第7話 水族館デート

 そして翌日、早速待ち合わせ場所の水族館付近の駅に来た。まだ、修平は来ていないようだ。

 スマホを見る。今の時刻は九時五〇分。まだ待ち合わせまで一〇分ある。

 まあ俺が早く来すぎただけ、とベンチに座り、スマホを触りながら待つ。


 そして、一〇時。


 カチコチに緊張している修平が来た。緊張が遠目からでもわかる。

 こいつどれだけ朱里のこと好きなんだよ。

 そして、俺は手を振る。


「間に合いました?」


 そう、息を切らしながら修平が言う。


「ええ、ギリギリセーフね」


後二〇秒でも遅ければ、遅刻判定になる。もちろんそんな事で修平に怒ったりなどしないが。


「そうですか。はあはあ」


よほど走ってきたのだろう。修平の息は整っていない。まるで、体育の授業の後のようだ。


「とりあえず、息整える?」

「そうですね」


 しっかし、敬語修平おもろ。お前の目の前にいるの親友だぞ。


 そして三分待った後、修平の息がようやく戻ったので、「行きましょうか」と言って、修平の手を握る。すると、修平は顔を赤くしていた。


 そして、券を買い、水族館の中に入る。さて、俺にとってはここからが勝負だ。いかに修平親友に朱里が奏だとばれないように振る舞うかという。


 そして、入ると早速サメの水槽がある。サメはとてもデカく、俺の男の部分を刺激する。そう、男なら誰もが大きい生物が好きなものだ。それは普通の男子高校生よりも嗜好が女子に近い俺でも同じだ。


「すごい……」


 気づいた時にはそう呟いていた。


「ええ。すごいですね」


 うん。敬語修平。


「すごい迫力ですよね」

「ええ、まるでこう、……上手く言えないのだけれども、3D映画の世界から飛び出たようなそんな感覚がするわ」

「ですね。俺もそうです」

「うん。こんなすごいサメの目の前にいるのがもう不思議だわ」


 そして俺は水族館にもう少し近づく。すると、サメが俺に注視しているのか、威嚇ポーズをとってきた。


「わ!? 怖いわ」


 そう言って手で目を触る。すると修平が「大丈夫ですか!!」と言ってきた。


「ええ、大丈夫よ。ただ、びっくりしただけ」

「そうですか……」

「……ところでだけど、敬語やめにしない? 一応形としてはデートだし」


 なんか、ツボにはまりそうなところがある。お前に敬語は似合わねえんだよ。


「分かった。とはいえ、好きな子相手にそれは難しいけど」

「少しずつでいいわ」

「おう」


 そう言って修平は笑う。ああ、いつもの感じだ。……それで俺までいつもの感じを出してしまったら困るけど。


「しかし、サメだけで一時間は入れるわね」

「本当に、一時間いるか?」

「流石にそれは他の場所をめぐる時間がなくなるじゃない。名残惜しいけど行くわ」

「おう」


 そして次のコーナーに向かう。本当にサメでもっと時間をつぶしたい気分だ。だが、全部回るにはあきらめるしかない。すまない、サメよ。また今度だ。


 そして次に来たのは、小魚のコーナーだ。ここでは、小魚が一〇〇〇匹以上もの小魚が水槽の中で泳いでいる。それが複数個ある。しかも奥の一番大きい水槽には一〇〇〇〇匹も入っているという。ここの本気度が伝わってくる。

 そしてそれを見て、俺は、



「すごいわね!!」


 興奮している。巨大な魚も好きだが、小さい小魚も好きなのだ。


 その興奮ぶりは、修平をいない物にしてしまうほどだ。修平は困った様子で、「そ、そうっすか」と、言っている。これは、もう少し困らせてやろう。


「この魚たち凄いのは、こんな密度で過ごしてるのに、ちゃんと泳げているってことよね。どういう原理か分からないけど、人間には無理だと思わない?」

「そうですね」

「すごい、本当にすごい、しかもこの子たち、一匹一匹が全員ちゃんと生きているのがすごいわ。しかもかわいいし。ぷにぷにしたい」

「そうっすか」


 やばい修平が何を言っていいのかわからなくて、そうですかマシンになっている。

 しかし、魚がかわいいのは事実だ。本当にかわいすぎてたまらない。ここでもまた一時間過ごしてもいいくらいだ。


「あ、でも、別の水槽もありますし、移動しませんか?」

「そうね。次見に行きましょう」


 そして修平の手を引っ張って進む。そしてその度に水槽に目が釘付けになった。そういや、水族館に行くのは三年ぶりだな。


 そして一番大きい水槽の前に来た。その中には多種多様の様々な小魚が群れを成して泳いでいる。きれいだ。


「素敵だな」

「ええ、きれい……」

「俺、この時点で朱里さんに声をかけてよかったと、思ってる」

「……」

「朱里さんと、一緒にいてるとなんか楽しいんだ。朱里さんの新しい一面を見てると、新しいことを知ってる度に、今までにない喜びを感じて。楽しい」

「うん。そう言ってもらえてうれしいわ」

「朱里さんは今まで男の人と、付き合ったことはあるの?」

「……ないわ。そもそも男の人とかかわるのも今日が初めてだし」


 事実、俺は女装時に男子とかかわったことなんてない。もちろんプロポーズも断ってきたわけだし。


「なら俺を初めてにしてみませんか?」


 修平!! 告白早すぎるだろ。もう少しタイミングというものを考えてくれ。これじゃあ、断るの気まずいだろ。

 もしこれ……断ったら、じゃあ、と水族館から出ることになるよな。せめて見終わった後にしてくれ。


「私は……まだ、答えは出せないわ。せめて答えを出すのは水族館をめぐり終わった後で良いかしら。私もこういうの初めてなの」


 そう、震える声で言う。中々俺も演技派だな。


「……ごめんね」

「いいですよ。俺が無茶を言いすぎた。そりゃあそうですよね。朱里さんの立場からしたら俺は昨日急に声をかけてきた人ですもんね」


 お! 修平物分かり良いな。


「ありがとう」

「いえ」


 そして、魚を見た後、二人でクラゲのコーナーに行く。そこには、たくさんのクラゲが泳いでいる。それにも俺は釘付けになる。

 クラゲもまたいい、ぷよぷよと不思議な動きをしながら動いているので、何か未知の生物を見ているようだった。

 やはり魚はいいなあ。マジで修平がいなかったらここにはこれてなかったな。

修平には感謝しなければな。


 そして色々回った後、一時になったので、昼食を食べようという事で、レストランに来た。


「どんな感じなんだ? 今は」 


 結構くだけた感じの言い方で修平が言う。


「私?」

「ああ、今日の水族館は」

「楽しいわよ。だって、魚がきれいだもの」

「そうか。それは良かった。……そう言えば、高橋さんとじゃいつもどんな感じなんだ? あの人学校じゃあ、孤高の狼なんて言われてるけど」


 あ、それ言っちゃっていいの? 修平。俺、高橋さんにその話一回も聴いたことないんだが。


「孤高の狼?」

「ああ、学校じゃあ、人見知りで誰とも話さないんだ」

「そうなんだ。孤高の狼……」


 顎を手でさする、


「あの子、人見知りとは思ってたけど、そこまでとは……」


 そう、小声でつぶやく。


「そんな子にあなたは、嫌われるまでやってるわけね」

「え?」

「あのこから聞いたわよ」

「ああ、それは主に奏が悪いんだ。俺の友達が」


 まあ、俺のせいという事は確かだが、全責任を俺に擦り付けられると、それはそれで少しショックだ。


「私は理恵子のことが好きなの。だから、もうあの子に変なことは言わないで。あなたも、その奏君も」

「ああ。約束する。奏にはきつく言っておくよ」

「頼むわよ」


 自分で自分にきつく言えっていうのも変な話だが……


「お待たせいたしました。注文の品の、ラーメンです」


 そしてラーメンが来た。俺が頼んだやつだ。そして修平が頼んだパスタはまだ来てない。

 俺は、そのラーメンを前に、「それで……」と、話を振ろうとするが、「伸びるから先食べてくれ」と言われた。意外な紳士的な一面を見たものだ。いつもの修平ならそんなこと天地がひっくり返っても言わないだろう。


 そして、ラーメンをすするとすぐに修平のパスタも来たので、これで気兼ねなくラーメンを食べられる。


 そして食後、イルカショーを見に行くこととなった。イルカショーでは、イルカが跳ねたりするところを見られる。

 そしてデートスポットでもある。もしもここできゃーなんて言って修平に抱きしめたら、女子っぽい感じになるのか? そして、修平に悦びを与えることが出来るのか?

 いや、親友相手にそれは嫌すぎる。その考えはなかったことにしよう。


 そして、そのままイルカショーの後ろらへんに着席……しようと思ったが、修平が「最前列頼む!」と、手を合わせてきた。


「なんでかしら?」

「だって、後ろだとスリルがないから」


むむ、こっちは水がかかると困るんだが。


「でも私はそのスリルが嫌なのよね。水に濡れるのが嫌だし」

「……どうしても……だめなのか?」


修平はそう懇願するような目で見る。


「仕方ないわね」


 ここは折れてやる。




 最前列に行く。正直嫌なんだよな。ウィッグをあまり濡らすわけにもいかないし。

 だけど、俺はこういう時のために、帽子を持ってきてる。それを被る。だが、「ごめん帽子はやめてくれ」と言われた。なんでや!!


 そして水でウィッグであるという事がばれないように祈りながら、イルカショーが始める。

 まず最初に司会者が、イルカの頭をなでながらアナウンスする。


 そしてしばらくたった後、イルカが大きく飛んだ。そして、空中から一気に勢いをつけて水に着水する。そしてその際に「っきゃ」なんて言い出して、修平の服の袖をつかみ、修平の裏に隠れる。

 あまり親友相手にこういう事はしたくないのだが、水除けとアピールだ。


「そんなに怖いのか?」

「だって、水が飛んだら服も髪もびちゃびちゃになるじゃない」


 事実嫌なのは当たり前のことだ。人は誰だって水に濡れることを嫌がる。


「じゃあ、俺が出来るだけ水から守ってやる」

「うん。ありがとうね」


 そう感謝し、裾をつかみまくる。実際修平の顔も真っ赤になってるし、誰も損なんてしないだろう。


 そして、何とか、イルカショーが終わりを告げた。俺はすぐにカバンに入れていたタオルを取り、服と髪の毛ウィッグを拭く。


「ありがとね。色々」

「いや、大丈夫だよ」


 そして今度は近くにあった鯉の餌やり場へと行く。


 そこで鯉のエサを買った。もちろん鯉に与える用の物だ。


「ほら」


 俺は鯉の餌を一粒ずつ与える。


「結構けちけち与えるんだな」

「ええ、だってそこまでの量はないもの。大切にしなきゃ」


 そして、相変わらず一粒一粒丁寧に与える。確かに一気にばらまいて、鯉が群がる様を見るのもよさそうだが、それは俺の嗜好に反する。俺は鯉を楽しませたいのだ。

 決して焦らすわけには行かない。


 そして、その傍ら、餌を買った修平は一気に餌を池に落とした。そして鯉は一気にそれにハイエナのように群がる。

 それを見て、呆然と見た後、修平の顔を見る。すると、「これが楽しいんだよ」とにやけ顔で言った。


「……やっぱり男子ね。大雑把だわ」

「ふふふ、女子は丁寧すぎるからな」

「私にはその男子のやり方には全く興味がわかないわ」


 まあ、俺も男子だけど。


「そうか、性別の違いだな」

「ええ、そうね」


 そして、丁寧にエサを時間をかけて使い切った後、俺たちはその場を後にし、水中トンネルに向かう。ここは、自分がまるで海の中を歩いていると錯覚できるような場所だ。

 ここで、二人で手を繫ぎながら歩く。


「ここ、良いトンネルだよね。周りの魚たちもきれいだし」

「……本当に朱里さんは魚好きだよな」

「ええ、水族館自体行くの久しぶりだし。私元から魚好きだから」


 そして、用意してたサイトを開く。


「これ知ってる? このアプリ。水の中のカメラを入れてて、その映像を見られるやつ。私も最近知ったのだけれど、すっごくいいのよ」

「ああ、確かにそうだな」


 そして修平が画面をグッと覗く。

 当然嘘だ。魚が好きというところまでは合っているが、このアプリの存在は今朝初めて知った。


「まあでも、今は現実の魚を見るべきよね」

「そうだな」


 そして修平は上を見る。


「この魚たち全員生きているところがすごいよな」

「ええ、そうね。しかもこの広い水槽の中で。たぶん魚たちは私たちの観賞用の魚になってることも気づいてないと思うわ。それくらい活き活きしているんだもの」

「そうだな。でも俺は気づいてると思う」

「え? そうかしら」

「おう、こいつらはたまにこっちを見るんだ。たぶん俺たちが見ていることも知ってるんだろう。だからこそ、……言語化が難しいが、そんな中で精いっぱい生きてるんだと思う」

「……」


 俺は考え込む。確かに、魚もそこまで馬鹿ではない。修平の説も可能性がある。

 だが、俺の説を否定された気がして少しストレスを感じた。


「でも、それも人の考え方自体だよな」

「……ええ」


 俺の顔色を窺ってくれたのだろうか。


 そして、俺たちは二人でその道を歩く。意外にもその道は長く、だが、途中でいろいろな景色を見せてくれ、飽きさせないようにしてくれる。

 これがこの水族館が人気である所以なのだろう、と思った。


 そして、


「そろそろだな」

「ええ、そうね……」


 出口と思わしき場所に来た。少し名残惜しい。


「寂しくなるわ」

「……そうだな」


 そして、出口を踏みしめる。この水中の道を出ること=水族館の終わりを意味する。つまり、このデート男同士の旅の終わりも意味する。

 俺的に言えばこのデートは想像の倍楽しかった。

 入る前はこんなに楽しいとは思ってはいなかった。

 ここに来るまでは、親友とのデートを何とか乗り切ろうとしていたが、今となっては終わるのが名残惜しいのだから不思議なことだ。


 そして水中の道から出て、お土産コーナーへと来た。ここでは、様々なぬいぐるみが置いてあるのだ。そしてクジもある。正直ペンギンのぬいぐるみが欲しくなった。だが、服で最近散財しているせいで金欠だ。正直使えるお金なんて二〇〇〇円程度しかない。それ以上使ったら、食費が無くなってしまう。


 考えた結果、二〇〇〇円クジを買う事にした。

 その二〇〇〇円ガチャの中に、ペンギンが入ってるからだ。


 という訳で、ガチャ券を持って修平のもとに行く。


「どんな感じなのかしら?」


 そう訊くと、修平は「金をとるか、欲を取るかを考えてる」と言った。

 どうやら二つぬいぐるみを買おうとして迷っているらしかった。


「どっちかにしたらどうかしら」


 そう言うも、修平は、渋い顔だった。


「……両方欲しいってわけね」

「ああ、実はそうなんだ」

「……」


 それはシャチのぬいぐるみとイルカのぬいぐるみだった。確かにどちらも甲乙つけがたいな、と思う。

 俺としてもどっちもかわいいし。

 だが、あえて俺の意見を言うとすれば……


「私はこっちのシャチかな。あくまでも私の意見だから参考程度にとどめておいて欲しいんだけど」

「そうか……じゃあ、こっちにするか」


 おい、修平よ。絶対が言ったら逆にするだろうが。はだめで朱里はいいのかよ。

 恋は盲目だな。


「そんな軽々と決められるとなんか責任が重く感じられるのだけれど」

「大丈夫。家帰ってやっぱりイルカの方がよかったとなっても、朱里さんのせいにはしないから」

「……そう。なら大丈夫ね」


 そして二人でレジに並ぶ。


「そう言えば、朱里さんは何を買うんだ?」

「私はこれ」

「それは……クジ?」

「ええ。私あのペンギンが欲しくて」

「そうか。応援します」

「ええ、頑張る」


 そして俺の番だ、クジ券を私、クジを行う。ガラスの球体の中で風でビュンビュンと回るクジ券をつかむのだ。


「当たって!!」


 そして一枚のくじを取る。頼む、どうか当たっててくれ。


 そして修平が見つめる中、クジを開く。すると、その中はハズレと書いてあった。っくそが!


「残念でした。ペンギンかサメかを選んでください」

「ええ、分かりました」


 そしてとぼとぼと歩いていく。すると、修平が背中をさすって「ドンマイ」と、言ってくれた。


 そして、修平の会計も終わり、出口に来た。


「今日はありがとう。すごく楽しかったわ」


 出口から出る際に修平に言う。


「おう、こちらこそ」

「それじゃあ……また


 そう伝える。親友とのデートは想像以上に楽しかった。また来たいものだ。


「ありがとうございます」


 と、修平はまた今度ねと言ったことに対してお礼を言った。別にお礼とかいらないのによ。てか、また今度とは言え、明日会うしな。


「じゃあ、私こっちからだから」


 咆哮は当然修平と一緒だが、流石に同じ駅で降りるとなったら身バレのリスクがある。だから会えて一旦反対方向に乗るのだ。


「じゃあ、さよなら」

「おう。さよなら」


 そして俺たちはその場を後にした。

 もちろんその帰り道で歓喜のメールが来たという事は言うまでもない。

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