第6話 公園

 そして翌日起きると、思い切り理恵子に抱き着かれていた。


 これは……流石に困る。

 どうすればいいのだろうか。流石に抱き着かれたまま起きるという事は全く想定していなかった。

 別に俺は抱き着かれていても何も困らないのだが、流石に暑い。

 よし! 起こすか。


「理恵子、朝よ」


 そう言って、理恵子をゆらゆら揺らす。すると、理恵子が「ん」と、寝ぼけたような声を出した。


「おはよう。ようやく目が覚めた?」

「……おはよう。……もしかして私抱き着いてる?」

「ええ。思いっきり抱き着いてるわ」


まあ、今もしっかりと抱き着かれているし。


「私、よほど朱里ちゃんのことが好きなんだ」

「そうみたいね」


 そして、俺は理恵子を抱きしめ返す。「まあ、私も暑くなければ別に構わないのだけど」と、言いながら。


「そうなんだ……」

「そうなんだって何かしら」

「いや、朱里ちゃんこういうの嫌がるタイプだと思ってたから」

「あら、心外ね。私のことを何だと思っているのかしら」


 そもそも俺はそんなこと思ってないし。抱き合う事で友情を深められるのなら大万歳だ。


「うーん。そう言う愛情表現が苦手な人?」

「殴っていいかしら。というか、昨日は私から私から抱き着いたのだし」


 冗談でも許すまじ。


「冗談だよ。朱里ちゃん」

「反省してももう遅いわ。こうしてあげる」


 そしてわき腹を思い切りくすぐる。


「くすぐったいって朱里ちゃん。やめてえ」

「思い知ったかしら?」

「思い知ったから、思い知ったから、そろそろやめてーー!」


その言葉で、解放してあげた。その後、朝の準備だ。もちろん、裸を見られるのは嫌だと言っているので、寝室ではなく別の部屋で着替える。

 そして、着替え終わって、食卓に舞い戻った。机の上には目玉焼きとソーセージとバターが塗られた食パンが置かれている。


「昨日はどんな感じだったの?」


 武美にそう尋ねられる。昨日の寝床での話だろう。


「理恵子、言っていいかしら?」

「もちろん!」

「分かった。昨日は普通に互いに抱き合ったの」

「おお、なんで?」


 やけに興味津々だな。


「私が理恵子を抱きしめたくなったから。昨日の寝床姿の理恵子がかわいかったのだから」

「お姉ちゃん良かったね」

「うん」

「ねえ、お姉ちゃんたちって百合関係?」


 まさか過ぎるワードが飛んできた。俺でも流石にそのワードは聞いたことがある。女子同士の恋愛を意味するワードだ。

 確かにはたから見ればそう見えても仕方はないのか。


「百合って……何?」


 理恵子がその異様な空間の中聞いた。まさか、俺でも知ってるそのワードを今まで知らなかったのか?


「百合っていうのは、女子同士の恋愛、イチャイチャを言うんだよ」

「じゃあ、私達恋愛してるってこと?」

「そうなるね」

「朱里ちゃんはそれ聞いてどう思うの?」

「私……?」


 まさか話を振られるとは思ってなかった。


「私は、……」


 これはどう言うのが正解なのか分からない。


「私は少なくとも嫌ではないけれど……」

「そうなんだ」

「てことは、お姉ちゃんと朱里ちゃんは相思相愛なんだー!」


 そう、武美が楽しそうに言う。


「私は……そもそもその価値観が分からないのだけれど」


 そして、理恵子の方をちらっと見る。すると理恵子もうなずいた。


「まあ、それはおいおい考えとくわ」

「あ、ごまかした?」

「ええ、ごまかすわ。よくわからないから」


 そして食事が終わった後、理恵子のお願いで一緒に散歩をする。向かう先は公園だ。女子二人(一人は実は男子だが)で、公園なんて、珍しいと思う。

 そして手を繫ぎながら歩いていると、向かいから一人の男子高校生が歩いてきた。なぜ土日なのに男子高校生だとわかったか、その理由は簡単だ。俺のよく知ってる顔だったからだ。

 そう、修平だ。

 だが、今は女装時。今の俺と修平は全く関係のない他人だ。無感情で通り過ぎよう。


 そして理恵子と手を繫いだまま、隣を通り過ぎる。だが、その瞬間、


「あの」


 と、修平に話しかけられた。おい、マジかよこいつ。


「な、なんですか?」


 戸惑う様子を見せながら言う。今の俺の目は変質者を見る目だ。ちゃんと変なやつを見る目でしなければ。


「俺、貴方のこと好きかもしれないです」


 嘘だろ、ナンパかよ。しかも中身親友だぞ。気づけよ!(気づかれても困るが)


「どういう事かしら」

「俺、一目ぼれしました。俺と一緒に遊んでくれませんか?」

「……」


 ここは理恵子に頼むか、と隣を見る。だが、理恵子は俺以上の戸惑いを見せていた。それよりはむしろ?マークが浮かんでいる感じだ。理恵子もこの状況は初めてなのだろう。

 だが、理恵子はすぐに平常を取り戻し。


「朱里ちゃんは私の友達……だから、渡しません」

「いや、そう言う問題じゃなくて、高橋さん。その子と仲良くなりたいんだ」


 いや、もうすでに仲良いんだけどな。親友だし。


「ていうか、二人は親友なの?」

「うん。クラスメイトで、例の馬鹿な男子達の内の一人」


 ああ、やっぱりその評価は変わらないのか。


「で、それが私に恋したという事でいいのかしら」

「そう、みたい」


 何通ややこしい関係にしてくれてるんだよ。朱里、奏、周平、理恵子で好き嫌いが交差しすぎなんだよ。

 最初はこんなややこしいことになるなんて全くもって思ってはいなかったな。


「それで、私はどうすればいいのかしら? 私は今から理恵子と一緒に公園に行く予定だけれども」

「俺も一緒に連れて行ってくれ」

「……だめよ。流石に男子となんて行きたくないもの」

「それをどうにか」

「はあ。……理恵子、ほっといて行こ?」

「うん」


 そして俺たちは食い下がる修平を無理やり置き去りにして、走った。だが、修平は俺たちよりも早いスピードで追いかけてきた。

 まじか、こいつ。そういやこいつ体育テストの一〇〇メートル走、学年トップ一〇に入ってたな。


「連絡先だけでもお願いします」

「……嫌です」

「それをどうにか」

「嫌です」

「頼みます」


 うーん。親友のこんな姿見たくなかったな。もっと、ちゃんとした修平を見たかった。


「分かりました。連絡先だけですよ」

「え? 朱里ちゃん、良いの?」

「どうせ、私が今やらなかったら、学校で理恵子がしんどい思いをすると思うから」


 実際、学校で理恵子に朱里の連絡先を聞き出そうとする修平なんて見たくないし、そもそもそれ自体理恵子にとって嫌な事だろう。もしかしたらついでに学校での俺の好感度も下がる恐れがある。


 そして、公園に二人で向かう。修平が着いて来てなければいいのだが。

 


 公園に着いたらすぐに理恵子がブランコに走って向かって行った。「朱里ちゃーん。これ乗ろー」と叫びながら。


 そして俺も「はいはい」と言いながら向かって行き、ブランコに二人で乗る。

 俺が上で、理恵子がしたの所謂二人乗りだ。

 理恵子が地面を蹴りブランコを上に持ち上げ、俺が体でバランスを取りながら、ブランコの振るスピードを上げる。


「ねえ、これで良かったのかしら?」

「何が?」

「ブランコ」


 ブランコっていわゆる子どもの遊び場だ。俺達みたいな高校生がやるやつではない。


「そもそも公園っていうセンスが不思議なの。ほら、私達高校生だし」

「私は、朱里ちゃんと公園に来たかったの。だって朱里ちゃんと私は一緒に公園で遊んだことないじゃん」

「……そういう問題?」

「うん! というか、さっきの人なんだけど」

「あ、ナンパ男?」

「うん、私が明後日言っといてあげる」

「ありがとう」


 いや、ありがとうではない。俺まで巻き込まれかねない。


「でも、私が直接言いたいわ」

「そうなの?」

「これは私の問題だもの。私が電話で言う」

「そっか。やっぱり朱里ちゃんは大人だね。私だったら任せちゃうもん」

「私はただ、人に頼れないだけ。それに比べたら十分大人だと思うわ」

「隣の芝は青い状態?」

「そうとも言えるわね。まあ、兎に角私が言ってあげるわ。まあ……試しに一緒にどこか行くのもありかもしれないけれど」


 まあ、相手が修平な時点で、いつもと変わらない日常になる可能性が大いにあるけど。ただ、性別を偽って修平と合う。……なんとなく楽しそうだ。その一方でめんどくさくなる可能性も大いにあるが。


 そしてもう一漕ぎする。その勢いで、「わーい」と理恵子が嬉しそうな声を出す。


 そして一通り遊んだあと、少しトイレに行きたくなった。だが、そこで問題が生じた。今、目の前にあるトイレは男子トイレと女子トイレで入口が違う。俺は女装時、普段男子トイレに行っているが、今日は女子トイレに行くしかないようだ。


 どうやらこれが人生初の犯罪になりそうだ。


「ちょっとトイレに行ってくる」と言って、犯罪を犯しに行く。すまない、変態的意味はないんだ。


 そして女子トイレの個室でスマホを開く。するとメールが一件来ていた。どちらも修平からだ。とりあえず、奏宛のメールを見る。


(なあ、あの高橋さんが友達を連れて歩いていた)

(それで、俺、その子を好きになった。これ、どうしたらいいんだ?)


 というメールだ。もし、俺が全くの無関係な人間なら思わず漫画みたいなリアクションを取ってしまっていただろう。


 ……これはあくまですべてを知って俺だから言えることだが、その相手に送ってどうするんだ。


 さて、ここは奏らしく(ふーん)と送ってから、(普通にアタックしたらいいじゃん)と送る。何しろ、俺にはどう言う事もできないからな。

 つーかこれ、もしかしたら自分に対する恋愛のアドバイザーになる可能性あるじゃん。なんだこれ、最強のアドバイザーじゃねえか。まあでも、俺としては修平が朱里にマジ恋するのは困ったところなんだが。

 そして、トイレにこもりすぎるのもあれなので、いったん外へと出る。悪いな修平、相談はまた後だ。


 そして、理恵子が待つブランコへと戻る。そこへ戻ると、一人置いて行かれていた理恵子が一人でブランコを漕いでいた。


「あ、朱里ちゃん! お帰り」

「ええ、ただいま」

「結構長かったね」

「そうかしら」


 まいったな、修平とのメールのやり取りで時間がかかっていたらしい。


「それで、理恵子は次何をしたい?」

「私、えっとこれ!」


 理恵子はシーソーを指さした。


「これね。わかったわ。一緒にやろう」

「うん!」


 そして今度はシーソーを漕ぎ始める。


 そして、一通り遊び終わった後、スマホを見た。もちろん朱里のスマホだ。そこにはやはり修平からのメールだ。

 俺のさっきのアタックしたらというアドバイスを受けてのメールか?


(明日一緒に遊べませんか?)


 というものだ。おいおい、行先はどこだよ


「これどうするべきかしら……」


 と、理恵子に訊く。俺一人では上手く考えられない。


「私、一旦行こうかしら。そして、試してみる」

「……無理はしないでね。私が思うに、あいつに良いところ全然ないから」

「そっか。じゃあ、上手くいかなかったら振って帰ってくるわ」

「うん。……あ、そうだ。私もついて行っていい?」

「それはだめよ。デートじゃなくなるから悪いわ」

「……そっか」

「だから当日は私一人でかんばってくるわ」

「うん! 応援してる」


 そして返信として(いいですよ)と打った。

 そして理恵子と相談しながら、行き場所とかの詳細が決定した。行き場所は水族館だ。


「がんばろう!」


 と、自分の頬を叩く。親友とのデート、上手くやって、そして上手く振ってみせる!!

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