第17話 お前のような馬の骨に、娘はやらんっ!
「この家から、さっさと出て行くがいいッ! 小僧っ!!」
怒られた。
僕の目の前には、威圧感と貫禄を備えた大男が、豪華なソファーに腰かけている。
その横には、抜け目のなさそうな才女が、共に座っていた。
ヤト皇国のシュレーゲン公爵家の当主と、その妻――。
シャリーシャの父親と母親だ。
座りながら、ふんぞり返った公爵様は――
世の父親が一度は口にしてみたい、憧れのセリフを言い放つ。
「お前のような馬の骨に、娘はやらんっ!」
一応、子爵家の生まれなので、『素性の知れない者』という訳では無い。
しかし、上級貴族から見れば僕のような下級貴族は、平民とさほど変わらないのかもしれない。
馬の骨と言われても、仕方がないと言える。
だが、ここで大人しく、引き下がるわけにはいかない。
僕の隣に座っていたシャリーシャから、静かに殺気が漂いだしてきた。
彼女は自分の思い通りに事が進まないと、不機嫌になってしまうのだ。
このまま放っておくと、庭で待機しているシャーリとタッグを組んで、この公爵邸を破壊してしまいかねない。
そうなったら、僕が指名手配されてしまうことになるだろう。
早く本題に入らなければ――
予定していた飛空船の試験飛行を終え、フリュードル王国へと帰還したライル商隊は、積み荷をデルドセフ商会に販売し、大金を稼ぐことに成功した。
白金貨六百六十枚で購入してきた商品が、白金貨千二百三十枚で販売できた。
日本円に置き換えると、十二億三千万円くらい金を稼ぎました。
――という話だ。
危険の多い旅だった。
シャリーシャとシャーリがいなければ、間違いなく途中で死ぬか、積み荷を強奪されている。
でもそれだけに、成功した時の実入りも大きかった。
交易で得た資金で、船の建造を造船会社に依頼した。
空を飛ぶ前提の船を、設計から相談して二隻。
建造費用は、二隻で白金貨七百枚。
船の建造を待つ間に、まだ使用できる試作船で、貿易を続けた。
貿易ルートは、ヤト皇国から北へと海岸沿いを伝い、ライドロースへと向う。
そこから折り返して、フリュードル王国に入り、フリュードルから交易都市サラーグへと向かい、そこからヤト皇国へと帰還する。
これをくり返していけば、さらなる大金を生むことが出来る。
聖ガルドルム帝国を縦断するのは、止めることにした。
あそことシナーズ大陸には、もうかかわらない方が良いだろう。
宗教と狂信者は怖い、それに厄介だ。
ライドロースへは降り立つが、あそこは辺境で天主創世教の教えに反発がある。
貴族階級にも、反感を持っている者が多い。
辺境伯とも仲良くなれたし、得られる利益も大きい――
交易をする間、立ち寄るだけだ。
不穏な空気を感じれば、すぐに逃げればいい。
僕はデルドセフ商会との協力関係もあり、順調に利益を上げ続けた。
そうこうしているうちに、新造の飛空船二隻が完成する。
一隻は僕たちが貿易に使う貨物船で――
もう一つは、僕がシャリーシャとの結婚を、認めてもらう為の船だ。
その船は今、この公爵邸の上空で待機させている。
「お嬢様とのお付き合いを認めて頂く前に、ぜひともご覧頂きたい品がございます」
シャリーシャのご両親が、怪訝そうな顔をする。
「お前ごときが用意できる物で、娘との仲を認めると思うか?」
無理もないことだが、完全に見下されている。
とにかく見て貰おう。
僕はご両親に一緒に外に出て貰い、新たに建造した飛空船を披露する。
それは、貿易用の貨物船ではなく……。
軍用に建造した、飛空戦艦――。
「天帝陛下への献上品でございます。公爵様には陛下への取次ぎをお願いしたく、この度、訪問させて貰いました」
…………。
「…………ふんっ! 小癪な」
僕の要請を聞いた公爵は、苦虫を噛み潰した顔で僕を睨み、忌々しそうに飛空船を眺めていた。
空に浮かぶ、空中空母――
ワイバーンを操る空戦騎士の、拠点として活用できる補給基地。
それだけでも価値がある。
それに加えて、移動も可能だ。
上から魔法で、岩でも落としてやれば――
飛行能力のない相手や、対空攻撃の手段のない相手を一方的に蹂躙できる。
軍事兵器としての価値は計り知れない。
それをこの国のトップに、公爵を仲介者として献上する。
受け取った統治者は、献上した僕に対し、相応の対価を授けなければいけなくなる。
シュレーゲン公爵を仲介者としておけば、功績を低く見積もられたり、ちょろまかされることもないだろう。
有用な兵器を見出した公爵の株も上がって、みんなが幸せになる。
空戦母艦を献上してから、一か月後――
僕は、辺境伯に任じられた。
辺境伯といっても、領土を下賜されたわけではない。
敢えて言うなら、僕は空を任された。
空域辺境伯――
といったところだ。
辺境伯というのは曖昧で、幅の広い地位だ。
敵国と接する地方の護りを任される都合上、大公に準じる地位だったりするが、辺境の田舎貴族として、伯爵以下と見做されたりもする。
結局は、その貴族の持つ力によって、評価も変わってくる。
爵位は授けられたが、その地位の価値は、自分で上げなければならない。
――その為にも、金が要る。
これからも当分は、海外貿易に精を出さなければならなくなった。
空飛ぶ船は作り上げた。
それを使って、交易も成功させた。
さらに――
辺境伯となったことで、将来実現したいビジョンが出来た。
空に浮かぶ、天空の城。
それを作り上げて、そこを――
シャリーシャと一緒に暮らす、僕の居城にしたい。
辺境伯に任じられたこともあり、シャリーシャとの婚約も正式に認められた。
後は、足りない城や領土、戦力や領民を揃えていけばいい。
……どれだけあっても、金が足りそうにない。
だが、やるしかない。
目標ははるか遠くだが、焦らずやれることから順番にやっていこう。
――という訳で、僕は早速シャリーシャを伴い、新たに建造した飛空船で、交易の旅に出る。
今回の旅から、用心棒を一人追加で雇った。
なんでも大型の魔物を、たった一人で倒した強者らしい。
闘気刀術を扱える『剣豪』が、『ぜひ、雇うべきです』と言って推薦してきた。
腰に大きな刀を差し、背中に白色の棒を背負った、三十前後の剣士……。
ルドル・ガリュード――
それが、その男の名前だった。
なんと彼は、魔法も操れるらしい。
面接も兼ねて軽く話してみたが、誠実そうな人柄だった。
人を見る目の確かな行商人から太鼓判を押されているし、見ただけで相手の強さが大体分かるシャリーシャとシャーリが、とても強いと評価している。
彼は世界を旅してみたい、と言っていた。
僕は護衛として、採用することに決めた。
飛空船で補給と交易をしながら、海岸線を進む。
明日には目的地の、ライドロースへと到着する。
旅は順調だった。
しかし、何の前触れもなく、破綻は訪れる。
ライル商隊は、『天使』の襲撃を受けた。
天主創世教で神の使いと言われている、羽を生やした人型の、空飛ぶ異形。
そいつが、現れた。
シャリーシャとシャーリがいち早く空中に出て、応戦しているが分が悪い。
天使の数は、数百はいる。
空を覆うように、蠢いている。
風竜と、天才少女のコンビも、複数で襲い来る天使に苦戦している。
天使の内の一体が、こちらを目指して飛んでくる。
甲板の上に降り立ち、僕の方を見る。
「……こいつが、ターゲット」
僕をじっと見て、確かめている。
殺し間違いが、ないように……。
こいつらの狙いは、ドラゴンのシャーリじゃないのか?
僕が狙い――?
凡人の僕を、何故天使が狙う……。
……。
ひょっとして――
以前、天馬騎士団を壊滅させたことに対する報復か?
あれは、向こうが先に……。
いや、言い訳は通用しそうにない。
いずれにせよ。
僕は、ここで死ぬ。
天使を見た瞬間に、恐怖で身体が動かなくなった。
僕だけではなく、船に乗っていた護衛の冒険者たちも――
シャリーシャとシャーリ以外、誰も動けない。
僕は、ここで殺されて――
そして、僕が作り上げてきた魔法文明の息吹も、ここで終わる。
全て無かったことになる。
『リセット』される。
それこそが、天使の使命なのだろう。
僕は、ここで終わる――
「……いや、終わらせねーよ」
そんな声と共に、突然天使の身体が崩れ落ちる。
いつの間にか、崩れ落ちる天使の隣に、ルドル・ガリュードがいた。
抜き身の刀をぶら下げている、彼が天使を斬ったのだろう。
僕には全く見えなかったが、彼に命を救われた事だけは分かった。
その後、新しく護衛として雇った彼は、風魔法を剣に纏わせ振るい、斬撃を飛ばして――
空中を舞う天使を、次々に仕留めていった。
数百はいたはずの凶悪な天使が、あっという間に殲滅される。
強いなんてものでは無い。
他を寄せ付けない最強の剣士に、僕たちの未来は守られたのだった。
天使の襲撃から、十年後――
僕はヤト皇国で、渓谷の上部を開拓し町を作っている。
シャリーシャが天使から回収していた、魔導コアと聖剣を分析して研究し、魔道具や魔法陣関連の知識レベルも、大幅に向上している。
貿易業は順調で、資金は潤沢にある。
正式にシャリーシャと結婚することも出来た。
…………。
あの襲撃以来、僕たちの前に天使が現れることは無かった。
でもまた、あいつらが襲ってきてもいいように――
迎え撃てるように、準備をしておこう。
僕はそう決意し、天空の城の建造を開始した。
-END-
渡り鳥と竜使い 猫野 にくきゅう @gasinnsyoutann
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