやく。


「ご・しゅ・じん・さま?」


 それ好きすぎだろ。

 ただ少し癪なところがあるが、本当にメイドさんの膝枕は気持ちがいい。

 いつの間にか俺は意識を手放していた。

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