第9話 ボーリング

 俺の秘策とはまさに俺の姉を使う事だ。俺の姉は今大学二年生で、俺の女装趣味を唯一知っている人間だ。


 経緯は簡単な話だ。俺がドアの鍵を閉め忘れていた時に、姉が入ってきたのだ。その時に、即ばれした。

 だが、姉は俺をとがめることもなく、そこまで馬鹿にすることもなく(最初は大爆笑していたが)、俺のこの特殊な趣味を認めてくれたのだ。

 俺の、両親にばらしてほしくないという願いも聞き入れてくれて。

 それから、女装関係の困りごとがある時は必ず姉に相談しているのだ。


 という訳で、姉ちゃんに電話をかける。


「もしもし姉ちゃん、少し頼みたいことがあるんだが」

(何? もしかして女装関係のこと?)

「感が良いな。まさにそのことだ」

(それでどうしたの?)

「俺は今、クラスメイトの女子と、偽名で会っているんだ」

「え? 何面白そうな事やってるの? それでばれたの? ばれちゃったの?」

「なんで、ノリノリなんだ……ともかくそれは置いといて、今度俺と修平と、その子と、俺の女装姿……朱里の四人で出かけることになったんだ」

「……変な事やってるね。もう奏が私に頼みたいこと分かったよ。私にその朱里を演じろって言うんでしょ」

「流石姉ちゃん、ありがとう。じゃあ、メールで詳細送っておくよ」

「はいはい」


 そして俺は姉ちゃんに、詳細情報を送った。朱里の好きな物、嫌いな物、趣味、特技、などなどの女装する時に決めた細かい設定を。


 ……これは後で姉ちゃんに何か奢らなければならないな。


 そして勝負の土曜日が来た。今日は俺と修平と高橋さんと、姉ちゃんとのお出かけだ。マジで、姉ちゃんがしくじった時点で、俺の精神的死が確定するから、マジで姉ちゃん頼む。



「なあ、お前は朱里さんに会ったことなかったよな」

「ああ、楽しみだ」


 まあ、朱里に初めて会うというのは事実だな、勿論朱里(姉ちゃんバージョン)に会うのは初めてなわけだし。

 そして今日会う予定の場所は、ボウリング場だ。カラオケは朱里が嫌だと言ってるからというのもあるし、ショッピングモールは修平が楽しくないし。カフェも修平が楽しくない。そうなれば、ボウリングしかない。しかも、その中にはゲームセンターもあるし、ショッピングモールもあるから融通が利く。

 しかもカラオケもあるしな。……絶対行かないけど。


「……お待たせ」

「お待たせ」


 そして朱里(姉ちゃん)が来た。


「かわいい」


 そう呟く。実の姉にそう言うのは正直恥ずかしいが、そう形容できる見た目だ。

 早速そう言うと、「積極的だわ、奏君」そう、姉ちゃんが言った。

 まあ結果的に俺のリアルな反応により、同一人物という可能性が減ったのはいいことだ。


「じゃあ、行きましょうか」


 そう、姉ちゃんが言って、俺たちはボウリングに進む。


 さて、ここまでは上手くいっている。だが、ここからが問題だ。俺はボーリングは上手い方だ。だが、姉ちゃんは衝撃的に下手だ。それはもう、ガターを連発するくらい。

 朱里と理恵子は二人でボーリングに入ったことは無いのだが、のちにボーリングに行く時に困る。逆じゃなくて良かったよ。だって、下手に見せることは出来ても、上手に見せることは出来ないのだから。


「じゃあ、私が最初に手本を見せてあげる」


 そう言って姉ちゃんが投げる。姉ちゃん、ボウリング下手なのに粋がるなよ……


 だが、ピンが六本倒れた。俺はまさか倒れるとは思っていなくて、「おお!」と、歓声を挙げた。するとそれを見た姉ちゃんが、「えっと、奏君だっけ、私のことをなめないでもらってもいいかしら」と言った。


 むむむ、姉ちゃんの負けず嫌いなところが出てる。朱里はそこは気にしないで、流すのに。

 これは少しまずいかもな。


 そして、損案事を考える暇もなく、次のボールを投げる。すると、八ピン倒れた。どうだ、姉ちゃん、そして高橋さん、これが私の力だ。


 そして、理恵子と姉ちゃんは拍手した。


「朱里さん、見てて!」


 そう、修平が言って投げる。悪いな、それは俺の姉ちゃんだ。


 そして、結果はガターだった。よし、修平、評価マイナス五点だ。


 高橋さんはその後に投げて、六ピンが倒れた。よし! 高橋さんにも勝った!

 そしてそんな感じでボウリングは過熱していく。そんな中、最終盤で俺と姉ちゃんのポイントが並んだ。

 ここで熱くなってしまったらばれるリスクが高くなるかも知れない。だが、ここで燃えなければ男ではない。


「武村さん、負けないぞ」


 そう、姉ちゃんに意思表明する。


「私も負けないわ」


 そう言ったのを見て、少しうれしくなる。形としては姉ちゃんに朱里の代役を頼んだ形だが、実態としては姉ちゃんとの久しぶりのボーリングなのだ。姉ちゃんがまさかこんなにボーリング上手く奈tぅているとは思っていなかったが、ここまで来て負けるわけには行かない。


「朱里さん頑張れ」


 その裏で修平がそんなことを言っている。


「お前、俺の味方してくれないの?」

「だって、俺は朱里さんLOVEだもん」


 よくそんな恥ずかしいこと言えるなこいつ。だがまあ、その朱里さんは俺な訳で、つまり実は修平は朱里が負けることを望んでいるという事になるんだがな。

 だが、外野はどうでもいい。今は姉ちゃんに負けたくない。その思いで必死にボーリングの玉を投げる。


 そして結果、姉ちゃんにわずかな差で負けた。


「ふふ、私の勝ちね」


 そう姉ちゃんにドヤ顔で言われた。マジでむかつく。もう殴りたい。だが、今殴ったら高橋さんと、修平に殺されるからしないが。


 そして次は下の階に行ってゲームセンターに行くことにした。ちなみにこういう事態を想定し、姉ちゃんには朱里はそこそこゲームセンターに行ったことがあると伝えている。実際修平と共に何回か行っているし。


「周平君悪いんだけど、このぬいぐるみ取ってもらえるかしら」


 早速そう、姉ちゃんが修平に言った。


「周平って、これ得意だっけ」

「分からん、でも、朱里さんが言っているんだから取らなきゃならないだろ」

「お前、本当に武村さん好きすぎだろ」

「悪いか? お前も愛のすばらしさに気づいたら、そう思うだろうな」

「ふーん」


 まあ、確かに俺は鯉をしたことがない。それはもちろんそれに見合う相手がいなかったからというのと、俺が濃い事態に興味がないという事だ。

 そもそもこんな趣味をしている時点で、好きになる人がいる訳がないと思うし。

 もしいたとしたら変人だ。

 ……もしいたとしたら、その人は百合好きな可能性もあるが。


 そして修平が取ろうとしてた時に、高橋さんがもじもじとしていた。これは何かするべきなのか?


「理恵子どうしたの?」


 姉ちゃんナイス。


「私結構クレーンゲーム上手いから、私が取ってあげようか?」


 そう言ってきたか。さて、姉ちゃんはどう返す?

 ちなみに朱里なら、周平に取らせる。


「じゃあ、理恵子頼んでいいかしら」


 あら、姉ちゃんの選択は違う勝ったみたいだ。


「いや、俺が取る」

「なに言ってるんだよ。お前そう言うの得意じゃねえだろ」

「いや、これは得意不得意の問題じゃない。男にはやらなきゃならないと気があるんだよ!」


 おう。修平カッコイイ。


「高橋さん、悪いがここは修平に頼んでやって欲しい」


 そう、告げた。本来俺が朱里なのだから、こういう資格はある。


「でも、朱里ちゃんが……」


 そう高橋さんがつぶやく。

 だが、朱里は、姉ちゃんは俺の言う事には従う。


「分かったわ。修平君に任せてみましょう」


 よし、そして俺は修平の頑張りを見る。高橋さんはその場で別のところに行こうとしたが、俺と姉ちゃんがその場にとどまっていたので、泊まぞいながらもそこにいた。

 さあ、修平、お前のクレーンゲームレベルを見せてもらおう。


 そして修平は丁寧に取ろうとする。俺はもし修平がぬいぐるみを取れたら今度のデート?? で、持っていく所存だ。


 さて、修平頑張れ!


 そして三〇五〇円使い、ようやくぬいぐるみが出口の穴に入って行った。それを見て修平と姉ちゃんは叫ぶ。俺も「おめでとう修平」と言った。


 そして、二人が別の場所に行った後、俺もクマのぬいぐるみを取ろうとする。

 もしかしたらさっきの取ってもらえるかしらは、姉ちゃんが本当にぬいぐるみが欲しくて言った可能性がある。

 という訳でお金を入れる。すると、七〇〇円で取れた。悪いな修平、これが俺の実力だ。

 まあ、ぬいぐるみはありがたく貰うけどな。


 そして、修平のもとに行った。すると、姉ちゃんと修平がキングカートをしていた。さてさて、内容は……?

 どうやら互角なようだ。そう言えば姉ちゃんは俺よりはキングカートが上手くない、だからこそ修平と姉ちゃんのキングカートが互角になっているという事か。

 だけど、あまりここでゲームをしてしまったら後々に実力が変なことになるんだよなあ……。


 そして、結果は修平が僅差で勝った。だが、それはもうぎりぎりの勝負だ。


「やった! 朱里さんに買った!」


 修平は大喜びだ。ちなみに俺としては少し悔しい。だって、姉ちゃんだし、俺がやったらぼろ勝ちだし。


 だけど、そんな気持ちを押し殺して「おめでとう! 修平!」と、言う。


「しかし、朱里さん強いな。俺、そこそこうまいと思ってたんだが」

「そうかしら……でも、いい勝負になってよかったわ」

「そうだな」


 そして二人は勝負の後の熱い握手が交わされた。


「おーい! 奏もやろうぜ」

「俺? いいぞ」


 何しろ、さっき、朱里に扮した姉ちゃんの下手なプレイを見てイライラしたんだよな。


 そして、俺と修平のキングカート、当然のごとく修平にぼろ勝ちした。それはもう、余裕過ぎるくらい。


「奏君凄いわね」


 そう姉ちゃんが言ってきた。その言葉で修平は悔しがった。なぜ、朱里がいる前で俺に勝負を仕掛けてきたのだろうか。


 そして、俺たちはゲームセンターで思う存分遊び、カラオケに行った。姉ちゃんは俺が出した設定どおり嫌がったが、「奏君の歌を聴くだけでいいから、歌わなくていいから」と強行したので、認めた。

 もし、朱里が歌わなきゃならない空気になったら俺が止めるつもりだ。

 それに、姉ちゃんだから、最悪姉ちゃんがくそ下手に歌えばそれでしまいな話だし。


 そして、もちろんのことトップバッターで歌った。修平と高橋さんの押しで歌うことになったのだ。


 勿論のこと俺は全力で歌い、姉ちゃんこと朱里は感嘆の声を出してた。


「私、歌を歌うの下手だから尊敬するわ」


 姉ちゃんはそう言った。姉ちゃんは本来歌は俺ほどではないが、平均以上の歌唱力を持っている。

 ……そういや姉ちゃんとカラオケなんていくの久しぶりだな。

 もしかしたら本音で言ってくれたのかもしれないな。


 そして、俺たちは一時間歌って、カラオケを出た。その時間になったらもう日が沈み始めていた。時計を見ると五時半、もう六時間半もここにいることになる。


「夜ご飯って……どうする?」


 高橋さんが沈みゆく夕日を見ながら言った。

 ご飯のこと何も考えてねえ。


「まあ、近くの店でいいんじゃねえの?」


 そう修平が言う。


 そしてその流れで近くのファミレスに行くことになった。正直、朱里と理恵子はともにご飯を食べたことがない。つまり、高橋さんが初めて見る食事姿の朱里は姉ちゃんという事になる。

 なんか……嫌だなあ。


 そしてファミレスで、皆ドリンクバーを頼み、各々好きなご飯を頼んだ。

 ただ、隣の席が高橋さんなので少し気まずい。友だちなのに友だちと言えない歯痒さ。

 修平を姉ちゃんに取られたのが痛いところだ。俺が高橋さんに内なる朱里を出さないか心配だ。


「そういえば、昨日の水族館どうだったの?」


 そうニコニコしながら、高橋さんが姉ちゃんに言った。


 これは非常にまずい。

 姉ちゃんには大まかな流れは伝えてある。だが、そこで感じた感情なんて俺にしかわからないわけで、そこで矛盾してしまったら修平にばれるリスクが高くなる。


「えっと……この前言った通り楽しかったわよ。修平君もいい感じだったし」


 姉ちゃんを見てると俺の方をチラチラと見ている。すまん、俺にできることは何もねえ。


「笹原くんはそこのところどうなの?」

「俺? あの日、朱里さんすごく楽しそうだったから、俺も楽しかったな」

「それ、いつも言ってるよな」

「だって、楽しそうだったし」

「ええ、楽しかったわ」


 そして姉ちゃんは当たり障りのないことを言って、なんとか会話をつなげようとする。

 そしてそれで上手くごまかせてるみたいだ。


「ご注文の品です」


 店員さんがそう言って、俺達が注文した品を出していく。

 俺のカルボナーラや、姉ちゃんが頼んだハンバーグ、そして、高橋さんが頼んだグラタン、修平が頼んだハンバーグだ。


「やっぱり俺達気が合うのかな」


 姉ちゃんの前に置かれたハンバーグを見て修平がそう言った。

 悪いな。真の朱里はカルボナーラを頼んでるんだ。

 そして俺達は無言で食べる。

 これ以上の追求とかなくて良かった。もし、これ以上水族館の話が続いてたら、ボロが出てたこと間違いなしだ。

 そしてあっさりとご飯を食べ終えた俺達は、解散した。

 とはいえ、修平とは、家が近いから近くまで一緒ではあるが。


「なあ、奏」

「ん? なんだ」

「今日の朱里さん変じゃなかった?」


 何言いやがるんだ、修平! もしやバレたのか?


「そっか、奏では今日会うのが初めてだもんな。だけど、なんか今日は昨日と違う気がするんだ」

「……どんなところが?」


 っくそ、探偵アニメで、探偵の推理を見てる犯人もこういう気持ちなのかな?


「いや、テンションがおかしかったんだよ。昨日は楽しそうだったけど、今日は何か、隠してる感じだった」


 昨日も隠してたのは事実だが……


「それにさ、奏」


 ドキッとした。


「お前、朱里さんと知り合いだったりする?」

「なわけねえだろ。初対面だよ」

「いや、結構奏でのこと見てた気がしたからさ」

「そりゃあ、お前よりも俺のほうが好きだったんじゃね?」

「お前冗談でも許さねえからな。……朱里さんをとるなよ?」

「分かってるよ」


 これでなんとか誤魔化せたか?

 だが、修平の顔を見ていると、まだ疑問に思っているらしい。

 これは……なんとかしなければ。


 そして家に帰ったあと、ぬいぐるみとのツーショットを送り、(ぬいぐるみありがとう)と送っておいた。すると修平から電話がかかってきたので、楽しく話した。


 そして翌日。俺はクレープ屋さんに姉ちゃんといる。姉ちゃんのショッピングに付き合う過程でおやつとしてクレープを食べに来たのだ。


「それにしても奏で、本当に感謝してよね。昨日は大変だったんだから」

「本当にありがとう。……昨日はおかげで楽しかったよ」

「楽しかった?」

「ああ、昨日は姉ちゃんと出かけるの久々だったからさ」

「そう……嬉しい!」


 姉ちゃんは俺に抱きついてきた。


「何するんだよ!!」

「いいじゃない」 


 そんな姉ちゃんに呆れる俺であった。

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