第5話 異世界でバトル

 俺は激しいバトルから逃げるように部屋から飛び出した。廊下には「こっち!」と手招きする、笑顔の牧田翡翠が待っていた。

 なんか野木美月と牧田翡翠って、最高の組み合わせなんじゃないか?


 牧田翡翠が入ったその部屋には、壁一面びっしりと小さな引き出しがあった。不思議なのはその引き出しには、取っ手がついていないことだった。

 どうやって開けるんだ?


 牧田翡翠は引き出しをじっと見た。視線にあわせて、引き出しが軽く動いた。

 何やってるんだ? 魔法か? それとも念力か?

 「あった」

 その声と同時に、ポンと引き出しが一つ開いた。


 家から飛び出すと、後ろから何かが追いかけてきた。

 振り返って血の気が引いた。


 「王三郎の犬達だ」

 軽く言うが、あれが犬か? 牛サイズなんだが。

 しかも、怖い顔してるし。

 口から涎垂れまくってるし。


 「あの部屋から物を盗ると、自動的に追いかけてくるんだよ」

 おい牧田翡翠。なんでそんな怖いことを笑顔で言えるんだ?


 牧田翡翠が突然飛び上がった。


 え? 三メートル超えてない?

 ワールドレコード超えたよ?


 そのままふわりと枝に着地した。


 「トド君も来て!」

 「無理だ!」

 「猫化してるから大丈夫。体操やってたし」

 猫化で変わったのは、体毛だけじゃないの?

 それよりそれより、どうして俺が体操経験者だって知ってるんだ?


 考えている暇はなかった。

 怖くて大きくて牙が凄い犬達が、すぐそこまで来ていた。


 俺は三メートル上の枝をめがけて飛んだ。


 すっごい飛んだ。


 なにこれ、この跳躍、そして解放感。


 枝にぶら下がる俺の下に怖い犬達が集まり、一斉に吠えた。

 このままだといつか犬達に捕まる。枝に登らなくては。

 俺の広背筋、上腕二頭筋、三頭筋、大胸筋、とにかく全部の筋肉頑張れ。

 牧田翡翠に良いところ見せろ!


 「できたね」

 牧田翡翠が俺の隣りに飛び移って来た。

 枝が揺れて、あわてて幹にしがみついた。


 それにしても、ドキドキが治まらない俺とは、段違いの跳躍力だった。

 重力を味方に付けてるみたいだ。


 牧田翡翠に渡されたのは、小さな包み紙だった。

 「この薬、飲んで。猫化止まるから」

 「でも昨日の葉っぱで」

 「あれだけじゃダメなの。説明は後でするよ」

 牧田翡翠は小さな水筒を差し出した。


 ごっくん


 「よかった」

 牧田翡翠の顔に、ほっとしたような笑顔が広がった。

 もしかしたら、俺より心配してくれてた?


 「でも猫化が止まると、ここから降りれなくなるんじゃない?」

 「そんな急に効かないから大丈夫だよ」


 木の下ではまだ怖い犬達が吠えていたが、突然吠えるのを止めて引き返した。

 「終わったんだ」

 「なにが?」

 「美月ちゃんと王三郎の戦い」


 牧田翡翠がぽーんと飛び降りた。

 地上から招くので、俺もまねして飛び降りた。


 すごい、癖になるこの跳躍力。俺の身体にバネが入ったみたい。


 「ねえ、バク転見せて」


 牧田翡翠のおねだりは、俺のパワーを全開にした。

 俺史上最高の、ひねりがくるくる入ったワールドレコードばりのバク転、披露させていただきました。


 拍手が気持ちいいー!




 「つまり最初に飲んだのは僕の薬じゃなくて、アースメントだったわけだ」

 オーサブローが苦々しい顔で呟いた。


 後から聞いた解説によると、アースメントの葉っぱは一時的に獣化を止める、民間治療の薬なんだそうだ。

 けっこう険しい崖にしか生えていないので、入手困難。


 牧田翡翠の擦り傷は、そのせいだったのか。

 二人とも俺の恩人だ。このご恩は一生忘れないでおこう。


 それにしても、ここでは民間治療薬があるくらい、獣化はよくあることなのか。

 今更だけど、二人が「あっち」っていうここは、異世界でいいのかな?


 野木美月が言った。

 「とりあえず獣化を一時的に止めないと、どうなるか分からないだろ。手前てめーはこいつに興味津々だったから、簡単に薬を提供してくれないと思ったし」

 「でも最終的に僕の薬を盗んだ」

 「当然だろう? お前の薬が一番効くし副作用の心配もない」


 オーサブローがそっぽ向いた。気のせいか、照れてるように見えた。

 確かにこの手の男はプライドをくすぐられると弱そうだ。

 野木美月、オーサブローの扱いが上手い。


 それにしても……


 俺は部屋の中を見渡した。何とも派手にやったもんだ。

 最高級マットレスに、穿ったような穴が幾つも空いている。

 間違いなく二人はお互いを殺す勢いで、やり合ったんだ。部屋の中が壊滅的なことになっている。


 「トド君、薬飲んだ?」

 「飲みました」

 「そっか……」

 オーサブローは額に手を押しあて、本当に残念そうに頭を振った。

 俺はそんなにオーサブローを魅了していたのか。


 「あの匂い、蠱惑的だった。おまけに治癒力もあるから、もっといろいろ調べたかった」

 「お前は夢中になると切り刻むだろ?」

 俺は野木美月の言葉に震え上がった。本当に危ないところだったんだ。


 「おまけに、飛翔族だし」

 「飛翔族?」

 「翡翠みたいに飛べるやつのこと」

 「トドくんは僕の同類だってすぐに分かった」


 牧田翡翠は本当に嬉しそうな顔をしていた。そういえば犬から逃げ回っている時も、本当に楽しそうだった。


 「本当に、逸材だったのに」

 オーサブローが残念そうに呟いた



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